63日目
無駄に広い玄関ロータリーを抜け、職員専用の駐車場に車を止めた公一は、久しぶりに職場の入り口をくぐった。
昼時を迎えている玄関脇の喫茶店から漂うカレーの匂いと、消毒液の匂いが入りじまった独特の香りを嗅ぎながら、公一は懐かしく寂しい思いを抱く。
「今日でもうここに来ることはないだろうな・・・」
センター長と研究ノートを渡す約束をした期限の1週間を迎えた。
迷いなくセンター長室に向かって廊下を歩く公一を見て、すれ違うかつての同僚達はぎょっとしたような顔をし、すぐに視線を公一から外す。
センター長室脇のインターホンを押し、名前を告げると、飛びつくようにセンター長がドアを開け、公一を招きいれた。
室内には白衣を来たセンター長の他に、地味だが上等なスーツを来た男が2人、応接ソファーに座っていた。どちらも公一の姿を見て驚きの表情を浮かべている。
そつなつスーツを着こなしている細見の男といかにも窮屈そうにスーツに身をつつんでいる男は驚きの表情を消してどちらも鋭い視線を向けてくる。そのままセンター長へ目線をやる「話が違う」と言いたげな様子で。
「きっ君!来る前には電話を入れるよういっておいただろう!それに約束は夕方の4時だったはずだが?」
公一はこの人はいつも怒っているなと思いながら、人の悪い笑みを浮かべセンター長に訊き返す。
「それは失礼しました。お急ぎのようでしたので、ご要望の資料をお持ちしたのですが、出直しましょうか?」
公一はそういい回れ右をして部屋を出ようとした。
「待ってください。あなたとは丁度話がしたかった。座って下さい。かまいせんね。野呂センター長?」
スーツ姿の男が立ち上がり、公一に着席を促す。センター長は無言でクビを縦に振る。
公一がソファーに近づくと、もう一人も立ち上がり馴れた手つきで名刺を差し出してきた。
「私は・・「ああ、存じ上げてますよ、厚生省の関次官に防衛省の風間二佐。はじめまして河野です。」
挨拶をさえぎり、一方的に公一は話を切り出す。
-事前に確認していた通りの風貌だな。背が高く細いのが関、背が低いが骨太の筋肉質なのが風間-
関は探るように聞いてくる
「失礼だが、どこかでお会いしましたか?」
「いえいえ、初対面ですよ。ただ私が一方的に知っている。そう知っているというだけの話です。色々ととね」
含みのある笑みを浮かべ、公一は勝手にソファーに座った。
「さあ、前置きはもういいでしょう。はじめましょうか?」
不遜な態度を示す公一をセンター長は慌てたように怒鳴りつけた。
「河野君!君、無礼だろう!立場を考えたまえ!」
「立場ねぇ・・・その立場を考えるのはあなた達なのでは?」
はっと息を飲む3人を横目で見ながら、持参した鞄中から分厚いファイルを取り出し、無造作にテーブルに投げ出しながら公一は続けた。
「さぁて、商談といいきましょうか。お望みの研究データとあなた方とお仲間の立場。いくらの値をつけてくれるんです?」




