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 『なるほどね、分かったわ』

 『はい。申し訳御座いませんでした……』

 『いいのよ、相手は伝説なんだから。それに味方が敵になるとはね。うふふ。私の弟子でも無理があったようね』

 『…………』

 『魔物(ドラゴン)をテイムしたヤツを捜して頂戴。あの場に現れたってことは、少年の正体も知っているはずよ」

 『はい。禁忌魔法を使うヤツは限られている、予想は付きます』

 『その予想とやら、次ぎは外れないことを祈るわ』

 『……はい』

 『あと、ここにはもう来ないでね。貴方、臭うわ』


 (さげす)み笑う女の声。

 人気(ひとけ)のない臭う(・・)この部屋、いつの間にか会話の主を失い静かになった。



 ◆


 活気に溢れるギルド酒場。


 「おーい、マスター! ジュンビールくれ!」

 「はい。少々お待ちを」

 「姉ちゃん、こっちもお代わり頼むぜ! 冷えやつをなぁ。ははは」

 「わかってるわよぉ! あんまりゴチャゴチャ言ってると、薬草まぜるよ?」

 「おーこわっ。しっかし怒った顔も可愛いねー」

 「馬鹿っ。ホントに入れるからねえー!!!」


 

 マスターもムーンも大忙しで、冒険者たちの注文に追われている。

 混雑するギルド酒場で、今日はいつもと違うある噂が飛びかっていた。



 「しっかし、あのダンジョンで出るとはなあ」


 と言った冒険者が、壁に貼られている依頼書をアゴで示す。

 同席していた冒険者が、ウンザリした表情で、


 「当たり前だろおめえ、S級のダンジョンなんだからよぉ」

 「そりゃそっか」

 「おめえだと、一分ももたねえけどよ」

 「うるさいな。でもよ、今回も野良メンバーで倒したらしいぜ。しばらくはこの町に居るって噂だ。俺たちにも十分巡ってくるチャンスはあるぜ」

 「だな。そういや今日はまだその冒険者、見てねえな」


 別のテーブルの居た細顔の男性が、驚いた声で話掛ける。


 「あ、あんた知ってるのか?」

 「知ってるも何も有名じゃねえか。ははーん。お前モグリか!?」

 「違う、違う。名前は知ってるけど、顔、見た事ないからさあ」


 どうやら有名というだけあって、名は知られているが顔までは広くないらしい。

 壁の依頼書を眺めながら「今日来るかな?」と、細顔の男性が呟く。

 

 「さあなあ。もしかして、お宝が多過ぎて売り捌くのに時間掛かって来れないとか?」

 「いいね、ワクワクするよ」


 笑いに包まれる店内。

 夢と希望を抱き、冒険者たちは又、ジュンビールを飲み干した。


 そんな会話が飛び交っているのを小耳、ならぬ長耳で聞いた時のムーンは驚きを隠せなかった。

 しかもその野良パーティー、今朝早くこのギルド酒場で依頼を受け、完遂していたのだ。


 その時ムーンは買出しに出掛け不在だったため、賑わう店内でそれを聞くまで知らなかった。

 すぐさまギルドマスターのお父さんに噛みついた。


 「なんで教えてくれないのよ! 恥をかくとこだったじゃないの、もー!」

 「いやな、野良だったし失敗すると思って……それに……」

 「それになによ! 次ぎからはちゃんと言ってよね。まったくもー!」


 その後、噂が噂を呼び、ごらんの有り様というわけだ。

 一目見たさと、チャンスを掴む為に。


 時間が経つにつれ、壁に貼られているその依頼書が、次第に気になり始めるムーン。

 それを知ってか知らずか、マスターが釘を刺すようなことを言う。


 「ムーン、余計な事を考えるなよ」


 何の前触れもなく、カウンターの裏で料理を作っていたマスターが声を発した。


 「な、なにお父さん……。突然、なにを言い出すのよ、ったく」

 「なにをだ? そんなの見りゃわかるよ。ちゃんと顔に書いてある」

 「か、書いてないわよ。ばっかじゃない」

 「ならいいがな。ムーンのランクじゃいけないからな」

 「知ってるわよそれくらい。誰があんな恐ろしいダンジョンなんか行くもんですか!」

 「そっか。それならいいが無謀なダンジョンだ。間違えても近づくんじゃないぞ」

 「だからお父さん聞いてた? 行かないってばぁ!!」


 長耳を赤らめて必死になって抵抗した。

 それが却ってマスターを不安にさせたのか、難しい表情でムーンを見て、大きなため息をつく。


 「明日も忙しいかもしれん、頼むよ」

 「わ、わかってるわよ! そんなの…………」


 冒険者たちが飲み終えたジュンビールの器を流しに漬け、ムーンは俯いた。

 何かを決意する表情にも見えたが、騒がしい店内から再び注文が入り、「はーい」と、声を上げ店内へ。


 フライパンを動かすついでに、チラッと依頼書を眺める。

 色褪(いろあ)せ古くなった依頼書だが、どこぞの道楽息子が素材欲しさに依頼を出し続けている。


 依頼:ミストダンジョンの攻略

 依頼内容:炎の魔人(イフリート)及び、亜種魔族(レッサーデーモン)の狩猟

 報酬:素材により変動|(最低保証なし)


 「もう来ないでくれ、シルビア……」


 知った風に聞こえるその名前。

 マスターにしては珍しい憎悪がそこには含まれていた。



 ◆



 「見殺し、じゃなかったのか? それで男爵になったんだろ? 名誉と金を手にいれたんだよな。嫌味でも何でもないぜ。知ってるヤツ知ってるってだけよ。そんな気にするなって。少なくとも俺様は気にしないぜ、おっさん」

 「えらく痛烈(つうれつ)なご意見、ありがとよ。それでも俺は……」


 続きは胸の内で喋ったのか、目を閉じて黙り込んだ。



 あの時……。


 逃げ場を失った我々を救ったのは、魔法使い(メイジ)のルナ。

 最後に残して置いたのだろう、魔法瓶(マジックポーション)を飲み、選定移動アサインテレポートを行った。

 一人だけ残して。


 前衛の戦士(ウォーリア)のマリーは襲い来る死者(ゾンビ)食屍鬼(グール)の群れに飛び込み、選定移動アサインテレポートの時間を作ってくたのだ。

 違う場所に移動し窮地は脱したが、ダンジョン内での移動(テレポート)は地上とは違い、任意移動(ランダムテレポート)しか出来ない、どこに移動するか分からないし、どこに移動したかも分からない。

 今回の任意移動(ランダムテレポート)は運が良く、崩れた壁の前だった。


 「これでなんとか脱出できる」

 「でも、マリーが……」


 ミーサが悲しげに言う。

 魔法使い(メイジ)のルナが、


 「私がもう一度任意移動(ランダムテレポート)してくるわ。一人だと魔力の消費も押さえられるし。さあ、貴方たちは外へ」

 「何を言って……」


 グレンが急いで手を伸ばすが、その先には何もない。

 すでに任意移動(ランダムテレポート)の後だった。


 仕方なく、錬金術師(アルケミスト)ダンジョンの外側(・・)で待っていた二人だったが、しばらくすると壁の内側で錬金が始まったのか、穴は忽然と消失し、どこか分からなくなってしまった。

 必死になって探すも結局見つからず。その過程で今いるここがハップスダンジョンだと言うことを知った。

 

 まだランクが低い時、何度も訪れていたダンジョン。

 グレンたちは覚えていた。

 それが幸いしてか、ここのダンジョンでは絶対に見ることのない、とんでもないモノを目にし、確信する。


 錬金術師(アルケミスト)ダンジョンから漏れだしたモンスターたちが、ハップスダンジョン内を徘徊していたのだ。


 二人が居た場所がハップスダンジョンの地下一階ということもあり、直ぐに出口は見つかったが、もとはAランクのダンジョン。

 錬金術師(アルケミスト)ダンジョンのS級モンスターたちは、意図も簡単に結界を破り、外へ、地上へ出ようとしていた。


 召喚士(サモナー)弓使い(アーチャー)で、それが外部に流出するのを食い止めた。

 その内、別の冒険者たちも加わり、なんとか押し留めることが出来たが、永遠に沸き続けるかに思われるモンスターたち。

 これではこっちの魔力も体力も持たない。


 そこで、グレンがとった行動と作戦は、出入口の封鎖だった。


 作戦はこう。

 魔法瓶(マジックポーション)を別の冒険者から貰い、魔力を回復したグレンがゴーレムを数体召喚し、次にミーサの精霊魔法、自然治癒(ネイチャーヒーリング)をそれらに掛ける。

 これで、押し寄せてくるモンスターたちからの攻撃にある程度耐えられるようになる。

 そして、ゴーレムを出入口の奥まで行かせ、中にいるモンスターたちの注意を逸らしている内に、ダンジョンの出入口を破壊し封鎖する、といった作戦だった。


 それは上手く行き、引きつけられたモンスターたちが出入口から離れた頃あいをみて、そこに居合わせた冒険者全員で出入口の跡が分からなくなるまで破壊し尽くした。


 ハップスダンジョンは村からも近く、もしこれ失敗に終わっていれば、Sクラス級のモンスターたちが世に溢れ、最初にその村が標的となる可能性が高かった。

 そうなれば甚大な被害が出たと思われたが、見事、グレンの作戦でそれは現実に起らずに済んだ。


 勇気ある英雄譚は瞬く間に広がり、当時ハップスダンジョンはジュノー共和国の管理下であり、偶然そこを訪れていたガルバン帝国の皇帝陛下の耳にまで届き、問題発見と解決に多大なる人力を注いだ功績が認められ、爵位を拝受することになった。

 ミーサは辞退したのが、グレンには別の考えがあり、仲間を失った苦しい胸の内を隠し、拝受した。


 それから数か月後、錬金術師(アルケミスト)ダンジョンが危険認定され封鎖されるまでの間、二人の仲間を失って得た金と名誉で捜索隊を作り、ダンジョン内を捜しまわった。

 しかし、その捜索隊がことごとく戻ってこないか、傷を負って帰ってきたことが、危険認定を加速させる一つの要素となり、結局『薔薇の血(ブラッドローズ)』のメンバー二人を捜し出せないまま、半年余りが無駄に過ぎ、その全てが終焉した。



 「見殺し。ルナもマリーも……ダンジョン内には別の多くの冒険者たちが居ただろう……その者全てを俺は地獄へ突き落とした。俺の浅はかな作戦で、俺のこの手で、皆を見殺しにした…………」


 握り締めた拳から血が流れた。

 その拳を地面に叩き付けるたび、火の粉よりも赤く、鮮明にそれは飛び散った。


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