覚醒 13~15
(13)
僕は先生の言う通りに教壇の前に進んで行った。と、先生が急に
顔を上げ、机の下から木刀をスッと出し、僕の頭を目掛け、真一文
字にそれを振り下ろした。
ゴツ!っという物凄い音がして、僕の意識は一瞬で飛んでしまっ
た。
それでも『愛は与える程に中身を増す』のかい?
もう一人の僕が僕に向かって訊ねてる。僕らは緑の草原の中にあ
る大きなポプラの木陰で、白い椅子に座ってるんだ。
爽やかな風が周りの緑を揺らし、木漏れ日が僕らの顔にその手を
伸ばす。蜜蜂の羽音がすぐ耳元で聞こえるよ。ブーン、ブーンって
ね。
ああ、とってもいい気持ちだよ。ここが何処だかその時の僕らに
はよく分ってて、そこにいる事が当たり前のように思えてるんだ。
で、僕はもう一人の僕に向かって早速その質問に答えようとして
るんだけど、あれ? 言葉にならない。答えは喉元まで出かかって
るんだけど、声に出せないんだ。
もう一人の僕はそんな僕を見るとフフッと笑い、飛んで行こうと
するんだよ。ああ、もう一人の僕は背中に羽があって自由なんだな、
と僕はもう一人の僕を羨ましく思った。
そんな彼の羽音と蜜蜂の羽音がリンクして、次第に大きくなって
いく。ブーン、ブーン、ブーン、ブーン。なんて心地のいい音なん
だろう?
あれ? もしかしたらこれは自由の音なのかな? ブーン、ブー
ン、ブーン、ブーン…
彼の姿が見えなくなっても、その音は僕の耳元でずっと聞こえて
いる気がする。ブーン、ブーン、ブーン…
はっと気づくと、僕はちゃんと自分の教室の席に座ってた。頭の
真ん中が少し凹んでいる気がしたけど、大丈夫だ。でも…耳元でま
だブーン、ブーンと、あの音が聞こえている気もする。
それからそうだ、と気づいて、あいつの席の方を見ると、あいつ
もちゃんと席に座ってた。ああ、良かった。さっきのは僕をみんな
でからかう為のトラップだったんだと分って、僕は胸を撫で下ろし
た。
(14)
このトラップはよくあるコトなんだ。これによってみんなの一致
団結を強め、またひとつの目的を持つコトによって、より強い仲間
意識というヤツが生まれるらしい。ひとつの目的が、例えこの僕を
からかい、お仕置きをするってコトにしてもね。
先生ももう落ち着きを取り戻しているし、いつも通りの教室だ。
この先生は適応能力の弱い先生だったけど、こうしてやっと僕に直
に手を出すことが出来て、今までの総てのストレスが弾け飛んでし
まったのだろう。なんとも明るい顔をしている。こんな時、僕は自
分自身の存在意義ってヤツを感じて、ほんの少しだけ嬉しくなって
しまうんだ。
授業終わりのチャイムが鳴ると、先生は木刀を振り回しながら嬉
々として職員室に戻っていった。これから木刀は机の下のお飾りな
んかじゃなく、先生と僕を繋ぐ必需品となるんだろう。
先生がいなくなると、早速みんなが僕の周りに集まってきた。
「おい、デク! おまえ、さっきはよくもアルファちゃんに抱きつ
いてくれたな!」
「テメー、デクの分際で!」
あいつに気のある男子どもが、僕を囲んでチャランボの嵐だ。
「も、もう勘弁してください…お願いします…」
「あ? 勘弁だぁ? お前ごときデクが、俺たちのアイドルに抱き
ついたんだぞ? これはもう死刑に価する重罪だ。なぁ、みんな?」
「ハァ、ハァ…俺、もう我慢できん! これでやったろか?」
あいつの親衛隊長を自分で名乗ってるジー君が、カッターナイフ
をカチカチいわせてる。
「おい、、お前ら、ちょっと待ちな。ジー、そいつらをデクから離
せ。それからな」
(15)
エー君がジー君の耳元で何かを囁くと、ジー君の顔色がさっと変
わった。それからジー君は僕にゆっくり近づくと、僕にだけ聞こえ
るように言った。
「おい、デク、上様からの命令だ。いいか、今からズボンを脱いで、
女子の前で『デブ踊り』をしろとさ。早くしな!」
「え? 『デブ踊り』ってどういうのですか? 僕、知らないんで
すけど」
「バカヤロ! 俺だって知らねーよ! でもいいか? 下品に踊り
やがったらこの俺が承知しねーからな!」
「はい…」
僕はジー君の気持ちを考えると、出来るだけ一生懸命やろうと決
めたんだ。だってジー君はこの僕を除くと、クラスの中で一番太っ
てる。自分でも気にしているのだろう、何度もダイエット教室に通
ったらしいんだけど、そのたびにリバウンドとやらで今の状態だ。
「おい、ジー、デクにパンツも脱ぐよう言っとけ!」
エー君の容赦のない声が飛んだ。それから次の授業が始まるまで
の僅かな時間が、随分と長く感じられた。僕にとっても、多分ジー
君にとっても。
大声で騒ぎ立てる女子の前で、メチャクチャ踊る僕。はやしたて
る男子たち。いつものまなざしで見つめるあいつ。今回はうつむき
加減のジー君。
筋書きはこうだった。フリチンで踊る僕を颯爽と現れたエー君が
止めるんだ。後ろからのとび蹴り一発でさ。そこを女子を含めたみ
んなでフクロにするんだ。
普段手を出すコトが滅多にないエー君が直接手を出すなんて、彼
もあいつに相当気があるってコトなのかな。
こんなショーじみたコトが、授業と授業の間の休み時間になると、
繰り返されるんだよ。もっともショーの構成や筋書き、主役はその
たびに違うんだけどね。でも、まあ、この僕が、必要不可欠の助演
男優賞確実の名優だってところは、動かし難いんだけどさ。




