56日目
佐倉に会って2日後。掲示板の所在を探すべく公一は実家に戻って来ていた。
佐倉には再び面会を申し込んだが何故か許可がおりなかった。佐倉が断ったのか刑務所の都合なのか公一には知るすべもなかった。
『皆でもう一度会おうと思っているが、店の場所と電話番号を忘れてしまった。覚えていたら教えて欲しい』
返事が来るかどうかわからないが、公一はそう手紙を書いて送った。
待っているだけには耐えられず、センター長には「ノートを提出することにしたが、家族が心配だ。一度実家に帰る。また整理したい研究書類もあるので一度自宅にも帰りきちんと整理したい。」と伝えた。
センター長は公一が折れたことに上機嫌で「1週間待ってやる、必ず提出しろよ」と答えた来た。
一時期、実家にはマスコミが押しかけていたそうだが、両親が引っ越したと知っているのか誰もいなかった。渡されていた合鍵を使い中に入ると湿気たほこりの匂いが鼻をついた。
冷蔵庫には、おかずの残りなどが入っており、両親が取るものも取らず逃げるように家を出たことがうかがえ、公一はなんともいえない気持ちになった。
「この件が片付いたら、きちんと話を聞いてもらおう」
そう心に決め、2階にある自室に向かった。
掲示板のアドレスはあっさり見つかった。公一が下宿を引き払うときに荷物をまとめた段ボールが押入れのにそのまましまわれており、当時の手帳にはさんであった。
荷物を片付けもせず、公一は急ぎ理研近くの自宅に戻った。
久しぶりに戻った自宅の換気をしながら、自室のPCを立ち上げ文字列を入力。ログイン画面が表示され学籍番号を打ち込むと、懐かしい掲示板が表示された。
最新の情報は、公一の捏造報道がなされた1週間後。投稿者は名無し。それ以前は10年以上前なので、おそらくこれが佐倉が書き込んだものだろう。別ページへのアドレスが貼り付けられ、説明も何もない。
公一は迷うことなく、そのリンク先へ飛んだ。
『パスワードを入力して下さい』
「パスワード・・・」
公一は掲示板の検索に使った文字列を入力したが文字数があわず全部入力できなかった、ならばと学籍番号を入力してみるがこれもダメ。
「あいつはなんて言ってた・・・」
佐倉との会話を思い出す公一。「そうだ、先生の口癖といっていたな」
公一達の無くなった恩師は研究一筋で教授という立場であっても現場主義であり、物欲や名誉欲というものはなかった。昼間から隙あらば酒を飲む無類の酒好きではあったが。
『男子は生涯一時をなせば足る』
これが先生の口癖だった、公一は確信を持って入力した。
PC画面にログイン中の文字が浮かび、画面が切り替わると女性の顔のCGが浮かびあがった。
「なんだこれは?」
『お久しぶりです。河野様。御待ちしておりました。』
PCの画面上でマイクがオンになったという表示がされた後、無機質な女性の声がスピーカーから聞こえてきた。
「君は誰だ?」
『形式番号はANN68000XRー7。防衛省配備の汎用人口知能搭載型のスーパーコンピューターです。管理者の佐倉様よりあなたのサポートするよう指示をされています。コールサインはアンです。今後よろしくお願い致します。』
これから共に長い時を過ごす事になる、アンと公一の出会いはここからはじまった。