012
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「どこいくのリオン?」
「いいから、いいから。ミーサは黙ってついて来て」
声を弾ませ、山道を歩いている。
険しくはないが、慣れた様子で木々を抜け、森の奥へと。
「ええっと、あの星があっちだから…………こっち!」
「ねえってば、リオン。どこに……」
川から離れ、一時間ほど戻るような形で西の星を眺め、先を行くリオン。
明確な目的地が分かっているその歩き方。
「リオン……貴方……まさか」
「うん、戻ったよ」
「いつからなの!?」
不安げに眺めるミーサ。
足を止め、リオンは背を向けたまま答える。
「たぶん、グレンの家で襲われた時だと思う。気づいたらベッドの上だったけど……」
ミーサは何も言わず、リオンの赤目に映る自分の姿を見る。
「あのね、リオン。貴方は、半年前にグレンが……」
「いいよ、大丈夫だから心配しないで。それにさぁ、記憶が戻ったからって言っても、ミーサはミーサ、グレンはグレンだ! これからもこの先も一緒さ! そりゃ二人が結婚すればずっと一緒って分けには……」
「コラっ! ドサクサに紛れてなに言ってるの! 当然でしょ、私は私なんだし、グレンはグレンよ。それに、リオンもね」
クスッと微笑むミーサ。
「つっかそっち!? 結婚のツッコミはなしかよ。ホント、グレンと同じ反応、ボケがいがないよ」
「あっ!?」
呆れた感じで肩をすくめるリオン。
目の前の長耳がみるみる赤くなる。
そうだ。俺は、もう一人の長耳を知っている……。
「馬鹿っ! 余計なこと言ってないで行くわよ!」
肩をいからせ、今度はミーサが先を歩き出す。
「ヤレヤレ、ってかミーサそっちじゃないよ?」
山道に明るい声が響き、幸せな笑い声が静かに流れた。
◆
薪の火が小さくなっていく。
どれくらい時間が経ったのであろうか。
疲れを滲ませたグレンが声を掛ける。
「ところでお前、左腕はどうした」
「これか。ヘマやからかして、失くした」
「失くしたって……。何に襲われたんだ?」
「いいじゃねえか。ナイフを持ちながら皿が持てなくなった。それだけだ、お前が気にすることじゃない」
「あのカルファンってヤツか。味方、じゃなかったのか?」
「どうしてそう思う?」
射貫くような視線を向けるアストレイ。
臆することなくグレンは言う。
「お前の腕を切り落とせる程のモンスターは、このシュナの森にはいない。そうだな、居たとしても魔物くらいだろうよ」
「へーえ、偉く過信してくれじゃあねえか。伝説の召喚士様にそう言って貰えてありがてーよ。ふーん、まあ嘘付いてもしかたねえか。ヤツは魔法使いのカルファン、同じパーティーだったよ」
「パーティー!? なんでこんな山奥に?」
「言って無かったかあ。五人でパーティー組んで人捜しの最中だったんだ。そしたら上空に、あの雲が見えた。で、二手に別れて捜索ってわけだ」
「五人!? 人捜し!? お前ら何やってんだ???」
「何って、聞いて無かったのか、おっさん! だから人捜しだって言ってんだろう」
「あっ、まさかダークローブを着た……」
間髪入れず質問するグレンに、アストレイは少し困惑気味答える。
「はぁ!? ボケたかおっさん? まあ、何でもいいや、色々複雑でよ。お喋りはこれくらいにしようぜ。そろそろ邪魔が入りそうだ」
「だな……」
アストレイは足を使って、火を消した。
一瞬で暗闇に覆われ、と、同時に通路の向こう側から唸り声が響いてきた。
体をほぐしグレンは、暗闇の奥に目を光らせた。
戦士の彼女も、大剣を支えに立ち上がる。
カルファンの時の比ではない緊張感が二人の全身から迸る。
「なるほどね、このダンジョンにモンスが居ないわけだ。クック」
「あんなヤツがどこから……?」
「大方、近くのダンジョンから抜け出して来たんじゃねえのか。そうじゃないと辻褄ってヤツが合わないだろ? クック」
軽口をたたくアストレイに、グレンが肩をすくめる。
「かもな。意外とそこのボスだったりして、ははは。ところで、右腕だけで大丈夫か?」
「テメエ、誰に向って言ってんだ? ふざけたこと抜かしてやがると、その汚いケツから先にぶった斬るぞ!」
「汚いは余計だ! それにケツは二個一だ、ひとつだとバランスが悪くなるから、斬るなら二個同時にしてくれよ」
「ははは、変態か! でも、ありがとよ。肩の力が抜けたぜ、グレン!」
「そうか、それは良かったなアストレイ。俺はまだガチガチだけどな」
左腕だけで大剣を目一杯伸ばし、右脚を少し引く。
グレンの背後に蠢くサモンモンスター。
召喚がいつの間にか終わっていた。
余程の強敵なのだろう。
戦闘体勢を取ってまだ数十秒。二人の額からは汗が浮き出てきた。
拭うおうとはせず、グレンの鼻筋を通り、一適の雫が堪えきれず落ちる。
きっとそれが合図。
二人は初手から自分の得意技を出し惜しみすることなく使用する。
叫び、気合と共に先制攻撃を繰り出したのは彼女の大剣は、刃全体に白い風が帯びている。
――嵐の刃
それに負けない気合を乗せた命令。
「地獄の番犬!!」
まだ視認できない暗闇の向こうに、二人の攻撃が走る。
一瞬動きが止む気配がしたが、共に今の攻撃で停止までは追い込めない。
「厄介だな……」
「厄介だ? あれを目前にして厄介で済めば運がいいぜ!」
肩をすくめるグレン。
目前をだけを見据えて、口元だけが笑うアストレイ。
「俺様、悪運には恵まれているんだぜ。クック」
「幸運の間違いじゃないのか? めったに拝めないモンスだ!」
「なるほどな、おっさんウマい事いうな」
「お遊びはここまでだ、次で殺るぞ!」
「ああ、生きて帰れたらジュンビール奢ってくれ!」
大剣を下段構えに変え、目を瞑ると刃に黄の妖気が纏い出す。
刃から溢れた妖気が切っ先から滴り落ち、火花を散らし跳ね返る。
大剣が轟音を伴いながら、左腕一本で下から上へとなぎ払う。
早過ぎるその動きに遅れ、軌道を描く刃の軌跡。
初めから決められているような動きを見せるグレン。
その刃の軌跡を、地獄の番犬の四つの足が駆ける。
攻撃の反動で風が巻き起こる。
渾身の同時攻撃を受けた相手、今度は流石に停止を余儀なくされた。
しかし、それだけ。決定打にはならなかったらしい。
再び動く気配を感じ、姿を現すその相手とは、例えるなら山。
それこそ上を向いて歩かない限り壁と見間違えるくらい、でかい。
グレンが見上げる先に吊り上がった目が映り、あるはずの瞳孔はなく、真っ白。
口は耳元まで裂け、嫌らしく開けたその口の中に鋭い歯が並び、二列目以降も同じ歯が続く。
潰れた鼻からは、荒い息が噴き出される。
そして、体はすべて岩で出来ていた。
恐らく誰も倒したことがないと思われる、伝説級のモンスター。
「初めて見るぜ……」
「そうだな。聞くのと見るのとでは大違いだ」
二人声を揃え、名前を呼ぶ。
――狂気の巨人
◆
――翌日。
「もう歩いて……いいの」
宮廷内の大廊で偶然出会う二人。
踏ん切りがつかなかったのか、王妃はお見舞いに行く機会を失っていた。
本当のところ、合わす顔が無いといった感じか……。
気まずい雰囲気を漂わせる王妃。
「これはこれは、王妃。おはよう御座います。まだ松葉杖は離せませんが、大丈夫ですぞ!」
明るく接するブラウンに、王妃は素直になれない様子。
「そう、よかったわ……」
「なんじゃ、なんじゃ、どうなされました、王妃? 元気をお出しください。松葉杖はすぐに手放せませんが、早速、再開しようではありませんか!」
「なに言ってるの! そんなカッコになって……。それにメンバーも……。カルファンもアストレイも行方不明だし、シンフォニーも傷ついて……」
顔を背ける王妃。
松葉杖を肩で押さえ、口元に手を置いてブラウンが咳払いをする。
「声が小さーーーっい!!!」
大廊の端まで響き渡る大声。
「……びっくりするじゃないの、なによ! どうしたっていうのよ!!」
「どうもこうもありません。民の為、少年の為、お約束したことをもうお忘れか! シャンとしてください、王妃!!」
「ええ、あーあ、そうね。そうだったわね……、あ、ありがとう」
苦虫を潰したような表情をみせる王妃に、筆頭執事のブラウンがため息交じりに言う。
「王妃は民に悪女と噂されていることを知っておいでですか? 悪女、悪い女という意味なのですが」
「そ、それっくらい文字を分解されなくてもわかるわよ!!」
「なら、最後まで悪い女を貫き通したらどうですか。今回は不運にもパーティーメンバーはバラバラになりましたが、悪い女ならそんな事は気にせず、違うメンバーを集め、あの親子の依頼を完遂なされてはいかがですか。それが悪女の中の悪女だと、不肖ながらこの筆頭執事のブラウン、そう思うのですがどうです、王妃?」
困惑気味な顔をして王妃は突っかかる。
「ちょ、ちょっと、悪女連発し過ぎよ! 私はそこまで悪女じゃないわ。ちょっとだけよ…………。!! そうだわ、プチ悪女よ!!」
「そうでありましたね。ははっは。プチじゃった、これは失礼。では、そのプチ王妃。又、メンバーを集めようではありませんか。独占契約期間まだ九日間あります。まだまだチャンスはありますぞ」
真面目な顔に戻ったブラウンは、「失言、お許し下さい」と言い、頭を下げた。
王妃はブラウンに近づき松葉杖を軽く蹴った。
「あ、あ、あ、あぶないじゃろー、王妃!」
「プチ王妃って言うからよ、ふん! プチは悪女であって、王妃はしっかり民を守るんだから、プチにしないで!!」
腰に両手を当てた王妃を見て、ブラウンが笑い出す。
王妃も。
いつもと違う雰囲気に、メイドたちの表情もほころんだ。
一同が和む中、鉄の鎧が音を鳴らし、近づいて来る。
王妃の前で片膝を着く、衛兵。
筆頭執事が迷惑顔で、
「何事じゃ。王妃の御前であるぞ!」
「はいっ! 申し訳ございません。しかし、昨夜王妃が戻られた後、シュナの森で大規模な爆発があったとのことです」
「なに? それがどうしたというんじゃ」
「その爆発現場近くで、王妃が捜しておられました人物を見た、という者がおりまして、ご報告が必要かと」
「な、なんですって!!」
王妃は憚ることなく、金切り声を張り上げた。




