覚醒 19~21
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「はい、みなさん、準備は出来ましたか? それではいただきま
す!」
「いただきます!」
みんなが声を揃えて嬉しそうに食事の挨拶をするのを聞きながら、
僕は一人、教室を出て行く。手には形だけの給食を持ちながらね。
強化プラスチックのクリーム色のお盆の上には、スパゲッティ・
ミートソースの欠片がのったお皿と、半分潰れかかった三角合成牛
乳、それからこれは山盛りの人工野菜サラダ、最後にプリンのフタ、
これだけが載ってる。
食器には全部僕専用の番号がふってあるんだ。勿論、他のみんな
にはそんなものは無い。僕だけの、僕専用の番号。それが『D-
9』。僕がデクだからD-9なんだろう。シャレにしてもここまで
徹底してると返って小気味いいくらいだ。そう思わないか?
今日はみんなの好きなメニューだから、当然、僕の取り分は少な
かった。そうなんだ。僕はいつもみんなの取り終わった一番最後に、
僕の分を取る事が出来るんだよ。だからさ、今日みたいに人気のメ
ニューの時なんかは、どうしてもみんなの残しがちな人工野菜サラ
ダが多い、ってコトになるんだな。
しかもその給食は、クラスで僕だけ別の部屋で取るように決めら
れてるんだ。
それは僕がデクだから当然なコトで、それもみんなの日常の一部。
文句を言う奴なんて誰も居やしないのさ。
教室を出てからグランドを通り、僕は裏庭へと進んで行く。本当
ならみんなの食事中は職員室の横の特別室に行かなくちゃいけない
んだけど、僕はそこが大っ嫌いなので行かないんだ。
だってそこには僕と同じような奴らがたむろしているんだもの。
後でいくらお仕置きされてもいいんだ。自虐的な精神的苦痛よりも、
僕には肉体的苦痛の方がまだ我慢出来る。だから僕は裏庭に行く。
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裏庭に出たところに僕のオアシスがある。給食のこの時間だけの
僕のオアシス。それは動物飼育小屋だ。学校側が生徒達の情操教育
の為にと建ててある銀色の建物で、中には3匹のうさぎと5羽のチャ
ボ、それに一羽のホロホロ鳥がいる。動物飼育小屋というのは名ば
かりで、無臭、無菌の全自動システムってのが売りらしい。
僕は人工野菜サラダを手につかみ、彼らにそれを与えるんだ。早
速、コッコッ、コッコッと鳴きながらチャボ達が寄ってきた。
ほら、ほら、慌てないで順番に食べな。大丈夫だよ、みんなの分
もちゃんとあるからね。ほら、お前はこいつらの親だろ? 三羽の
子供たちにちゃんと先にやらなくちゃ。あ、うさぎさんも慌てなく
て大丈夫だ。フフ、僕の手は食べないでくれよな。
いつものようにチャボとうさぎが、僕の与えるエサを争うように
求めてる。これを見ると、僕は熱い何かで満たされたような気分に
なるんだ。だって、こいつらは僕を汚いからって避けないもの。お
前の手にした食べ物なんかって、蹴ったりしないもの…
それに正直言うと、何よりもコイツらにエサを与えるって行為が、
僕の心の奥底にある支配欲を心地良く刺激するんだ。
そうだよ、このデクのこの僕がだよ? そうなんだ。この僕は、
みんなと同じなんだ。いいや、それよりもタチが悪い、仮面を被っ
た偽善者なんだよ。
熱くなった僕をこのように気づかせてくれるのは、たった一羽
のホロホロ鳥だ。こいつはいつも僕の与えるエサには見向きもしな
い。
それどころか僕に対して敵意をむき出しにして、突っかかってく
る素振りさえ見せるんだ。きっとコイツは僕の心が読めるんじゃな
いかとさえ、思わせる。
でもね、本当を言うと、この動物達はみな三次元フォログラムの
立体映像なんだよ。ちゃんとプログラミングされてるのでそれなり
の反応を示すようになってるんだ。だからチャボもうさぎもエサを
ねだるし、ホロホロ鳥は突っかかって来るわけ。
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なんだつまんないって? でもこれはこれで仕方が無いんだ。だ
って生物としてのコイツらはとうの昔に絶滅してるんだからね。確
か鳥類で残ってるのはどこにでもいる進化したカラスくらいじゃな
いかな?
そんなコトは頭では分ってるんだけどさ、それでもいつも偽物の
ホロホロ鳥を見ることによって僕は我に返り、動物飼育小屋を後に
する。
とても後ろめたい自己嫌悪って奴で全身をいっぱいにしながらね。
たった今までオアシスだったものが、たちまちにして砂漠になっ
ちゃう。
でも、僕はきっと明日もそして明後日も、給食の時間になるとこ
こにやって来るだろう。悪いと分っていても、つかの間の快楽を求
めるジャンキーのようにね。
僕が給食の時間が切ないってコトが少しは分ってもらえただろう
か。
グランドに目をやると、低学年の子達がグランドに駆け出してき
た。給食の時間ももう終わりだ。僕は空になった食器をお盆に載せ、
自分のクラスへと急ぐ。
「おい、デク! いつも通りによろしくな」
「いいか? いつものように気づかれないようやるんだぞ?」
僕と入れ違いに教室を飛び出していくサッカー好きの給食当番の
班員達。
そうなんだ。給食の後片付けはこの僕がやらされるんだ。それも
先生方には内緒でね。
僕は慣れた手つきで食べ終わった食器を一人で給食配膳室へと運
ぶ。この頃では毎日のように僕がやらされているので、いつの間に
かみんなもそれが当然だと考えるようになったのだろう。先生がコ
レを知ったところで、多分変わりは無いだろうけどさ。
この僕が学級会みたいな公式の場で『こんなのは理不尽だ!』っ
て叫ばない限りはね。でも、そうしないってことをみんなは知って
るし、先生だって、ううん、この僕だってようく知ってる。
なぜって言われても、ほら、一般社会でだって、最高速度四十キ
ロ制限道路を四十キロで走ってる車はいないだろ? 五十キロで走
ってるからっていちいち罰していたらキリがないからね。それどこ
ろか渋滞渋滞で滅茶苦茶になってしまうのがオチなんだよ。建前は
あくまで建前なんだ。それと同じさ。




