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 「どこいくのリオン?」

 「いいから、いいから。ミーサは黙ってついて来て」


 声を弾ませ、山道を歩いている。

 険しくはないが、慣れた様子で木々を抜け、森の奥へと。


 「ええっと、あの星があっちだから…………こっち!」

 「ねえってば、リオン。どこに……」


 川から離れ、一時間ほど戻るような形で西の星を眺め、先を行くリオン。

 明確な目的地が分かっているその歩き方。


 「リオン……貴方……まさか」

 「うん、戻ったよ」

 「いつからなの!?」


 不安げに眺めるミーサ。

 足を止め、リオンは背を向けたまま答える。


 「たぶん、グレンの家で襲われた時だと思う。気づいたらベッドの上だったけど……」


 ミーサは何も言わず、リオンの赤目(レッドアイ)に映る自分の姿を見る。


 「あのね、リオン。貴方は、半年前にグレンが……」

 「いいよ、大丈夫だから心配しないで。それにさぁ、記憶が戻ったからって言っても、ミーサはミーサ、グレンはグレンだ! これからもこの先も一緒さ! そりゃ二人が結婚すればずっと一緒って分けには……」

 「コラっ! ドサクサに紛れてなに言ってるの! 当然でしょ、私は私なんだし、グレンはグレンよ。それに、リオンもね」


 クスッと微笑むミーサ。


 「つっかそっち!? 結婚のツッコミはなしかよ。ホント、グレンと同じ反応、ボケがいがないよ」

 「あっ!?」


 呆れた感じで肩をすくめるリオン。

 目の前の長耳がみるみる赤くなる。

 

 そうだ。俺は、もう一人の長耳を知っている……。


 「馬鹿っ! 余計なこと言ってないで行くわよ!」


 肩をいからせ、今度はミーサが先を歩き出す。


 「ヤレヤレ、ってかミーサそっちじゃないよ?」


 山道に明るい声が響き、幸せな笑い声が静かに流れた。



 ◆



 薪の火が小さくなっていく。

 どれくらい時間が経ったのであろうか。

 疲れを滲ませたグレンが声を掛ける。


 「ところでお前、左腕はどうした」

 「これか。ヘマやからかして、失くした」

 「失くしたって……。何に襲われたんだ?」

 「いいじゃねえか。ナイフを持ちながら皿が持てなくなった。それだけだ、お前が気にすることじゃない」

 「あのカルファンってヤツか。味方、じゃなかったのか?」

 「どうしてそう思う?」


 射貫(いぬ)くような視線を向けるアストレイ。

 臆することなくグレンは言う。


 「お前の腕を切り落とせる程のモンスターは、このシュナの森にはいない。そうだな、居たとしても魔物(ドラゴン)くらいだろうよ」

 「へーえ、偉く過信してくれじゃあねえか。伝説の召喚士(サモナー)様にそう言って貰えてありがてーよ。ふーん、まあ嘘付いてもしかたねえか。ヤツは魔法使いのカルファン、同じパーティーだったよ」

 「パーティー!? なんでこんな山奥に?」

 「言って無かったかあ。五人でパーティー組んで人捜しの最中だったんだ。そしたら上空に、あの雲が見えた。で、二手に別れて捜索ってわけだ」

 「五人!? 人捜し!? お前ら何やってんだ???」

 「何って、聞いて無かったのか、おっさん! だから人捜しだって言ってんだろう」

 「あっ、まさかダークローブを着た……」


 間髪入れず質問するグレンに、アストレイは少し困惑気味答える。


 「はぁ!? ボケたかおっさん? まあ、何でもいいや、色々複雑でよ。お喋りはこれくらいにしようぜ。そろそろ邪魔が入りそうだ」

 「だな……」


 アストレイは足を使って、火を消した。

 一瞬で暗闇に覆われ、と、同時に通路の向こう側から唸り声が響いてきた。

 体をほぐしグレンは、暗闇の奥に目を光らせた。

 戦士(ウォーリア)の彼女も、大剣を支えに立ち上がる。

 カルファンの時の比ではない緊張感が二人の全身から(ほとばし)る。


 「なるほどね、このダンジョンにモンスが居ないわけだ。クック」

 「あんなヤツがどこから……?」

 「大方、近く(・・)のダンジョンから抜け出して来たんじゃねえのか。そうじゃないと辻褄ってヤツが合わないだろ? クック」


 軽口をたたくアストレイに、グレンが肩をすくめる。


 「かもな。意外とそこのボスだったりして、ははは。ところで、右腕だけで大丈夫か?」

 「テメエ、誰に向って言ってんだ? ふざけたこと抜かしてやがると、その汚いケツから先にぶった斬るぞ!」

 「汚いは余計だ! それにケツは二個一だ、ひとつだとバランスが悪くなるから、斬るなら二個同時にしてくれよ」

 「ははは、変態か! でも、ありがとよ。肩の力が抜けたぜ、グレン!」

 「そうか、それは良かったなアストレイ。俺はまだガチガチだけどな」


 左腕だけで大剣を目一杯伸ばし、右脚を少し引く。

 グレンの背後に蠢くサモンモンスター。

 召喚がいつの間にか終わっていた。


 余程の強敵なのだろう。

 戦闘体勢を取ってまだ数十秒。二人の額からは汗が浮き出てきた。

 拭うおうとはせず、グレンの鼻筋を通り、一適の雫が堪えきれず落ちる。


 きっとそれが合図。


 二人は初手から自分の得意技を出し惜しみすることなく使用する。

 叫び、気合と共に先制攻撃(ファーストアタック)を繰り出したのは彼女の大剣は、刃全体に白い風が帯びている。


 ――嵐の刃(ストームブレード)


 それに負けない気合を乗せた命令。


 「地獄の番犬(ヘルハウンド)!!」


 まだ視認できない暗闇の向こうに、二人の攻撃が走る。


 一瞬動きが止む気配がしたが、共に今の攻撃で停止までは追い込めない。


 「厄介だな……」

 「厄介だ? あれを目前にして厄介で済めば運がいいぜ!」


 肩をすくめるグレン。

 目前をだけを見据えて、口元だけが笑うアストレイ。


 「俺様、悪運には恵まれているんだぜ。クック」

 「幸運の間違いじゃないのか? めったに拝めないモンスだ!」

 「なるほどな、おっさんウマい事いうな」

 「お遊びはここまでだ、次で殺るぞ!」

 「ああ、生きて帰れたらジュンビール奢ってくれ!」


 大剣を下段構えに変え、目を瞑ると刃に黄の妖気が纏い出す。

 刃から溢れた妖気が切っ先から滴り落ち、火花を散らし跳ね返る。

 大剣が轟音を伴いながら、左腕一本で下から上へとなぎ払う。

 早過ぎるその動きに遅れ、軌道を描く刃の軌跡。


 初めから決められているような動きを見せるグレン。

 その刃の軌跡を、地獄の番犬(ヘルハウンド)の四つの足が駆ける。


 攻撃の反動で風が巻き起こる。


 渾身の同時攻撃を受けた相手、今度は流石に停止を余儀なくされた。

 しかし、それだけ。決定打にはならなかったらしい。


 再び動く気配を感じ、姿を現すその相手とは、例えるなら山。

 それこそ上を向いて歩かない限り壁と見間違えるくらい、でかい。


 グレンが見上げる先に吊り上がった目が映り、あるはずの瞳孔はなく、真っ白。

 口は耳元まで裂け、嫌らしく開けたその口の中に鋭い歯が並び、二列目以降も同じ歯が続く。

 潰れた鼻からは、荒い息が噴き出される。

 そして、体はすべて岩で出来ていた。

 恐らく誰も倒したことがないと思われる、伝説級のモンスター。


 「初めて見るぜ……」

 「そうだな。聞くのと見るのとでは大違いだ」


 二人声を揃え、名前を呼ぶ。


 ――狂気の巨人(ジャイアントビースト)



 ◆



 ――翌日。



 「もう歩いて……いいの」


 宮廷内の大廊で偶然出会う二人。

 踏ん切りがつかなかったのか、王妃はお見舞いに行く機会を失っていた。

 本当のところ、合わす顔が無いといった感じか……。

 気まずい雰囲気を漂わせる王妃。


 「これはこれは、王妃。おはよう御座います。まだ松葉杖は離せませんが、大丈夫ですぞ!」


 明るく接するブラウンに、王妃は素直になれない様子。


 「そう、よかったわ……」

 「なんじゃ、なんじゃ、どうなされました、王妃? 元気をお出しください。松葉杖はすぐに手放せませんが、早速、再開しようではありませんか!」

 「なに言ってるの! そんなカッコになって……。それにメンバーも……。カルファンもアストレイも行方不明だし、シンフォニーも傷ついて……」


 顔を背ける王妃。

 松葉杖を肩で押さえ、口元に手を置いてブラウンが咳払いをする。


 「声が小さーーーっい!!!」


 大廊の端まで響き渡る大声。


 「……びっくりするじゃないの、なによ! どうしたっていうのよ!!」

 「どうもこうもありません。民の為、少年の為、お約束したことをもうお忘れか! シャンとしてください、王妃!!」

 「ええ、あーあ、そうね。そうだったわね……、あ、ありがとう」


 苦虫を潰したような表情をみせる王妃に、筆頭執事のブラウンがため息交じりに言う。


 「王妃は民に悪女と噂されていることを知っておいでですか? 悪女、悪い女という意味なのですが」

 「そ、それっくらい文字を分解されなくてもわかるわよ!!」

 「なら、最後まで悪い女を貫き通したらどうですか。今回は不運にもパーティーメンバーはバラバラになりましたが、悪い女ならそんな事は気にせず、違うメンバーを集め、あの親子の依頼を完遂なされてはいかがですか。それが悪女の中の悪女だと、不肖ながらこの筆頭執事のブラウン、そう思うのですがどうです、王妃?」


 困惑気味な顔をして王妃は突っかかる。


 「ちょ、ちょっと、悪女連発し過ぎよ! 私はそこまで悪女じゃないわ。ちょっとだけよ…………。!! そうだわ、プチ悪女よ!!」

 「そうでありましたね。ははっは。プチじゃった、これは失礼。では、そのプチ王妃(・・・・)。又、メンバーを集めようではありませんか。独占契約期間まだ九日間あります。まだまだチャンスはありますぞ」


 真面目な顔に戻ったブラウンは、「失言、お許し下さい」と言い、頭を下げた。

 王妃はブラウンに近づき松葉杖を軽く蹴った。


 「あ、あ、あ、あぶないじゃろー、王妃!」

 「プチ王妃って言うからよ、ふん! プチは悪女であって、王妃はしっかり民を守るんだから、プチにしないで!!」


 腰に両手を当てた王妃を見て、ブラウンが笑い出す。

 王妃も。


 いつもと違う雰囲気に、メイドたちの表情もほころんだ。


 一同が和む中、鉄の鎧が音を鳴らし、近づいて来る。

 王妃の前で片膝を着く、衛兵。

 筆頭執事が迷惑顔で、

 

 「何事じゃ。王妃の御前であるぞ!」

 「はいっ! 申し訳ございません。しかし、昨夜王妃が戻られた後、シュナの森で大規模な爆発があったとのことです」

 「なに? それがどうしたというんじゃ」

 「その爆発現場近くで、王妃が捜しておられました人物を見た、という者がおりまして、ご報告が必要かと」

 「な、なんですって!!」


 王妃は(はばか)ることなく、金切り声を張り上げた。


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