1.ニュルンベルクの卵
十六世紀のドイツ、ニュルンベルク。
八十歳の誕生日を迎えた老人は頭を悩ませていた。
暖かいブラックコーヒーを片手に、八十年の人生を振り返っていた。
色々な事があった。楽しい事、辛い事。語るに語り切れない人生だった。
しかし老人は、人生に後悔も感じていた。
長い人生を歩み続けてきた。ただただ長生きした。
人生はいつまでも続くものだと思っていた。
死ぬのは遠い未来の事だと思っていた。
だが、死という存在が、今や鎌首をもたげて、老人を待っていた。
老人は死ぬのが恐ろしかった。何故人は老いるのか、その理不尽と不条理に頭を悩ませていた。
若く健康な体が続けばよいではないか。知識を蓄え、成長すればよいではないか。
どうして、老いと死という終わりが、追いかけてくるのか。
老人は、嘆いていた。
もっと好きな事をすればよかった。若さを楽しめば良かった。私のしたいようにすればよかった。
いつでも、私がしたかった時に、私のしたいようにすればよかった。
あぁ、やりたい事があるのに、私には何も残されていない。成長する時間も、したい事をするための健康な体も。
せめて、常に時間を知る事ができれば、私は後悔しなかった。
いつでも、時間を知る事ができれば、人生を無駄にせずに済んだのに。
あの時、あの日、やればよかった。
六十歳のあの日、やればよかった。今思えば、八十歳になるまで二十年もあったではないか。
四十歳のあの日、やればよかった。まだまだ若かったのに。
二十歳のあの日、やればよかった。やりたい事をやりたいように、何でもできた。
そうやって、八十歳の誕生日を一人孤独に迎えていた老人だが、人生について自答していたその時、煌めくような天啓を得た。
待てよ、私が仮に百歳まで生きれば、まだ二十年もあるではないか。
二十年もあれば、どんな世界でも一流になれるではないか。
死ぬまでにできることは、いくらでもあるではないか。
思い立てば吉日とはこのこと。老人はやりたいことをやり始める決意をした。
老人は、常に時間が知りたかった。『時間を知る』、それが老人のやりたいことだった。
どれぐらいの時間を消費し、残されているのかが知りたかった。
時間を知るには、時計台を見なければいけなかった。
十六世紀、常に時間を身に着けることは出来なかった。
老人の体は、もはや老いてしまい、外に出ることでさえ苦痛だった。
だから老人は、持ち歩ける時計を作ろうと思った。
彼はその長い人生で、たくさんの友人を持っていた。
その友人たちに相談をして、持ち歩ける時計を作るプロジェクトを立ち上げた。
プロジェクトの人員は集まり、また老人はお金持ちでもあったので、開発は順調に進んでいった。
しかしそのプロジェクトが完成する前に、その老人は八十五歳でこの世から去ってしまった。
老人は寄る年波には勝てなかった。
残されたプロジェクトチームは、老人が亡くなった三年後、ついにその持ち歩ける時計を完成させた。機械の部品の一部には、老人の骨を使った。いつでも時間が知りたかった老人に、知ってほしかったからだ。ゼンマイを使い、カラクリ機構を卵の様な形の箱に収める事で、持ち歩ける時計を完成させた。
新しく開発された時計は、商人により様々な人々に売られる事になった。持ち運べる時計というのは正に革命的で、多くの人々の人生に影響を与えた。
金持ちの間では、子供が産まれた時、この時計を贈る事が流行りとなった。
子供達へ、時間の大切さを教える戒めとして、贈られる風習が出来上がった。
子供達の成長と共に時間を刻む時計として、その時計は愛された。
大人になった子供たちは、常に時計を見ては、限られた時間を大事に使おうと自戒していた。
だからその時計は、多くの人々から尊敬を込めてこう呼ばれるようになった。未知の可能性を秘めた卵になぞらえて。
『ニュルンベルグの卵』と。
次話はボツ考察です。
何故ボツにしたのか、読む前に考えるのも面白いかもしれません。




