第十八話 「は?」の続き
「こんなに?」
「まだ、隣室にもおります」
宰相の答えを聞き、セルリアは長卓の向こうに並ぶ閣僚を見た。
宰相、司法卿、王室卿、財務官、外務卿、軍務卿。隣室には、それぞれの補佐官と書記までいるという。
確かに、国の問題について尋ねる相手には困らない。
しかし、それで次の女王になる話を受け入れられるかといえば、また別である。
「無理です!」
セルリアは言った。
「殿下」
「無理です。私には女王などできません」
「それでは、何ができないとお考えでしょう」
王室卿が尋ねた。
「何が、と言われても、全部です」
「一つずつ伺いましょう」
王室卿は書記から白い紙を受け取り、自分の前へ置いた。
「まず、何が一番ご心配ですか?」
「国の仕事です。今より、ずっと多くなるでしょう?」
「一度には増やしません」
「でも、いずれは全部」
「陛下から、少しずつお引き継ぎいただきます。初めの半年は、今なさっている公務とほとんど変わりません」
セルリアは、王室卿を見た。
「変わらないのですか?」
「はい。新しく加わるのは、週に一度、陛下と閣議の報告をお読みいただくこと。それから、月に二度、閣議へ同席することです」
「その程度でよいのですか?」
「最初は」
最後の三文字が少々気になったが、王室卿はすでに紙へ書き留めている。
「次のご心配は?」
「人前へ出ることです。コーラル姉上のようにはできません」
「今も式典へお出ましになっております」
「必要な挨拶をして、予定の時刻に帰っているだけです」
「今後も、まずはそれで結構です」
「女王なのに?」
「女王も、必要な挨拶をして、予定の時刻に帰って構いません」
少なくとも、予定を越えて三曲も踊る必要はない。
「大きな式典では、コーラル殿下にお手伝いいただけます」
「姉上に?」
「もちろんよ!」
隣室の扉が開き、コーラルが入ってきた。
「聞いていたのですか?」
「扉へ耳はつけていないわ。近くに立っていただけよ」
ほとんど同じことである。
その後ろから、カドミアも入ってきた。
「私も手伝うわ。法律や財務について分からなければ、いつでも聞いて」
「姉上方は、それでよいのですか?」
「私が毎日、大勢の前へ出なくてよいなら」
「私は、王室会議に子供の数を決められなくて済むなら」
二人ともたいへん正直だった。
「でも、姉上方がそこまで手伝うなら、どちらかが女王でもよいのでは?」
セルリアが当然の疑問を口にすると、カドミアとコーラルが揃って首を横へ振った。
「嫌よ」
「嫌だわ」
「私も嫌です」
「ええ、知っているわ」
コーラルは、妹の椅子のそばへ来た。
「でも、貴女一人に押しつけるつもりはないの。人前へ出る仕事なら、私にも回して」
「書類を調べる仕事は私が引き受けるわ」
カドミアも反対側に立った。
三人で分けるなら、今までとそれほど変わらない。
これまでも王女たちは、それぞれ得意な公務を多く任されていた。カドミアは会議と書類、コーラルは式典と訪問、セルリアは療養院や学校、工房などを訪ねる仕事が多い。
「本当に、今とものすごく変わるわけではありませんよ」
王室卿が言った。
「殿下が次期女王となられたあとも、カドミア殿下とコーラル殿下は王女です。お二人にも、引き続き王家の仕事をお任せします」
「では、何が変わるのです?」
「最終的に、殿下のお名前で出す書面が増えます」
「それは困ります」
「内容は、担当の官が整えます」
「読まずに署名するのですか?」
「いいえ。お読みになって、分からないところをお尋ねください」
「尋ねて、分からなかったら?」
「分かるまで説明いたします」
財務官が答えた。
「説明を聞いても、おかしいと思ったら?」
「その場合は、署名なさらず、お戻しください」
司法卿が答えた。
「意見が分かれたら?」
「それぞれの案をお出しします」
宰相が答えた。
「それでも決められなかったら?」
「陛下にもご相談いただけます」
王室卿が、ヴィオレッタを示す。
「私はすぐに退位するわけではありません」
ヴィオレッタが言った。
「しばらくは二人で仕事をします。私が女王でいる間に、分からないことはすべて聞きなさい」
「すべてですか?」
「私に分かることなら」
「母上にも分からないことがあるのですか?」
「もちろんあります。そのために、ここに閣僚がいるのですよ」
話が、先ほどと同じところへ戻る。王室卿は、白い紙へ次の項目を書いた。
「ほかに、何がご心配ですか?」
「婚礼です」
セルリアはすぐに答えた。
「シモンとは、どうなるのです?」
「予定どおり、ご結婚いただきます」
「女王になるなら、別の方を選ばなくてはなりませんか?」
「パーシモン殿についても、ご実家についても、すでに調査を終えております」
「いつの間に?」
「この半年の間に」
シモンの家へ王室卿から問い合わせが来ていたことを、セルリアも聞いている。
あれは姉のどちらかが女王となった場合に備え、王女全員の相手を調べているのだと思っていた。
実際、その時点ではそのとおりだった。
ただし、調べた結果は、しっかり今の話へ使われている。
「シモンが嫌だと言ったら?」
「その場合は、改めて話し合います」
「まだ本人には伝えていないのですね」
「正式に決まったのが本日ですから」
「では、先にシモンへ尋ねなくては」
「もちろんです。殿下とのお話が終わりましたら、お呼びします」
セルリアは、さらに考えた。
「婚礼後に住む小宮は?」
「そのままお使いいただけます」
「女王になったら、本宮へ住むのでは?」
「公の執務と大きな行事には本宮をお使いいただきますが、普段の住まいまで移す必要はございません。警護は増えますが」
「温室は?」
「そのままです」
「苺は?」
「植えて構いません」
「長椅子も?」
「置いて構いません」
「菓子皿も?」
「私費でお買いになるのでしたら」
そこまで答えた王室卿は、何の話をしているのか少し分からなくなった。
しかし、セルリアにとってはどれも大切なことである。
「では、シモンと結婚して、あの小宮で暮らし、温室に苺を植えてもよいのですね」
「はい」
「姉上方も、今までどおり王家の仕事をするのですね」
「するわ」
「もちろんよ」
「母上も、しばらくは一緒に仕事をしてくださる」
「ええ」
「分からないことは、閣僚の方々へ尋ねてよい」
「そのために我々がおります」
宰相が答えた。
「……それなら、本当に今までとあまり変わらないような」
「そう申し上げておりますよ」
王室卿が穏やかに答えた。
もちろん、まったく変わらないわけではない。
いずれ戴冠し、国の代表として書面に名を記し、閣議の報告を受ける。外国から王が来れば迎え、災害があれば必要な命令を出す。
ただし、それを今ここで一度に説明する必要はない。
王室卿は、セルリアが一つ尋ねるたび、今すぐ変わらない部分から答えていた。
そう、嘘は言っていない。順番を選んでいるだけである。
「では、まず半年、母上のおそばで仕事を覚えるということですか?」
「はい」
「そのあとも、急に全部を任されるわけではなく?」
「殿下のご様子を見ながら進めます」
「それなら……」
セルリアは母と姉二人を見た。
「何をするのか、説明を聞いてから考えます」
「ありがとうございます、殿下」
王室卿は書記へ紙を渡した。
「では、明日の午前から引き継ぎを始めます」
「明日から?」
「はい。最初は、現在の王室の支出について財務官から説明を受けていただきます。午後は、陛下と南の港の修繕報告をご覧ください」
「待ってください。私は説明を聞いてから考えると」
「ですから、明日から説明いたします」
「そういう意味では」
「午前十時からでよろしいでしょうか」
「午前中には、家具職人が来る予定です」
「では、十一時からに変更いたしましょう」
「変更できるのですか?」
「もちろんです。今までとものすごく変わるわけではございませんから」
王室卿は、たいへん親切に予定を変えた。
セルリアは、どこかがおかしいと思った。
しかし、家具職人との約束は守られ、温室の長椅子も選べる。十一時から財務官の話を聞くだけなら、できないとも言いにくい。
「……十一時なら」
「承知いたしました」
書記がすぐに書き留めた。
「明日は説明だけですね?」
「はい。明日は」
「明後日は?」
「明日のご様子を見てから決めます」
「では、それでお願いします」
「かしこまりました、次期女王殿下」
話がまとまった。
ちなみに、セルリアが女王になると答えた覚えは、実はまだないのだが。
ところが小会議室にいた者たちは、全員が引き受けてもらった顔をしている。
「母上」
「大丈夫よ。私も、最初は同じようなものでした」
「カドミア姉上」
「書類は私も一緒に見るわ」
「コーラル姉上」
「式典で困ったら、私の後ろにいればいいのよ」
三人とも応援している。閣僚も揃っている。婚礼も小宮も温室も、そのままでよい。
こうしてセルリアは、あちらこちらへ尋ねているうちに、次期女王となる話をすっかり進められてしまった。
なお、王室卿の机には、すでに三か月分の引き継ぎ予定が用意されていた。
本人へ見せるのは、もう少しあとである。
*
小会議室での話が終わると、今度はシモンが呼ばれた。
彼は窓の近くで布地を比べていたらしく、手に青い見本を一枚持ったまま入ってきた。
「お呼びでしょうか」
「ねえ、シモン」
セルリアが立ち上がった。
「……私、次の女王になったそうです」
「……誰が?」
「……私です」
シモンはセルリアを見て、それからヴィオレッタを見、最後に長卓の向こうに並ぶ閣僚を見た。
「セルリアが?」
「はい」
「姉上方ではなく?」
「私も同じことを聞きました」
「お二人とも嫌だと?」
「私も嫌だと言いました」
「それで、どうなったの?」
「明日の十一時から、財務官の説明を聞くことになりました」
シモンは、手に持っている青い布を見た。
「家具職人は十時でしたよね」
「はい。そちらは予定どおりです」
「なら、間に合いますね」
「そうなのです」
二人は頷き合った。
「いや、待って」
コーラルが止めた。
「シモン、自分が次の王配になる話は?」
「ああ」
シモンは、もう一度閣僚を見た。
「俺もですか?」
「殿下とご結婚なさるのでしたら」
王室卿が答えた。
「何をすればよいのでしょう」
「それについても、担当の者からご説明いたします」
「いつですか?」
「明日の午後はいかがでしょう」
「午前中は長椅子がありますので、午後なら」
「では、そのように」
シモンの予定も決まったようである。
王室卿は、二人へ一つずつ説明するだけで、次期女王と次期王配の引き継ぎ初日を決めてしまった。
実に手際がよかった。
このように、王室を長く取り仕切ってきた者は、穏やかな顔で人を丸め込むことにも慣れているのである。




