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――その後。
近衛団と共に調査に当たったリンクリアムによって実態は徐々に解明され、そして深い謎も残った。
先ず最初に、アリスヘブンが作った魔法陣とオベリスクを飾った祭壇は輪廻転生を強制的に行う場所であったこと。
それには多くの人の魂が用いられ、その魂の摂取場所は閉鎖された錬金術士ダンジョンに無断で潜りこむ冒険者たちからもたらされていた。
それを見抜く事が出来なかったのは、幾つかの要因が重なりあっていた。
通常の依頼クエストなどとは違い、無断であるがゆえ登録者名簿などは存在せず、そういった認識から他言せずに挑む冒険者が数多くいた。
それらの理由から、行方不明になっても気づかれる確率は少なくなり、又冒険者特有の独占欲から通報する人種も少なかった。
人が減ればそれだけ自分が有利に、いいモンスターが狩れる。
ただそれだけの為に、被害は人知れず拡大し続けた。
又、錬金術士ダンジョンの最下層に作られた魔法陣。
これはある種の物体を転送させる魔法陣だとされたが、徹底的に壊滅し尽くされた瓦礫からはリンクリアムをもってしても、誰が何の為に作ったのか探る事はできなかった。
あとそこに、カルファンの杖が残されていたが、これも結局なぜ残されていたのかは謎で終っている。
噂程度の話しで続きを言うと、これが町中にモンスターを転送させたのだ、と囁かれていたが、実際そのような魔法は存在しないのでなんの確証も得られぬまま、文字通りの噂話しで終わりを告げた。
が、その後の調査でカルファンはアリスヘブンの蛮行に手を貸した弟子だということで、ここで良からぬ作意をしていたのだろうと結論づけられ、死後であったが彼の地位は転落することとなった。
そして調査が進むにつれ、錬金術士ダンジョンには二つの出入口があることが分かった。
もちろんその一つは以前から封鎖されていたが、もう一つはルツェルン湖周辺にあり、魔法によって隠蔽されていたのだ。
これは魔法の痕跡からお尋ね者の魔物使い、アーネスト・シルビアの仕業だと判明した。
しかし、彼女は崩されていた山肌から死体となって発見され、他にも死体が三体見つかった。
それぞれ、僧侶のティナー、弓使いシンフォニー、魔物使いメイ。
それ以外にも少し離れたダンジョン内で、体を半分に斬られた剣士のアストレイが見つかった。
錬金術士ダンジョンと同時期に封鎖されていたハップスダンジョンで見つかったことから色々な物議が飛び出したが、結局のところ何も分からないまま、再び閉鎖されることになった。
その物議とは、四代目『薔薇の血』のメンバーを失ったのと同じダンジョンで六代目『薔薇の血』も殺され、ジュノー共和国は何かを隠している、もしくはそこで何かを企てていてたなどと、そういった陰謀説まで飛び出した。
一時は国境を越えるほど人々の関心と興味は強まり、その後しばらくの間、周辺諸国ではその話しで持ち切りとなった。
しかし、沈黙を貫くジュノー共和国は最後まで何も明かすことはなかった。
もちろん、オークス国の近衛団にも強制力のある緘口令が敷かれていたのは言うまでもない。
数多くの謎を残したまま、時間だけが過ぎ去っていった。
そう、アリスヘブンが甦らそうとしていた人物の名も……。
◆
――それから、一年が過ぎようとしていた。
町の再建が進む中、ある日王妃は、一軒の家を久しぶりに訪れていた。
「やだ、王妃ったら!」
「なにいってるの! ちゃんとして! ほら、ムーンちゃん!」
開店前のギルド酒場では黄色い声が飛びかっていた。
と、言うのもアントニー王妃はムーンの体を触りたくっていたからだ。
「くすぐったい!! きゃぁーああ」
「動かないで、どれだけ成長したかわからないでしょーー」
「成長を見るのに胸まで触る必要がぁー、ああん」
あの大惨事以降、王妃の視力は回復することはなかった。
それも直ぐに噂になり、でもこの噂は皆敬意と尊敬を持って囁かれていた。
体を張って民の為に尽くした結果なんだと。
「これこれ王妃、それくらいにして」
筆頭執事のブラウンが横から話しかけた。
今日は、ムーンの成長を見に来た訳ではない。
もちろん、それもその一つだったのだろうが、もう一つ重要なことがあった。
「そうね、これくらいにしてあげるわ! でも悔しいわね、私より大きいだなんて!」
「そりゃ成長期ですから! 貧乳と比べて欲しくないわ」
「あああ、言ったわね!」
「きゃぁーん、ああ……」
そう言って又抱きつき、触りまくる王妃にブラウンが呆れた顔をしてテーブルにそっと置いた。
じゃれ合う二人の動きが止まる。
「……これ」
「……ああ、そう。彼の短剣よ」
「そう……」
暗い顔になったムーンが震える手で、テーブルの短剣を取る。
「私達も一生懸命捜索したんだけど、私を助けた後、行方知れずで……」
「……そうですか。でも」
少し明るい顔をして、「生きているんですよね」と。
俯いた顔を上げ、王妃も明るく「そうよ、リオンは生きてるわ」と、続いた。
しばしの沈黙が流れ、王妃が口を聞く。
「これ、貴方に返しておくわね」
「えっ!? いいんですか??」
「いいもなにも、彼の物だもの、返すのが当たり前じゃないの、それに……」
言葉の続きを待ったムーン。
その表情が驚きに変わるまで、さほど時間は掛からなかった。
「と、いうわけで、ある意味依頼は達成よ! ねえ、マスター」
店の奥で仕込みをしていたマスターが、顔を上げニッコリと笑う。
「はい、そうですね。生きていた、というだけで依頼は達成したと思います」
「ええええ、お父さん!? ホントに?」
「なによ、ムーンちゃん! 文句付けるの!!」
「いや、別に文句じゃないんですが……今はその……」
「あら、払えないって言うの?」
カウンターの奥から、片足を義足に変えたマスターが足を引きづり近寄る。
「すみません。店の再建に金貨を使ってしまって……それに……町の復興にも……」
「なに? 言い訳?」
王妃の表情に険しさが宿る。
「すみません。必ずお支払いしますので……もうしばらく待って頂ければ……」
「嫌よ! 依頼達成の報酬を待たすなんて聞いたことないわ!」
「……でも」
ムーンが悲しい表情のまま下を向いた。
「じゃ、こうしましょう!」
王妃がテーブルに金貨を差し出した。
それを見て再び驚きの表情に変えた親子。
「こ、これは……」
「貴方たち親子の活躍は聞いているわ。依頼の金貨より有り余る働きをしてくれたと。多くの民を救ってくれた、ってね」
王妃は片目を瞑り、笑顔を作った。
驚きが優しい目になる。
でも……。
「できれば、この金貨は私達より苦労している方にお渡しください。ここで働けば又、食べていけるようになりますし、それに、ミーサさんの力があっての私達親子だったものですから、それはとてもお受け取りできません……」
「そう、まあそういうと思ってたわ。じゃ、これで依頼も達成、報酬もチャラでいいわね」
はい、と親子の爽やかな声が店内に響いた。
「ところで、そのミーサさんはいないの? まだ会ったことないし、そこまで貢献してくれていたなら、お礼を言いたいわ」
「そうですな、是非お願いします」
ブラウンも重ねてお願いする。
「ええっと、ごめんなさい。何時もはこの時間に来て手伝ってくれているんだけど、今日は遅いわね」
「ああ、すみません。今日は彼女の知り合いの命日らしく、朝どこかに寄ってくるらしいのですが……」
マスターが頭を掻きながらそう言った。
誰もが傷つき、心を折られた日。
あの大惨事から丁度一年を迎えようとしていた。
それぞれがそれぞれの胸に悲しみや憎しみを抱え、過ごした日々を思い返していた。
その中でブラウンだけは少し違う様子で過去を遡っていた。
確か……。
その後の調べでジュノー共和国の諜報部員から、『薔薇の血』の隠れ家に別の女性エルフが居たことまでは分かっていた。
それが後になって思い返すと四代目『薔薇の血』の弓使いだったのではないかということだった。
しかし、その後の足取りは分からず、あの山肌が削れ、巨大な穴ができるほどの戦いの末、魔物使いのアーネスト・シルビアらしき遺体も発見され、そこに居合せた全員が死亡したと伝えられていた。
それがあの弓使いだったとしたら、その詳細が分かるかも知れないと考えたが、元々行方知れずの上、出身がジュノー共和国ということもあり、それ以上進展することはなかった。
それが、今こうして話題に登るまでブラウン自身もすっかり忘れていたのだった。
……ミーサ。
彼女が生きているなら、色々なぞが解けるかもしれん。
そう思ったブラウンは、一人大きな頷きを見せたのだった。




