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Absolute Zero 4th  作者: DoubleS
第九章
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明かされた秘密 7

 古町水葉は大きな封筒から紙の束を取り出すと、一枚目を机の上に置いた。霧矢と雨野は紙を覗き込んだ。タイトルには『中里時雨に関する報告書』とある。

「…読んでもらえばわかると思うけれど、結論から言ってしまえば、中里時雨は今までの人生で相当な苦労を強いられてきたようね。まあ、一枚目は普通のプロフィールだけれど」

 ――中里時雨、十六歳、十月二十四日生、東京都出身

 ――現住所、XX県魚沢市北魚沢新田XX‐XXX魚野ハイツ二〇二

「…まあここまでは普通の情報ね」

 雨野がつぶやくと、霧矢は次の行に目を通した。

 ――旧姓、平岡。十年ほど前より母の姓、中里を名乗っている。

「両親が離婚でもしたのか?」

 ――原因は父親、平岡健介の死亡。死因は精神障害、とりわけ錯乱による高所からの転落死とされる。しかし、錯乱の過程において、会社の同僚三名を刃物で切り付け、うち一人を殺害している。

 霧矢は奥歯を噛んだ。今度は雨野が読み上げる。

 ――死亡した同僚は田中義文といい、また、警察の捜査は被疑者死亡のまま打ち切りとなった。妻の平岡時恵、娘の平岡時雨は週刊誌を中心とする記者や嫌がらせの手紙などに耐えきれず、旧姓に戻した上でこの十年間、関東、北陸を中心に各地を転々としていた。転居先の詳細は別紙の通り。

 別紙を参照すると、時雨が今まで転々としてきた住所やそこに住んでいた期間が詳細に記述されていた。霧矢は軽く深呼吸すると、自分でお茶を入れ、熱く苦い液体を口に含む。内容は何もしないで読むには少し重すぎた。

「続きをお願いします」

 雨野に先を読むように促すと、霧矢は口に含んだ液体を飲み下した。雨野が再び口を開く。

 ――殺人者の家族ということもあり、転居先での評判は悪く、短期間での転居を余儀なくされていた模様。そのストレスが原因となり、中学二年の時に、中里時雨は気分障害、統合失調症を発症。精神科に通院するとともに、不登校になっていた。一年ほどの通院の後、改善の兆しがみられたが、転居により治療は中断され現在に至る。

「……やっぱり、そうだったのか……」

「…苦労したわよ。すごくまともな医者で守秘義務をきちんと守るから、なかなか情報が入らなかったわ」

 ため息をついた水葉に霧矢は頭を下げる。もう一口お茶を飲むと、今度は霧矢が報告書を読み上げる。

 ――時雨が県立浦沼高等学校に進学した昨年の八月に、母親である中里時恵は体調不良を訴え、魚沢市民病院を受診、精密検査の結果、胃がんのステージⅣと診断された。余命半年と宣告され、終末期医療に適している永山市の小林記念病院に転院した。

「娘を養いながら、人目を忍んで各地を転々としてきた無理がたたったのでしょうね」

「……八月で余命半年ってことは……」

「そろそろ、亡くなってもおかしくないわ。まあ、まだ生きてはいるけれど」

 指を折って数えている霧矢に、水葉は重々しい口調で告げた。雨野は黙ったまま、読むたびどんどん中身の減っていく霧矢の湯飲みにお茶を注いだ。

 急須が湯飲みから離れると、霧矢はすぐに口をつける。熱さを気にすることもなく、霧矢は水葉の話を一言一句聞き漏らすまいと意識を集中させていた。

「そこに書いてあるけど、今は悪液質の典型的な症状が出ているらしいわ」

「悪液質……末期がんの典型的な症状か……」

 かつて霧矢の祖父が肺がんで亡くなる直前、衰弱しきった彼を見て淳史や理津子がそんな言葉を口にしていたのを思い出していた。

「悪液質…って何?」

 医学に関しては素人の雨野が霧矢に質問する。

「…簡単に言うと、栄養不足になって、衰弱してくる状態のことです」

「いずれにしても、もう彼女のお母さんは、もう長くないのね?」

 雨野の問いに水葉は重々しくうなずいた。雨野は気の毒そうな表情でため息をついた。

「…身寄りがなくなるってのも大変ね」

 霧矢も雨野の言葉にうなずいた。誰も頼る人間もいない状態でこれから生きていけと言われたらどうしていけばよいのだろうか。

「…まあ、でも経済的な問題はそれほどまずくはないみたいよ。むしろ大事なのは、精神的支柱がないってことだから」

 水葉の言葉に、霧矢も雨野もまばたきをした。水葉は紙を何枚かめくると霧矢に見せた。

 ――平岡健介の死後、中里時恵と中里時雨は相続放棄したため、損害賠償を免れている。また、事件の一月ほど後に死亡した中里時恵の母親の遺産及び生命保険金により、一家の生計は成り立っていた。

「現在のところ、どれくらい残っているのか、正確な金額まではわからなかったけど、もらえた保険金は結構な額だったみたいよ。引越しで結構散財したみたいだけど、それでも、中里時雨が高校を卒業するまでは、浪費しなければ普通に持つと思われるわ」

「…意外と金持ちだったんだな。中里家は」

「それが、槍玉に挙がったみたいなのよ。パパラッチのね」

 霧矢がよくわからないという顔をしていると、雨野が代わって答えた。

「…被害者に賠償もしないで相続放棄して、自分たちだけそこそこ裕福に暮らしているってのが、世間的には気に入らなかったのよ。きっと」

 水葉はその通りと答えると、再び紙を何枚かめくる。別紙を取り出すと、霧矢たちに見せた。

「当時の週刊誌とか、送られた嫌がらせの手紙のコピー」

 霧矢と雨野は顔をしかめずにはいられなかった。週刊誌は吊るし上げレベルの書き方で彼らを一方的にこき下ろし、送られた嫌がらせの手紙は当事者でない自分たちでさえ気分が悪くなるような文面だった。

 苦々しい表情で霧矢はお茶をすする。

「……しかし、何なんだろうな。この連中は」

「…まあ、自分たちが正義の味方みたいに思ってるのよ。加害者の家族への嫌がらせは正義の実現の手段の一つなのだから」

「やれやれ、『正義』ねえ……そんな主観的なものを持ち出してほしくないものだ」

「主観的ではあるけれど、必要なものよ。少なくとも、私としては行動の指針もないような人間は問題だと思うわね」

 霧矢も雨野と同意見だった。しかし、当事者ならともかく、事件とは何ら関係のな人間が、自分の正義をもとに介入してきても良いものなのだろうか。

「……嫌がらせをする資格があるのは、被害者やその関係者くらいだ。第三者は己の分際くらいわきまえるべきだろうに」

 霧矢の独り言に、水葉は表情を曇らせた。

「…それを言っちゃうと、彼女に対する学校での嫌がらせを非難することはできなくなっちゃいますからね……」

 霧矢も雨野も疑問の表情を浮かべる。二人とも、水葉の言葉の意味をつかむことがまったくできなかった。探偵の助手は何が言いたいのだろう。

「まあ、それは最後に話すわ。話を戻すわね。彼女のメンタルのこと」

 水葉は再び紙をめくると、時雨の精神病についての資料を開いた。

「…別に、ストレスから気分障害や統合失調症になるのはおかしなことではないけれど、彼女は、自分が精神疾患だってことがかなりコンプレックスになっていたみたいなの」

「…その理由は?」

 雨野が水葉に先を促そうとしたが、彼女が答える前に、霧矢がソファーから立ち上がった。

「三条?」

 怪訝な表情をした雨野に、霧矢はバツの悪そうな表情で口を開いた。

「すみません、トイレを借ります。お茶を飲みすぎました」

 一リットルもあったポットの中のお湯はすでになくなりかけていた。

「………ごゆっくり」

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