029
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――錬金術師ダンジョンで向き合う二人……と一頭。
「どうする。貴様が俺を呼び出していないにしろ、どこかに着地点を見つける必要がある。互いに譲れないモノがありそうだしな」
そう言うと、頭上に居た馬が小さく嘶く。
こちらが下手に手をださないとでも思っているのか、騎乗者は手綱を引き、あっさりと背を見せつける。
リオンはそれに従うのか、その行動を黙って見ている。
「静寂を以て返事をするなどと、戯言はやめろよ。こうやって俺が現れた以上、偉大なる槍の審判はなんらかの結論は出す。貴様の意志とは無関係にな」
平坦な口調で言い終わると、騎乗したままリオンが先程捨てた槍に手をかざす。
そこに有るのが当然だという風に手に吸い寄せられ、収まる。
色を無くしていた柄巻きと手が触れ合っている部分に、青白い炎のようなモノが揺らめきだす。
元の形に戻ろうとしているのか、それとも新たに生まれようとしているのか。
真っ直ぐに伸びた槍の先が捻れだし、三叉に別れる。
そのどれもが蝋燭を立てる燭台を思わす形に変形し、尖った先端を捨てた。
上手に鐙を使い、再び馬を反転させる。
向きあったその風貌は、騎兵を感じさせる雰囲気と槍の真名の通り、騎乗から人の罪状を言い渡す「判決発見人」でもあった。
「問おう、貴様の正義はなんだ」
赤目が睨む中、リオンは不思議と素直な気分になれた。
自分がこうしてここに居る意味を、遣らねばいけないことを見出せたような気分に。
……俺は。
「正義かどうかなんて分からない。ただ、これから起きるであろう蛮行を止め、そして復讐を果たすため、俺は……そのすべてを許さない!」
反響する空間すらその堅い意志を曲げられないというのか、出されたその答えを重複させることなく、周囲に行き渡らせた。
吐く息さえ凍りそうな静寂。
判決発見人と目された騎乗者が槍底を地面に叩きつけ、そこに居るすべての者を留まらせる地鳴りが轟く。
その瞬間、燭台のような槍先から陽炎を彷彿させる炎が立ち始める。
「いいだろう! 行くがいい少年。審判は下された」
その叫びと共に、周囲に押し留められていた有象無象のモンスターたちが一斉に姿を消す。
騎乗者が再び、槍底を打ち鳴らす。
「但し! それが終われば、我がメフェスの元に戻ってこい! 貴様の審判はそれからにしてやる。いいか忘れるな少年。それまでは生きよ。そして再び、我が足元で裁かれるのだ……」
沈み行く太陽を連想させるように静かにその身を無くし、それでいて再び、必ず現れることを確約させる何かがそこに残った。
メフェスと名乗った人物が消えたその後に、長い一本槍が地面から生えていた。
◆
――炎とモンスターに囲まれた町では、異変が起きていた。
「大丈夫、無理しないで」
「まだ行けます……ミーサさん」
見るからに疲弊してたムーンだったが、町の民を救おうと気力を振り絞って奮闘していた。
ミーサに支えられ、尚も迫ってくる何十体目か分からないモンスターに矢を放ったムーン。
「……えっ!?」
感嘆を上げるのは無理はない。
射った矢はモンスターを通り越し、燃える民家に吸い込まれた。
背景と同化するような揺らめきが起り、そして見えなくなった。
……なに!?
ムーンは驚きの表情を隠せないまま、呟いた。
二人して周囲を見渡す。
それと同じ現象が次々に現れ、姿を消すモンスターたち。
中には、冒険者に斬られた形のまま消失したり、その逆もあった。
忽然と消滅したモンスターを前に、安堵とため息が交じり、やがて歓声はうねりとなって町を包んだ。
短いようで長かった町の大惨事は始まった時と同じで、突如終わりを告げたのだった。
「お、終わったのかしら……」
その場にへたり込むムーン。
ハンタボーを構え、まだ気が張っているミーサも喜ぶ民を目にし力を抜いた。
「そのようだわ……ね」
「もう、くたくたよ」
「確かにね……。でもムーンちゃん。まだやる事があるわ。もう少し頑張りましょ」
彼女は座り込むムーンに手を伸ばし、微笑む。
「ミーサさんって、モンスターより怖いわね」
「あら、そうかしら? これでも頑張って笑ってるつもりだけど」
手を取り立ち上がるムーン。
お互いがお互いを認め合う視線を交わし、頷く。
「私達の周りだけかもしれない。それに、助けを求める人も大勢いる。まだまだやるべき事は沢山あるわ」
「そうね。あとひと踏ん張りやりますか!」
スカートの裾をパタパタと払い、ムーンはニッコリと笑った。
「素敵な笑顔ね。さあ、私もモンスターと間違われないように頑張んなくちゃ」
「あっ、それは……」
「私って怖いんでしょ?」
「もー、ミーサさんの意地悪!」
二人のその笑い声は、この町の行く末を明るく照らすかのようだった。
◆
四本のオベリスクを包み込む、邪悪な気配。
縛られ身動きの取れない王妃が叫び声を上げる。
その直後、声を失った彼女は俯き、痙攣しているかのように小刻みに体を震わせ始めた。
そして、三角錐の頂点を目指し浮き上がって行く。
引きつった体からは生気は消え、目が虚ろになる。
力を無くした王妃は、両手首を上に掲げ十字架の文様を模る。
「いいわよ、いいわよ!! さあ、私の元へ!!」
四隅のオベリスクの先端に天井から落ちてくる光りが差し込み、全体を明るく浮き立たせる。
それが徐々に中心に集まり、光りの束となった輝きは王妃の頭上から三角錐を照らし出す。
オベリスクに囲まれた内部と外側で、明暗の境界線が刻一刻と鮮明になり、幻想的な光景を生み出そうとしていた。
やがて仕組まれたような風が吹き荒れ、オベリスクを周辺を守るようにして渦を巻き、嵐となって轟音を轟かせる。
集束した光りの中から薄っすらと黒い影のようなモノが現れ始める。
それが次第に形をなし、人へと模される。
「ああ、待っていたわ! いとしき人よ」
狂ったような微笑を湛えるアリスヘブン。
直眼の閻は、恍惚の光りを発し始めた。
「さあ、私の元へ。ジュノー・コーネル様!!」
天井を這う稲妻がオベリスク目指して落ちる。
眩いばかりの閃光が走り、すべての儀式が終わりを告げようとした。
アリスヘブンは、伸ばした腕を更に前へ前へと誘う。
万年の思いを今、遂げようとしていた。
◆
陽炎が消えた偉大なる槍の審判を抜き取り、柄を握る。
メフェスの時と同じように柄巻きから青白い炎が揺らめき、槍に意志が有るかの如く、手にしっくりと馴染んだ。
その槍に一瞥を与え、リオンは錬金術士ダンジョンを後にした。




