覚醒 10~12
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そうだよ、それでいいんだ。出来るならキックしてくれてもいい
んだよ。これで僕はやっと安心出来る。身体に包帯を巻いて鼻から
チョークを二本出し、変なかっぽう着を着たデクだもの。淀みの中
でたゆたう様に、これからは心乱さないよ。
スローモーションのコマ送りのように、僕はあいつの席に倒れ込
む。あいつの手や足を汚さないよう、汚れの少ない部分をあいつに
向けるようにしながら。
あいつが大きな目をいっぱいに見開いて、手を前方に突き出し、
僕を突き飛ばそうとするかに見えた次の瞬間、僕は雲の中に飛び込
んだんじゃないかと思った。実際にはそんなコト、したコト無いけ
ど、もし僕が魔法使いに魔法をかけられてさ、空を飛ぶコトが出来
るようになって、真っ青な空にぽっかりと浮かぶ入道雲に飛び込ん
だらさ、きっとそんな気持ちがするんじゃないかって思うような感
触がしたんだよ。それから僕の鼻をくすぐる甘い香り。そう、これ
はただの雲なんかじゃない。お菓子で出来た雲なんだ。その中に飛
び込んだんじゃないかって。
本当の処は、あいつの腕の中に抱きとめられたってのが分った時、
僕は混乱の極みにいた。あいつは僕を抱きとめ、ううん、抱きとめ
ようとしたけれど僕の体重を支えきれずに、僕を腕にしたまま床に
倒れ込んだんだ。その時、ゴキッという音がした。僕のお腹のすぐ
下で。
「キャー!」
「大変だ! 早く助けろ!」
みんなの騒ぐ声で、僕はこれが現実なんだってコトに気づいたん
だ。僕はみんなに取り押さえられるようにして、あいつから引き離
された。
先生や女の子達があいつを抱き起こして何かを言ってる。僕は男
子に囲まれてキックやパンチの雨の中にいたので、あいつが大丈夫、
なんとも無いです、と言うのを聞き取るのが精一杯だった。
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「よ~し、みんな、もういいから席につけ! それからアルファ君、
念の為に保健室で見てもらうように。あ、シー君、保健委員だった
な。付き添いをお願いします」
先生がまだざわついてるみんなにそう指示を出し、シーさんがあ
いつを保健室に連れて行こうとした時だった。
「あの、先生? 私は大丈夫ですけど、そのヒトの方が心配です。
だってさっき一緒に倒れた時、ゴキッて音がしたんです。だか
ら…」
あいつが先生に向かってこう言ったんだ。僕はまだ床に倒れたま
まだったけど、その時初めて混乱の極みからほんの少しだけど逃れ
るコトが出来て、場の状況を確認するコトも出来たんだ。
あいつは確かに僕を突き飛ばそうとしたんじゃなく、この僕を受
け止めようとしてくれた。どうしてか分らないけど、確かにこのデ
クの僕を!
これ以上の計算は無理だったので、この件については改めて考え
るコトにして、次に自分の体を確認すると、左手の小指がどうやら
折れているようだった。反射的にあいつを衝撃から守る為に無理な
形で手を突いたので、折れちゃったんだな。
先生は僕が倒れている所まで来ると言った。
「さっさと起きたらどうだ? オマエ、どこか壊れた箇所があるの
か? んー?」
僕の身体を隅から隅まで舐め回す様に眺めた先生は、またいつも
の様に気づかない振りをして
「なんともないだろう? だったら早くトイレに行って始末をして
来い。あ、その前にオマエが倒れた所の床とオマエが座っていた椅
子を拭いてから行け」
そう言われてしまうと僕はなんにも言えなくなってしまって、た
だ薄笑いを浮かべるだけだ。あいつはそんな僕を見てちょっと目を
伏せた後、やっぱり何にも言わずにシーさんと一緒に教室から出て
行ってしまった。
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その後、僕は教室の掃除をしてからトイレに行き、自分の始末も
してから(もちろんかっぽう着から普通のポロシャツとズボンに着
替えを済ませ、左手小指の手当てもしてね)教室に戻ってみると、
みんなが大騒ぎしてた。
「あっ、デクが帰ってきた! オマエは凶悪犯人だ! アルファさ
ん入院したぞ! オマエのせいだ!」
「内臓破裂だってよ! ああ、恐ろしい。先生、僕たちこんな野蛮
なやつと一緒の教室にいるのなんて嫌です!」
「いつ乱暴されるかわかんないもんな!」
教室はブーイングの嵐に包まれてる。でも、僕はそんなコトより
もあいつが内臓破裂で入院したってのが信じられなかった。だって、
さっきまであんなにピンピンしてたし、自分でも大丈夫だって言っ
てたし。でも、もしかしたらってコトもある。こんな醜い物体の下
敷きになりそうになっただけでも、もしかしたらってね。
「おい、みんな、ちょっと静かにしろ! 確かにアルファさんは病
院に行った。でもな、内臓破裂で入院だなんて事は、な・い・ぞ・
う? なんてな?」
教室は先生のこの一言で静まり返ってしまった。普段は真面目過
ぎるくらいの先生が、やっと言った、たった一言のおやじギャグ。
僕はこんな場合、笑うとか、吹き出すとか、とりあえず何らかの
反応ってヤツが必要だと感じた。だから僕は思いっきり手を叩いて
みせたんだ。顔もきっといつもの薄笑いよりも多目に笑っていたと
思う。
先生は俯いたままだ。机を掴んでる両手がブルブル震えてる。そ
れからその状態のままで、こう言った。
「おい、今拍手をしたヤツ前に出て来い。いや、デクだったのは分
ってる。早くしろ」




