第五話 第一王女、怒る
第一王女カドミアは、めったに声を荒らげない。
怒鳴れば相手が驚き、話の内容より声の大きさを覚えてしまう。それよりも、何をしたのか一つずつ確認し、答えを紙へ書き留めたほうがよい。
そう考える王女であった。
したがってカドミアが怒ると、声ではなく質問が増える。こちらのほうが、相手にとっては困ることもある。
エボニーがプロックス公爵家へ戻った翌日、カドミアのもとへ三通の招待状が届いた。
一通目は、王都の慈善病院を支援する貴族たちの昼食会。
二通目は、港湾整備について意見を交わす集まり。
三通目は、若い貴族と政府の官僚を引き合わせる晩餐会である。
どれも不自然な催しではない。
カドミアは慈善病院の会計報告を読んだことがあり、港湾整備について意見書を出している。若い貴族の一人として晩餐会へ招かれても、王女なら珍しくはなかった。
ただし、三通すべてに第一王配ビステルの名があった。
「父上は、いつから慈善病院に関心を?」
カドミアは招待状を並べて尋ねた。
女官は答えられず、届いた手紙を入れてきた銀盆を抱え直す。
「昨年の寄付者名簿を持ってきてください。それから、港湾整備の集まりは誰が主催しているのかも」
「かしこまりました」
「晩餐会の招待客も分かる範囲で」
「すぐにお調べします」
女官が部屋を出ると、今度は侍従が入ってきた。
「プロックス公爵家のエボニー様がお見えです」
「お通しして」
エボニーは昨日と同じ革鞄を持っていたが、今日は本ではなく数通の手紙を取り出した。
「殿下のところにも届きましたか」
「三通」
「私には四通です」
机に並べてみると、二人が同じ催しへ招かれているものが三通あった。
「残りの一通は?」
「王都の若手官僚が集まる夕食会です。主催者から、殿下のお考えについても聞かせてほしいと」
「私の何について?」
「これからの王室と政府の関係について、だそうです」
「ずいぶん大きな話を頼まれたのね」
「私は、まだ王宮で何の役職にも就いていません」
エボニーは四通目をカドミアへ渡した。
招待状の文面は丁寧である。
エボニーの学識を褒め、プロックス公爵家の長年の功績へ触れ、若い世代の意見を聞きたいと書かれていた。そのあとに、第一王女と親しくしている貴殿だからこそ、という一文が加えられている。
カドミアは最後まで読み、招待状を机へ戻した。
「父上ね」
「おそらく」
「確認してきます」
「私も参ります」
「これは王家の話よ」
「私の名前も使われています」
もっともである。二人は並んで第一王配の居室へ向かった。
さて、ビステルの部屋は、王配三人の中で最も書類が多い。
窓際の机だけでは足りず、壁際にも細長い卓が置かれている。王宮から届いたもの、生家のターナー家から届いたもの、知人へ送るものが、それぞれ別の箱に入っていた。
その日もビステルは、書記に手紙を口述しているところだった。
「――今後の王国を支える若い方々とも、ぜひ意見を交わしたく」
「父上」
カドミアが呼ぶと、ビステルは書記を止めた。
「珍しいな。お前からこちらへ来るとは」
「これについて伺いにきました」
カドミアは三通の招待状を、父の前へ並べ、ビステルは一通ずつ目を通した。
「よい機会ではないか。病院への支援も、港湾整備も、お前が以前から関心を持っていたことだろう」
「三つの催しへ、私とエボニーを揃って招く理由は?」
「二人は結婚する予定なのだから、同じ場へ出てもおかしくはない」
「主催者へ、私たちを招くよう頼みましたか」
「話のついでに、名前を出したことはある」
「誰に?」
カドミアは女官から受け取った紙を机へ置いた。
「慈善病院の支援会代表、港湾協会の会長、晩餐会を主催するローデン伯爵。そのほかには?」
「一つずつ聞くつもりか」
「はい」
その声の中に怒りが宿っていると、ビステルもようやく気付いた。
「お前のためだ」
「私は女王になりたくないと言いました」
「分かっている。しかし、候補として検討される以上、周囲に能力を知ってもらう必要はあるだろう」
「母上は、支持を集めるようなことをしないでほしいと仰ったはずです」
「支持を集めているのではない。もともとの知人と話をし、お前を紹介しているだけだ」
「王女である私を、今さら誰に紹介するのです?」
ビステルの返事が少し遅れた。
「お前がどれほど優れているか、知らぬ者もいる」
「知らないままで結構です」
「カドミア」
「女王になりたいと私が頼んだのなら、父上が助けてくださるのも分かります。けれど私は頼んでいません」
部屋の隅で、書記が手元の紙を裏返した。途中まで書いた手紙を、これ以上目に入れないためである。
なお、耳までは閉じられない。
「エボニーも同じです」
カドミアが言うと、ビステルは初めて彼を見た。
「貴殿は、王配となることに不足があると思っているのか」
「不足の話ではございません」
エボニーは招待状を革鞄へ戻した。
「私はカドミア殿下との結婚を望んでおります。殿下が女王に選ばれれば、王配としてお支えします」
「ならば、何も問題はないだろう」
「選ばれる前から、王配になる者として私の名を使うことには問題があります」
「将来に備えて人と会うだけだ」
「では、私が誰と会い、何を話すかは、私自身にお尋ねください」
エボニーの口調は変わらなかったが、ビステルの書記が今度は筆を置いた。
「私は、殿下を女王にするための道具ではありません。殿下も同じです」
「誰も道具とは言っていない」
「言われていないので、先に確認に参りました」
ビステルは娘と、その隣に立つ青年を見比べた。
二人とも落ち着いている。声を荒らげず、必要なことを確かめ、相手の返事を待つ。
ビステルが次期女王と王配にふさわしいと考えた姿が、そこにあった。
困ったことに、それを作り出したのはビステル本人である。
「分かった。今後、二人の名を出す前に確認しよう」
「今出しているところには、訂正をお願いします」
「すでに決まった催しもある」
「出席するかどうかは、私たちで決めます」
「慈善病院の昼食会くらいは出てもよいだろう」
「父上」
「……分かった」
ビステルは書記へ目を向けた。
「先ほどの手紙は止めてくれ」
「かしこまりました」
書記は紙を二つに折り、別の箱へ入れた。
カドミアは招待状を回収し、父へ一礼した。
「失礼いたします」
エボニーも続いて部屋を出る。
廊下へ出たところで、カドミアは足を止めた。
「ごめんなさい。貴方まで巻き込んで」
「私は、最初から関係者です」
「父上は、しばらくおとなしくしていると思う?」
エボニーは閉じた扉を見た。
「今日送る予定だった手紙は止まるでしょう」
「今日の分はね」
「明日の分までは分かりません」
カドミアは小さく息をつき、歩き出した。
「招待状を全部調べます。誰が父上と親しいかも」
「お手伝いします」
二人はそのまま図書室へ向かった。
結局、することはいつもと同じである。本を開き、記録を調べ、分かったことを書き出す。
ただし今日から、調べる対象の中に第一王配が加わった。
娘を女王にしようと動き始めた父と、それを止めようとする娘。
第一の組は、早くも正反対の方向へ歩き始めていたのである。




