第124話 残火
「──よかった、生きてた」
しかし、そんな倒れそうになったミナを抱き抱える人が現れた。
リエサだった。彼女はグリンスタッドから全力でこの場に、五分かからず駆け付けたのである。
彼女はミナを抱えたまま近くの安全な高所に飛び上がり、そこに寝かせた。
少ししてアルゼスも運んできてから、リエサは二人の容態を見る。
アルゼスは気絶しているだけだ。簡単な止血をすれば命に別状はない。
問題はミナの方だ。
「ミナ⋯⋯」
『酷い状態だ。魔力が空じゃないか。月宮、僕に代わってくれ。彼女に魔力を渡す』
「え? そんなことできるの?」
『ああ』
アルターはミナの手を握り、魔力の流れを操作する。感覚を共有しているリエサにも、魔力供給の感覚が伝わってきた。
繊細かつ丁寧な魔力操作だ。乱れがなく、安定している。自分自身の体内で完結する魔力操作とは違っていた。
しばらくの間それが続き、そして終える。
その瞬間、意識はリエサに戻された。微かな疲労感があったが、すぐに気にならなくなった。
「⋯⋯で、どうしよう。この魔獣の軍勢」
サイト中に溢れている魔獣たちは、数えるのも億劫だ。一網打尽にしようにも、魔力が足りない。かといって放置しておくわけにもいかない。
『⋯⋯ん? 誰か来るぞ』
魔力反応を感じた次の瞬間、リエサの目の前に二人の人間が現れた。
その顔には見覚えがある。たしか、
「西園寺リン、ヨセフ・エインズワース⋯⋯さん?」
「そうよ。あなたはたしか、月宮リエサね」
リンとヨセフは周辺住民の避難と護衛にあたっていた。
しかし、ギーレの魔力のロスト、そして代わりとでも言うように増えた数え切れないほどの数の魔力反応を確認し、こちらに様子を見に来た。
「事情はわかる?」
「いや、ほとんど何も。私もさっき来たばかりだから」
「そう。⋯⋯とりあえず、そこの怪我人担げる? 近くにGMCの臨時救護所があるの。そこなら安全よ。ヨセフはそこの男の人を担いで、先導して」
「リンは一人で大丈夫なんですか? 結構な数居ますけど」
「大丈夫、大丈夫。これくらいどうってことないから」
リンと、リエサ、ヨセフは別れた。
そして、財団の施設内を見渡す。百は軽く超えていそうな魔獣の群れ。最低でも三級以上ばかり。幸運なのは一級相当の魔獣がいない事だが、だからといって楽なわけじゃない。
リンは魔獣の群れに飛び込んだ。そして軽く、手を振る。それだけで周囲の魔獣が両断された。
「次」
斬撃を何度も何度も放つ。魔力には余裕がある。これくらいなら、殲滅できる。
体力は持つ。守るべき人間はもう避難済みだ。為すべきことは残党処理であり、自分の命さえ守っていればいい。
魔獣を掃討していく。
「⋯⋯ん?」
魔獣が少なくなっている。
いや、殺しているから数が減るのは当たり前だが、想定より少ない。
「魔力反応⋯⋯なくなってる。探知範囲外に逃げた?」
主を失った契約魔獣が逃げることは何も珍しい話ではない。ましてや自分たちを殺している魔術師がいる状況下なら、獣は逃げてもおかしくない。
だが、それにしては違和感がある。魔術師としての経験則が、非自然的な動きだと言っている。
「⋯⋯種類も何もかもが別々の魔獣たちが、統率が取れたように撤退している⋯⋯」
何か、居る。しかしその何かは分からない。少なくとも魔力では判断できない。
「ギーレは魔族も召喚していた? それが魔獣たちの統率を取った⋯⋯ありえない話じゃないけれど⋯⋯不気味ね」
足取りが掴めないのなら下手に深追いするわけにはいかない。あとで報告しておこう、とリンは思った。
そして残りの魔獣たちを掃討していった。
◆◆◆
財団とGMCが協力し、被害の隠蔽を行ったことで、魔獣、魔族の存在は勿論、テロが起きたことすら人々の記憶には残らなかった。これには一般人への被害がほぼなかったことが大きいだろう。
だが、全てが幸運に終わったわけではない。
財団職員、GMCの魔術師両方に多数の死傷者が出た。
精神的な被害による退職も併せれば、失った人員数は到底許容できたものではない。
そして、これから予期されるのは魔獣、魔族の出現の増加だろう。
これを見越して、GMCは財団に協力関係の延長を申し出て、財団側はこれを了承。魔術と科学技術の研究のため、新たに両陣営共同の研究グループを設立するなど、両陣営の関係は良好になっていった。
三ヶ所同時襲撃テロから一週間後。
それは唐突に、メディエイトへ伝えられた。
「⋯⋯は?」
──魔術師の殺害容疑で、星華ミナの身柄の引き渡しを直ちに要求する。
その通告を受けたアレンは、直後、財団及びGMCへの抗議を申し立てた。
そして現在。アレンはRDC財団に呼び出され、エントランスホールまで来ていた。
彼を出迎えたのは、この前とは違い一般的な男の職員だった。が、ただの事務員、エージェントというわけでもなさそうであった。首元に掛けているセキュリティカードには『Security Clearance 4』と記されていた。
二人は軽く挨拶を交わした。少なくとも、敵対者として迎えられているわけではないらしい。
職員の男はアレンにあとに着いてくるように言って、先行する。
どこに行くのかも分からない妙なルート取りには既視感がある。呼吸を整えつつ、緊張をできるだけ隠すようにしていたが意味はないだろう。
やがて、職員は何の変哲もない扉の前で止まる。彼は扉に手を掛け、開き、アレンに部屋に入るよう促す。
アレンが入室した場所は以前とは違う。旧い人間が好みそうな書斎だった。
客間も兼ねているらしく、長机と、それを挟んで向かうようにソファがあった。既に片側には中年の男と、黒い仮面をつけた男が座っていた。
アレンを連れてきた職員は扉の側に立ったままだ。
「まあそう緊張せず。どうぞお掛けになってください」
中年の男はそう言った。アレンは言葉に従い、向かい側のソファに座った。
「あなたとは以前も会いましたね。アレン・T・エドワーズ機関長」
「あなたは⋯⋯D-3と呼んでも構わないでしょうか?」
「ええ。それで構いません。本名は出せないのでね」
アレンはもう一人の仮面をつけた男の方にも目をやる。彼も見覚えはあるが、よく知らない人物だ。
「⋯⋯私はGMCのウィルムだ」
「⋯⋯ウィルムさんですね」
名字を名乗らないことが気になるが、デリケートな話題を初っ端から振るほどデリカシーがないわけではない。
無難に言葉を返し、アレンは早速本題に入る。
「⋯⋯星華ミナ。彼女の身柄について。私は引き渡すつもりはありませんし、渡すこともできません」
「⋯⋯ふむ。それはどうしてかね?」
D-3の返答は思っていたより平和的な言葉だった。それはこの場に何の処理も受けずに座っている時点で分かっていたことだが、言葉で示された事実にほんの少し安堵する。
「彼女は何の理由もなく人を殺す子じゃありません。責任者として、大人として、私は彼女を守る立場を崩すわけにはいかない。渡すことができない理由としては、私たちも彼女の行方を知らないから、です」
「嘘⋯⋯ではないようだね。検討もつかないのかね?」
「ええ。三日前から連絡が取れません。私たちも彼女を捜していますが、全く」
「ふむ。⋯⋯わかった。⋯⋯だ、そうだ。ウィルム君?」
ウィルムは先程から言葉一つ発さず、アレンの主張を腕を組んだまま聞いていた。
「⋯⋯GMCとしては、星華ミナの身柄の確保は決定事項だ。拘束次第、処分が決められるだろう。⋯⋯が」
ウィルムは組んでいた腕を解く。
「これからは私個人として話させてもらう」
ウィルムは机の上に何枚かの書類を置いた。
「これはとある案件を調べさせた調査の報告書だ。魔術界御三家の一つ、『マナ家』における内輪事情とGMC上層部との繋がりについて。そして、星華ミナの身柄を確保する目的をまとめてある」
「『マナ家』? 星華を確保する⋯⋯目的? それは⋯⋯」
「エドワーズ機関長、先に言っておくね。君を呼び出したのは僕の指示であり、財団という組織じゃない。この会合は組織同士ではなく、僕たち個人同士のものだ。そして、ここは魔術的にも、物理的にも傍聴を阻害している。ここでの発言全ては外に出ないよ」
「⋯⋯なるほど。そういうことですか」
「もし君が最初から星華ミナ君の身柄を引き渡すと言っていたら、君には記憶処理を行って返していたさ」
アレンの緊張がようやく解ける。同時に、面倒事に巻き込まれたことを理解し、少し胃が痛んだ。
「⋯⋯いいか?」
ウィルムの言葉にアレンは頷くと、彼は現状をアレンに話した。
まず、GMC上層部は魔術界御三家『マナ家』と繋がっていること。そのため、GMC全体として、星華ミナを擁護することはできない。
この決定に、主に先の魔族連合との戦いに参加した魔術師やGMC関係者は不満を持っており、捜索に積極的ではないこと。しかし表立って反抗することはできないこと。
そしてこれが一番重要な事柄であるが、星華ミナは『マナ家』の相伝魔力を有しており、その身が狙われていること。
「⋯⋯星華が『マナ家』の人間、ってことですか?」
「ああ。星華ミナは先の戦いで魔力の残滓を現場に残していた。その結果、彼女が『マナ家』の相伝魔力『変質』を持っていることがバレたってわけだ」
現在、『マナ家』は相伝の魔力を持つ子供が居ない状態である。そのため、『マナ家』はミナの身柄を確保したい、ということだ。
「⋯⋯魔術師の殺害事件は? それは本当なんですか? 関係あったりしますか?」
「魔詛使いが真犯人だ。星華ミナはその濡れ衣を着せられた。正確に言えば、共謀犯に仕立て上げられている。現在、星華ミナはその魔詛使いに誘拐されている。表向きは一緒に逃亡している状態だ」
全体像が見えてきた。
要は、『マナ家』による大掛かりな人攫いだ。
ミナは魔族連合を退けた功労者の一人。ましてや財団側の人間。そんな人間を無理矢理娶ったり、攫おうものなら、いくら御三家でも反感は揉み消せない。下手をすれば、折角良くなってきた財団とGMCの仲を悪化させる危険性もある。GMCすら敵に回しかねないだろう。
だからその大義名分を得るために、魔詛使いを雇いミナを殺人犯に仕立て上げ、表向きは死刑にでもしてその身を手に入れることが目的だろう。
「『マナ家』に『変質』の固有魔力を持つ人間は居ない。相伝の固有魔力は血を受け継いでいれば発現する可能性はあるが、最も発現する確率が高いのは、その固有魔力を持っている人間の子だ」
『マナ家』は現当主の三世代前から『変質』を持つ子は生まれていない。相伝魔力が誰も発現しない事自体は珍しいわけではないのだが、三世代ともなると過去に例がない事態だ。
それもあり、『マナ家』は御三家としての威厳、面子が崩れつつあるし、家としての価値がなくなる可能性がある。
だから、こんな犯罪じみた、繋がりを活用した騒動を起こしてまでミナを確保しようとしているのだろう。
「⋯⋯星華ミナは『マナ家』の血筋だが家外の人間だ。その体以外に価値はないと判断されているのだろう。でもなければ犯罪者に仕立て上げるわけがない」
「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯それなら尚更、メディエイトは星華の身柄をGMCには渡せませんね」
「無論。私もそうだ。彼女は大魔族ギーレを討伐した功労者。何より年端もいかない子供だ。そんな少女の人生を守らずして何が大人だ。何が人類を守る魔術師だ」
ウィルムの声には明らかに怒りが含まれていた。
「是非とも私が直接、上のクソ野郎共を殺してやりたいところだが──失礼。⋯⋯私にも立場がある。表立って反抗することはできない。だから、メディエイトに依頼したいのだ」
ウィルムは少しだけ落ち着きを取り戻した。
「⋯⋯星華ミナを捜し出し、彼女を守ってくれ。そして、『マナ家』がこの事件に関与している証拠を見つけ出して欲しい。我々もできる範囲で協力しよう」
「勿論引き受けます。協力、感謝します」
「⋯⋯さて、話は纏まったね。我々財団は中立の立場を取る方針だ。捜査こそするが、GMCと『マナ家』の妨害が入り、証拠は手に入れられないだろう。⋯⋯が、逆に言えば、それだけ相手のリソースを割かせることができる」
「わかりました。メディエイトは水面下で動けばいい、ってことですね?」
「そうだ。君たちメディエイトは、目立たず捜査に徹してほしい」
「また何か分かり次第、こちらから連絡する。⋯⋯ああ、そうだ。相手は魔詛使いだ。捜査には魔術師がいた方がいいだろう。私の部下に優秀な魔術師がいる。彼らを君のところに送る。以降は君の指示で動くように伝えておく」
「⋯⋯大丈夫なんですか、それ?」
表立って協力できないと言っていたはずだが、魔術師をメディエイトに派遣してもよいのだろうか、とアレンは疑問に思った。
「ああ。問題ない。建前上は学園都市の警備要員として送るからな。怪しまれることはないだろう。それと私の友人も学園都市にいる。いざという時は彼女にも頼るといい。連絡先は⋯⋯」
ウィルムはアレンに電話番号のメモを渡した。
「彼女の名前はホタル。彼女はフリーランスの魔術師だから、私よりは自由に動けるはずだ。ある程度事情は話しておくよ」
「何から何まで⋯⋯ありがとうございます。ウィルムさん」
それから方針や細かい動向の調整を行ってから、秘密裏の会合は終えた。
アレンは、来たときよりも格段に晴れた気分で財団をあとにした。




