とりあえずエピローグ 女王になりました
翌朝十時、セルリアとシモンは家具職人を小宮へ迎えた。
青と若草色を合わせて十三枚あった布地は、前日のうちに三枚まで減っている。
「こちらの三枚で迷っております」
セルリアが見本を並べると、家具職人はしばらく見比べた。
「でしたら、青い糸と若草色の糸を合わせて織ったものがございます」
「そのようなものもあるのですか?」
「ございます。見本を取り寄せましょうか」
候補がまた一枚増えた。
だが、その数日後に届いた布は、光の当たり方によって青にも若草色にも見え、これは温室の葉にも、春に咲く白い苺の花にも合う。
「これにします」
セルリアとシモンの声が、初めて揃い、王室会議より長くかかった長椅子の布選びは、この時ようやく終わることになるのである。
*
十一時、セルリアは財務官から王室の支出について説明を受けた。
「こちらが、今年の王室行事に使う費用です」
「昨年より増えているのは、なぜですか?」
「王女殿下方の婚礼がございますので」
「三人分ですか?」
「はい」
「私たちの婚礼に、これほど必要でしょうか」
「殿下の分だけではございません」
「では、誰の婚礼に一番かかるのです?」
財務官は、項目ごとに分けた書類を出した。
セルリアはそれを読み、分からないところを尋ねた。昼を少し過ぎる頃には、今年の支出が増えた理由を一通り理解していた。
財務官は説明に使った書類をまとめ、翌週に話す予定だった王領からの収入についても、簡単な資料を置いていった。
「来週もあるのですか?」
「はい。毎週一度と伺っております」
「そうでしたね」
初日の説明は、それだけで終わった。
*
本当に、今までの暮らしとものすごく変わったわけではない。
翌週も、その次の週も、セルリアは財務官や司法卿から話を聞いた。母とともに閣議の報告を読み、分からない言葉があれば書き留め、担当の者を呼んだ。
ただ、一月ほどたった頃には、週に一度だった説明が二度になる。
「増えていませんか?」
その時セルリアが王室卿へ尋ねると、彼は予定表を確かめた。
「殿下が、外交についても知りたいと仰いましたので」
「確かに言いました」
「そのため、外務卿の説明を加えました」
「では、仕方ありませんね」
自分で尋ねた結果なので、断りにくい。
さらに一月後には、港の修繕について工事官を呼んだ。療養院の厨房を直す話も進み、セルリアは新しい図面を厨房責任者へ見せに行った。
確かに、王位を引き受ける前と、していることはあまり変わらない。
ただ、尋ねる相手と届く書類が、少しずつ増えていくこととなる。
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さて、次期女王が決まったことは、三人の父親にも伝えられた。
「セルリアが?」
エクリオは、ヴィオレッタから聞き返した。
「ええ。王室会議で正式に決まりました」
「本人は大丈夫なのか?」
「姉二人と閣僚が手伝うことで、納得したところです」
「それなら、何とかなるかもしれないな」
第三王配の反応は、それだけだった。
「父上も、何かお手伝いなさるのですか?」
あとでセルリアが尋ねると、エクリオは茶を飲みながら考えた。
「何をすればいい?」
「私にも分かりません」
「では、必要になったら呼びなさい」
やはり、何もしなかった。
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第一王配ビステルは、結果を聞いてしばらく書面を読んだ。
「カドミアではないのか」
「違います」
「財務と法律の知識なら、あの子が最も」
「父上」
カドミアが呼ぶと、ビステルは書面を置いた。
「分かっている。決定へ異議を申し立てるつもりはない」
「周囲へ説明に回るのも、おやめください」
「それも分かっている」
「本当に?」
「十七通も訂正を書いたのだぞ」
あのお仕置きは、彼には十分に効いていた。
ビステルは、娘を女王にするための働きかけをやめた。その代わり、カドミアが王女として財務や制度に関わる仕事を続けられるよう、本人の許可を得てから必要な資料を集めるようになった。
本人へ先に尋ねるという、ただそれだけのことを覚えるまでに、ずいぶん時間のかかった父親である。
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第二王配ヴェルディは、セルリアが選ばれたことに驚いたあと、コーラルを見た。
「では、お前たちは王宮の東棟へ」
「住みません」
「しかし、セルリアが女王になるなら、将来の王位は」
「私たちの子供の話はしていません」
「まだ何も言っていないぞ」
「言おうとしたでしょう」
婚礼準備から外されていた六週間は、あと十日残っていた。
「婚礼が終わるまで、八週間にします?」
「黙っていよう」
ヴェルディは賢明な選択をした。
六週間が終わると、コーラルは父へ、婚礼の菓子を選ぶ役目を一つだけ渡した。
候補は三種類、試食は一回、選ぶのは一つ。
ヴェルディは決められた範囲を守り、三種類を二度ずつ食べただけで、一つを選んだ。
「二度ずつ食べています」
コーラルに指摘されたが、それくらいは許された。
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それから一年の間に、三人の王女はそれぞれ婚礼を挙げた。
カドミアとエボニーの婚礼は、本人たちの希望どおり、余計な催しを増やさずに行われた。
式の翌日、二人は朝食を終えると、共同で使う書斎へ入った。昼まで出てこなかったため、使用人たちは仕事をしているのだと思った。
実際には、婚礼祝いとして贈られた本を二人で読んでいた。
仕事をしているときも、本を読んでいるときも、外から見ただけではあまり変わらない夫婦である。
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コーラルとグラファイトの婚礼は、王都中が見物へ集まるほど華やかなものになった。
二人は馬車から沿道へ手を振り、祝宴では予定にあった三曲を踊った。
四曲目を求められると、コーラルは一度グラファイトを見た。
「もう一曲だけ?」
「そのあと、料理を食べる時間が残るなら」
二人は四曲目まで踊った。
予定を管理していた係は困ったが、ヴェルディが選んだ菓子まで、きちんと食べる時間は残った。
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セルリアとシモンの婚礼も、次期女王のものとして盛大に行われた。
もっとも、二人が一番長く相談したのは、式の衣装でも招待客でもない。
「朝食は、婚礼の翌日から小宮でいただけますか?」
「料理人の手配は済んでおります」
「甘いパンと、卵と燻製肉を少しずつ?」
「そのように伺っております」
婚礼の前日まで、二人は翌朝の朝食について確認していた。
婚礼後、セルリアとシモンが予定どおり小宮へ移ると、共同の書斎には机が二つ並び、温室には青と若草色の糸で織った布を張った長椅子が置かれた。小卓には、私費で買った菓子皿もある。
エクリオは婚礼祝いとして、花模様のクッションを贈った。どうやら最後まで諦めていなかったらしい。
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二年目になると、セルリアが出席する閣議は増えた。
最初は母の隣に座り、報告を聞いているだけだった。そのうち、分からないところを尋ね、足りない資料を求めるようになった。
「南の港の倉庫は、現場の方にも図面を見せました?」
「港湾官が確認しております」
「使う商人たちは?」
「まだです」
「では、そちらにも聞いてください」
あるいは、別の日には、二つの町から同じ橋の修繕を求める書面が届いた。
「どちらが先ですか?」
「財務官は北の橋を、工事官は西の橋を先にすべきだと申しております」
「では、お二人を呼んでください。理由を聞きます」
セルリアは、自分だけで橋の順番を決めようとはしなかった。
その代わり、意見の違う者を同じ部屋へ呼び、互いの理由を説明させた。荷馬車の通る数、壊れている箇所、迂回路の長さを比べ、最後には北の橋から直すことになった。
「決められましたね」
会議が終わったあと、ヴィオレッタが言った。
「皆様の話を聞いたからです」
「女王の仕事は、たいていそういうものですよ」
「いつも、あの人数へ尋ねるのですか?」
「必要なら」
「時間がかかりますね」
「国のことですから、長椅子の布よりは時間をかけてもよいでしょう」
「布も時間をかけてよかったと思います。よいものが見つかりましたから」
セルリアは、王の仕事を好きになったわけではない。
それでも、分からないことを放っておくのは嫌だった。尋ねられたことへ答えられなければ、答えを知る者を探した。
周囲の者たちも、やがてそれに慣れた。
女王候補の前へ書類を持っていくときには、作った官だけでなく、実際にその制度を使う者の話も添えるようになった。工事の計画には、現場を見た者の記録がついた。
セルリアが質問するので、最初から答えを用意する者が増えたのである。
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三年目の春、ヴィオレッタは王位を退いた。
戴冠の日、セルリアは姉たちに挟まれて王宮の大広間へ入った。
カドミアは式の順序と必要な書面を前日まで確認し、コーラルは衣装と行列を整えた。エボニーとグラファイトも、それぞれの妻を助けている。
シモンはセルリアの隣を歩いた。
「緊張しています?」
「少し」
「終わったら、小宮へ戻れますよ」
「温室でお茶にしましょう」
「苺もあります」
今年は庭師の工夫が実り、春の早い時期から赤い実がついた。そして二人は戴冠の直前まで、その日の茶について話していた。
式は予定どおりに進み、セルリアはホルルベインの新しい女王となった。
国民へ向けた最初の言葉は、コーラルと王室の係が一緒に考えた。
王位を受け継ぐ書面は、カドミアと司法卿が確認した。
王冠を載せた盆を運ぶ者が歩きにくそうだと気づいたセルリアは、式が終わったあと、次からは絨毯の端をもう少し壁へ寄せるよう王室卿へ頼んだ。
新しい女王となっても、見ているところは以前とあまり変わらないようである。
そして退位したヴィオレッタは、王宮を出ることになった。
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「本当に、こちらでよろしいのですね」
海の見える家の前で、ネヴィルが尋ねた。
「何度も見に来たでしょう」
「九年ほど前から探した家ですから」
「私が見たのは、この二年で三度です」
「お気に召さなければ、別の家もございます」
「もう隣の土地まで買ったあとで、何を言っているの」
選ばれたのは、王都から馬車で半日ほどの海辺にある家だった。
二階の居間から湾が見え、庭には古い温室がある。隣の土地を加えたことで庭は広くなり、温室も二人で使うには十分な大きさへ直された。
家具も入っているし、食器も揃っている。
庭師と料理人、少人数の使用人も決まっている。
ネヴィルが二年をかけ、何一つ急いでいない顔で準備したものである。
「お母様、いつ王宮へ遊びに来る?」
見送りに来たコーラルが尋ねた。
「退位したばかりですよ」
「では、私たちがこちらへ来るわ」
「貴女たちには仕事があるでしょう」
「毎日は来ません」
「毎週でも多いのですよ」
「月に二度?」
「多いわ」
「では、月に一度で」
コーラルは、すでに客室を一つ選んでいたし、カドミアは家の管理に必要な費用を確認し、セルリアは温室の中を見て回っている。
「母上、ここにも長椅子を置けそうです」
「もう頼んであります」
ネヴィルが答えた。
「布地は?」
セルリアが尋ねた。
「陛下にお選びいただきます」
「もう陛下ではありませんよ」
ヴィオレッタが言った。
「では、ヴィオレッタ様に」
「候補はあります?」
「三枚まで絞っております」
「三枚も?」
「最初は十二枚ございました」
「ずいぶん減りましたね」
セルリアは感心した。長椅子の布を十三枚から選んだ娘に言われれば、確かによく減らしたことになる。
*
夕方になり、三人の娘と三人の夫、三人の父親たちは、それぞれの馬車で王都へ戻った。
家の中が、ようやく静かになる。
「行きましたね」
ヴィオレッタは二階の窓から、遠ざかる馬車を見送った。
「はい」
「明日は、何もないの?」
「何もございません」
「書類も?」
「ございません」
「誰かに会う予定も?」
「ございません」
ネヴィルは、窓辺の小卓へ茶を置いた。二人分である。
二十年以上、夜になれば寝室の前で下がっていた男が、今日は同じ家に残っている。
「では、明日は庭を見ましょう」
「朝食のあとに」
「そのあとは、海まで歩きたいわ」
「道を確かめてあります」
「いつ?」
「最初にこの家を見つけたときに」
「九年ほど前?」
「はい」
ヴィオレッタは笑い、温かい茶を飲んだ。
退位後には海の見える家で、二人きりの暮らしを始める。
二十年以上前から話していた約束は、ようやく叶った。
なお、二人が静かに暮らせた期間は、それほど長くない。
娘たちが押しかけたから、というだけでもなかった。




