友達、秘密、信頼 10
「……それでさ、最近の龍太は何かおかしいんだよ。私にもあんまり構ってくれなくなってきたし、一人でぶつぶつ言ってることも多いしさ」
「霧矢だって、そんなもんだよ。たまに上の空で何か考え事をしてることがあるし」
みかんの皮をむきながら、セイスと風華は三条家の居間で適当に雑談していた。初めは霧矢の部屋から勝手に持ち出したパーティーゲームで遊んでいたのだが、それにも飽きてしまい、結局、こたつに入りながらの雑談タイムになってしまっていた。
二人とも大食いのため、こたつの上はみかんの皮やお菓子の空袋で埋め尽くされていて、二人の手はみかんのせいで黄色く染まっていた。
「それにしても、龍太ってそんなに中里って人が気になるのかな。家じゃあ、口を開けば中里がどうだとか、そんなことしか出てこないし。霧矢はどう?」
「霧矢は学校のことをあんまり話すことはないな。最近は特に話さなくなってるし」
残念そうな口調で風華がつぶやくと、セイスはみかんを口の中に放り込んだ。
「霧矢って、普段、家じゃ何してるの?」
「一人で部屋にこもって晴代から借りた本を読んでるか、ごくまれに私たちとゲームで遊んだりする。でも、最近はテスト勉強とか言ってほとんど机に向かってる」
「霧矢は真面目だなあ…龍太の時間の過ごし方なんて、ゲームしてるか、漫画を読んでるか、寝てるか、ネットをうろうろしてるかのどれかだし、私からしてみたら、運動不足になるんじゃないかと思うくらい」
「多少龍太が家でだらだらしてたとしても、無愛想で無気力な霧矢よりはずっとましだと思うけど。私からしてみたら、龍太の方が霧矢よりも人間としては生き生きしてると思う」
みかんを口に運びながら、風華は霧矢と西村を思い浮かべる。風華としては、後ろ向きな人間よりも、やはり、行動的な人間の方に好感が持てる。
「それでも、結局のところ、私が一番好感を持てるのは、やっぱり、霧矢でも龍太でもなく、光里なんだけどね」
「まあ、あんなすごい契約主を持てたのは、幸運なことだよね。光里は強くてかっこいいし、霧矢や龍太とは比べ物にならないのも確かかもしれない」
二人がみかんを口に含みながら笑うと、時計が鳴った。
「…それにしても、私、龍太から何の指示も受けてないんだけど、何時の電車で帰ればいいんだろう。好きにしろってことなのかな?」
「…身近にずぼらな人がいるのは一緒だね。苦労するよね。ああいうのがいると」
二人とも、お互いに同情するかのようにため息をついた。
*
薄暗い雪道を無言のまま、霧矢は歩いていた。その後ろを西村と文香が続く。
「なあ、三条。何でさっきから何もしゃべらないんだよ。今日のお前はおかしいぞ」
「……別に。何もない」
後ろからの声に対して、何も答えることなく、霧矢は下を向きながら歩き続ける。そんな様子の霧矢を見て、西村は不機嫌にならざるを得なかった。
「おい、お前…さっきから明らかに挙動不審だ。暗い顔してうつむいて、何もしゃべらない。何があったんだ、話せよ」
霧矢は数秒の間、その場に立ち止まると、顔を上げ西村の方を向いた。
これは、話してしまってもよいのだろうか。あれに関しては、理津子は何も関与していないので、復調園調剤薬局のスタッフである霧矢に業務上の守秘義務はない。しかし、個人のプライバシーにかかわることであり、時雨も霧矢たちに自分から話そうとしなかったことだ。
「…中里は……」
病人を気遣うような顔をしながら、西村と文香は霧矢の顔を覗き込んだ。
「中里がどうかしたのか?」
仮に、他の医院・薬局で処方された薬であったとしても、それを本人の事情を無視して、偶然事情を知ってしまっただけに過ぎない霧矢が他人に話してしまってもいいことなのだろうか。
確かに、西村龍太と木村文香は、この問題において信頼できる人物であることは間違いない。しかし、ここ数週間に及んだ付き合いの中で、時雨はこのことを自分から語ろうとはしなかった。つまり、他人には知られたくないことであった可能性が高い。
そんなことを他人に話す権利を三条霧矢は持っているのだろうか。
「三条、中里のことなら話せよ。みんなで知っていた方がいいだろ」
家が薬局ということで多少薬に通じているがゆえに、知ってしまった彼女の秘密を。
大抵の人間ならば、錠剤のフィルムに刻まれたその薬の名前を見ても、それが何の効果を持ち、どのように人体に作用するのかは、説明書がない限り普通はわからない。
でも、霧矢は薬に素人よりも多少通じているため、中里時雨の状態を理解してしまった。
しかし、中里時雨はそれを他人に知られることを望んでいないかもしれない。
「…三条、話すか話さないか、迷っているな?」
文香が霧矢の内心を見透かしたかのように言った。その言葉を聞くと、西村は呆れたようにため息をつき、霧矢の前に歩み寄って優しい表情で肩を叩いた。
「考え込むのは良くも悪くもお前の癖だけど、俺たちを信用してくれたっていいだろ?」
「…信用はしている。ただ、これは中里がずっと僕たちに話さなかったことだ。本人にとっては知られたくないことなのかもしれない」
霧矢はそう言うと、西村から目を逸らした。視界には薄暗い夜道をぼんやりと照らす街灯があるだけだった。
「三条、貴様、晴代に情報を聞くときに『下手に隠すと後々面倒なことになるぞ』と言ったそうだな。その言葉、今の自分に当てはめてみたらどうだ?」
少しきつめの文香の言葉に霧矢は振り向く。二人の目には、信じろという希望と、どうして信じないのかという不満があるように見えた。
かつて晴代に言った言葉を、今の自分に当てはめてみるまでもない。雨野にも、西村とはきちんと連携を取れと言われていた。西村がアクセル、霧矢がブレーキ。この役割分担はまだ生きている。そして、何よりも、霧矢にとって二人は信じられる存在である。
ならば、話す以外に何があるというのか。
「…中里は…」
霧矢は、深呼吸すると二人の顔を見る。二人とも、霧矢の顔が真剣なのを察し、身構えた。
「中里時雨は、精神疾患を抱えている可能性がある」
二人とも、深刻な表情で霧矢の言葉を受け止めた。
*
この部屋に、誰か他の人を入れたのって、引っ越して以来、初めてのことだと思う。どういう雰囲気なのか、よくわからなかったけど、でも、心が少し暖かい気がする。
私からしてみたら、少し無謀だったと思うけれど。彼らに「私」の知られたくない秘密を知られてしまうリスクが高い行為だった。私だったら、彼の勧め通りに、断っていたけれど。
私のことを友達と言ってくれたのに、その好意を無にするなんてできない。彼の勧め通り断ればよかったとは言うけれど、私は、あの人の好意が欲しかった。
彼は、どうも私から距離をとっている気がする。もう少し、親密に付き合ってくれてもいいのに、あの人のように。
それが彼の優しさだと「私」は気付いていないの?
「自分は他人の心を何から何まで知っているわけではない。だから、不用意に触れて傷つけないように、適切な距離をとっていよう」
これが、彼の考え方。私としては、とても好感の持てる付き合いのスタイルだと思うわ。
でも、それは、何か寂しいことでもあると思う。
多少傷つけあうことがあったとしても、近い関係でありたい。私はそう思っている。だから私は彼よりも、あの人の方が好き。積極的に人とふれあって、わかり合おうとするあの人が。
心を照らす太陽の光も、過ぎてしまえば、日焼けのもとになって、痛みをもたらす。それだったら、私はあの人の日光浴よりも、彼の月光浴の方が心を癒してくれると思うわね。
蒼白い光であっても、癒しには変わりないのだから。
結局、表の私はあの人が好きで、裏の「私」は彼が好きということになるのかな。




