重視すべきもの 1
帰りの雪道も、行きと同様にまるで人の気配はなかった。雪崩で道が通行止めになっているため、街から戻ってくる車もなく、また撤去作業が終了するまでの間、この集落から街に出られない以上、外出する人間もいなかった。
「さて、そろそろ、お出ましの頃かな?」
「……どこからでもかかって来いやあ! どんな敵でもこの龍太様が華麗に倒してやるぜェ!」
「調子に乗ってると潰されるよ。教団の戦闘員をなめてると特にね。霧矢や光里、霜華みたいに戦い慣れしている人ならともかく、龍太じゃあ厳しいかもよ」
セイスの指摘に西村は黙ってしまう。雨野に勝てないのは当然としても、今の西村は霧矢よりも弱いのは確かだった。
「もし龍太が死んだら、私も魔力切れで死ぬかもしれないんだから、それだけは勘弁してよね」
「…一蓮托生か。まあ、俺もこの年齢で死ぬ気はさらさらないけどな。俺は年金でこの国を食い潰すまで生き続けるからな!」
少し早歩きになって雪道を進み始める。確かに、セイスにとって西村龍太という人間は生きるために必要不可欠な存在でもある。
「万が一なんて考えない。私たちは勝てる。それでいいんじゃないかな」
「あったりまえだ! 俺たちに負けはない」
ふふっとセイスは笑うと、西村の一歩前に出た。その目線の先には銀髪の女性が立っていた。
「早速来たみたいだよ。でも、教団もどういう人選をして、この結論になったのかな」
西村は銀髪の女性を見る。年は二十代前半といったところだろうか。そして、生身の人間であるという証、魔力の放出がない。
「ねえ、マリー」
セイスがそう言うと、銀髪の女性は近寄ってくる。西村には、くせのあるセイスのふわふわの金髪とくせのないマリーのサラサラの銀髪が何とも対照的に見えた。
「久しぶり、セイス。芹島が死んで一か月くらい経つけど、気にすることもなく、そこの少年と再契約したってわけ?」
「そうだね。ここにいる西村龍太が、今の私の契約主。属性も同じで私はかなり強くなった」
雪が舞う中、二人は対峙する。セイスはこの状況を楽しんでいるような感じの表情を浮かべていた。マリーもセイスに対して妙な視線を向けていた。
「ところで、私に今更何の用なのかな?」
「白々しい。さっさと戻ってこいと言いに来たのよ。そこの彼と一緒にね」
「そのためだけに、雪崩で道を寸断させて、こんな山奥まで来たのかあ……ご苦労様」
セイスは挑発的な口調を向ける。マリーもこうなることはわかっていたとばかりに余裕を崩していない。
「さて、もう少ししたら除雪も終わるでしょう。車を用意してあるから、行きましょうか」
妙な笑顔を浮かべながら、マリーはウィンクする。しかし、セイスは首を横に振った。
「残念だけど、私は教団に関わるのはやめることにするわ。そもそも、私は正式に教団にいたわけじゃないし、それに今の生活の方が過ごしやすいしね」
セイスの言葉にマリーはため息をつく。
「私に下りた任務は、あなたの説得だけど、それが達せられない場合は……」
マリーは言葉を切るが、セイスはその言葉を引き取った。
「力ずくでも、私を連れて来いと、そういうことでしょう」
「……正確に言えば、その契約主も一緒にね。さらにそれができない場合は、裏切り者は抹殺しなければいけないということになるんだけど、それはできれば避けたいわ。それよりも、初めまして、契約主さん」
にこやかな挨拶とともにマリーは西村を見る。西村はマリーに対して初めて口を開いた。
「セイスと知り合いのようですけど、随分と美人な方ですね。セイスとは大違いだ、俺的にストライクゾーンですよ。あなたみたいな人は」
プロポーションはかなり整っていて、かなりグラマラスな体型だった。セイスは西村の突然の発言に呆然としていたが、マリーはニコリと笑った。
「ありがとう、西村さん。初めまして、私はマリー・ハーシェルといいます。ですが、私にはすでに想い人がいるので、あしからず」
「……そいつは残念。世の中にはさぞかし運のいい野郎もいたものだ」
西村がしみじみとつぶやくと、セイスがトコトコと近寄ってくる。そのまま、西村の足を全力をもって思い切り踏みつけた。
「痛え! 何しやがる!」
「下らないことを言わないの! こいつは敵なんだから!」
セイスが西村を殴りつける様子を見て、マリーはため息をつく。セイスの振る舞いが信じられないとでも言いたそうだった。
「ねえ、セイス。自分の契約主に暴力をふるうなんて何を考えているの?」
「契約主すらいない魔族が何を言うのかな」
マリーは顔を歪めた。セイスは西村から離れるとマリーの方に向き直る。
「ハーフだから契約主がいらないってのはあるだろうけど、いた方がいいのは言うまでもない。それでも契約しないのは、ぜひとも契約したい相手がいるから、そうでしょ。だけどその相手は既に他の魔族と契約済み、しかも、あなたなど眼中にない。残念でした」
「恋愛さえしたこともない子供が何を言うのかしら」
今度はセイスが顔をしかめる番だった。痛いところを突かれむくれた表情になる。
「いつも大人になりたいなんて言いながら、食べ物で釣られる上に、色恋沙汰にはまったく興味はなし。同年代の他の女の子と比べれば、自分がどれほど思春期における身体的及び精神的発達が遅れているのか一目瞭然だと思うけれど。それでもわからないのならば、契約主さんに聞いてみればいいわ」
そういうと「ですよね、西村さん」とマリーは西村にウィンクする。西村は確かにそうだとうなずいた。セイスは一気に不機嫌になる。
「龍太! 龍太はいったいどっちの味方なの!」
「この人が救世の理と関係ないなら、彼女に味方する」
「……龍太は大きいのが好きだったのか。それも平均以上じゃなくて特大が」
セイスが呆れたようにつぶやくが、西村は悪びれることもなく答える。
「確か、昔三条にもそんなことを言われたな。三条は五段階評価で三から四にかけてが好きとか言ってたが、俺は四以上じゃないとどうもな…」
「じゃあ、西村さんは私に対してどんな評価を下すんですか?」
マリーの問いかけに対して西村は微笑むが、いきなりまるで頭痛持ちのごとく頭を押さえて唸り始めた。ポーズはほとんど彫刻の「考える人」である。
「…難しいな。四だと小さすぎるし、五だと過大評価な気がする。しかし、四では……」
「小数点ありでもいいですよ」
「では、四.七五とします。素晴らしい。俺としては文句なしです」
胸を張って西村は言い放つ。セイスは西村を殴ろうとするが、西村はヒョイとセイスの拳をかわした。霧矢や雨野の攻撃に目が慣れてしまった以上(それでも避けるのは至難の業だが認識はできる)先程のように不意打ちでもなければ、セイスの身体的な攻撃をかわす程度のことは造作もなくなっていた。
「どうもありがとう。では、そろそろ本題に入りましょうか」
マリーがこの話題を打ち切ろうとするが、セイスが待ったをかけた。
「じゃあ、龍太は私のサイズはどれくらいだと思ってるの? この際マリーにも答えてもらう」
西村に指を突きつけて回答を迫る。西村は一呼吸すら置かずに答えた。
「一だ。それですら過大評価とも思う」
「私も同意見だわ。もっとも、その年になっても成長段階に入っていない以上、この問いは無意味かもしれないけどね」
真顔で答えた二人にセイスはプルプルと震えだした。
「この、セクハラ野郎!」
異能を使って痛い目に合わせようとも思ったが、状況が状況なので、セイスは堪えた。ここで喧嘩をして共倒れになってしまっては、マリーに漁夫の利を与えるだけになってしまう。
「…後で、覚えておくんだね」
そう言って、セイスは再びマリーの方を向く。マリーは満足したように二人を見た。




