第十七話 第三王女に決まりました
王室会議の日、王宮の大会議室には、朝から長い卓が用意された。
女王ヴィオレッタを中心に、王家と縁の深い公爵、侯爵、伯爵たちが席につく。その向かいには、宰相、司法卿、王室卿、財務官、外務卿、軍務卿が並んだ。
卓上には、三人の王女について半年かけて調べた書類が置かれている。
なお、第三王配が兄から受け取った林檎の手紙も、その中に入っていた。
王室会議へ提出する必要があったのかは、最後まで誰にも分からなかったが、調査で集めた正式な資料なので仕方がない。
「次の王として、第三王女セルリアを推薦します」
ヴィオレッタが告げると、宰相が意見書を読み上げた。
――セルリアが、三人の中で最も多くの知識を持っているからではない。
――人前で最も華やかに振る舞えるからでもない。
――自分に分からないことがあれば、それを知る者へ尋ねる。実際に働く者の話を聞く。専門家へ任せる。自分の権限を越えることは、決められる者へ回す。
――一度した約束を忘れない。
――夫となるパーシモン・ルフランも、その実家も、王位によって利益を得ようとしていない。父エクリオとカランダッシュ侯爵家にも、娘を利用して勢力を広げる動きはない。
「つまり、周囲の意見を聞き、王国の仕組みを正しく使える方だということですな」
公爵の一人が確認した。
「はい」
宰相が答えた。
「しかし、第一王女殿下のほうが、法律や財務には詳しいとある」
「その点では、カドミア殿下が上です」
「第二王女殿下には、民衆からの人気がある」
「人前へ立つ力では、コーラル殿下が上でしょう」
「ならば、なぜ第三王女殿下なのだ?」
同じ質問は、すでに閣僚の会議でも出ていた。
「法律や財務については、それぞれを扱う官がおります。式典や民衆との交流も、ほかの王族が助けることができます」
宰相は、卓の向かいにいる閣僚たちを順に示した。
「王が、王国のすべてについて一番である必要はございません。必要な者の話を聞き、その者が正しく働けるようにする。それができる方を、我々は推薦しております」
「第一、第二王配の動きは、判断に影響していないのか?」
別の伯爵が尋ねた。
「将来起こりうる問題としては、検討いたしました」
司法卿が答えた。
「ただし、それによってカドミア殿下とコーラル殿下を候補から外したわけではございません」
ビステルは娘を女王にするため、周囲へ能力を広めた。
ヴェルディは娘の婚礼より先に、未来の子供の部屋まで決めた。
これに対し、エクリオは何もしなかった。
「第三王配殿下は、ずいぶん控えめなのですな」
公爵が感心したように言うと、ヴィオレッタは少し考えた。
「控えめというより、娘が望まないことをしない人なのです」
「それができる者は、案外少ないものです」
公爵は、卓上に積まれたビステルとヴェルディの記録を見る。たいへん説得力のある厚さだった。
質問が一通り終わると、出席者が一人ずつ意見を述べた。
第一王女を推す者もいた。第二王女こそ国民に親しまれると考える者もいた。
けれど、三人それぞれの望みと、結婚相手、今後の王家と政府の関係まで含めて考えると、意見は次第に第三王女へ集まっていった。
*
昼を少し過ぎた頃、王室会議は女王の推薦を承認した。
正式な書面に、出席者の名が記される。
――セルリア・ホルルベイン。
その名の横に、次期女王という言葉が加わった。
「これで決まりましたね」
王室卿が言った。
「ええ」
ヴィオレッタは、署名を終えた書面を見た。
「では、娘たちへ伝えましょう」
最初に呼ばれたのは、カドミアとコーラルだった。二人は揃って小会議室へ入り、ヴィオレッタの前に並ぶ。
「王室会議で、次の女王が決まりました」
姉妹は互いを見た。
「おめでとう、コーラル」
「おめでとうございます、姉上」
二人の声が重なった。
「なぜ私なのよ」
「私ではないわ」
「私でもないわよ」
「二人とも、お祝いはまだ早いですよ」
ヴィオレッタが止める。カドミアとコーラルは、揃って母を見た。
「次の女王は、セルリアです」
二人はしばらく黙っていた。
先に動いたのはカドミアだった。母の前にある書面を取り、名前を確かめる。
「本当にセルリアと書いてあります」
「王室会議で決まったのですから、間違いではありません」
「でも、セルリアですよ?」
「分かっています」
コーラルも姉の横から書面を覗き込んだ。
「本人は知っているの?」
「まだです」
「では、今頃は」
「温室の長椅子について、家具職人と話しているはずです」
二人は、また互いを見た。
「どうしましょう、姉上」
「どうすると言われても」
「きっと驚くわ」
「私たちも驚いているもの」
候補だった姉二人は、自分が選ばれなかったことに安心した。
だが、選ばれたのが妹だと分かると、途端に心配になった。
「セルリアに、王位を断ることはできますか」
カドミアが尋ねた。
「簡単にはできません」
「やはり」
「ただし、本人が引き受けられる形については、きちんと話し合います」
ヴィオレッタは、二人へ意見書を渡した。
「セルリアを選んだ理由も、ここにあります。貴女たちが劣っているという意味ではありません」
「それは分かります」
コーラルが答えた。
「セルリアが私より劣っているとも思いません。でも、あの子、自分が女王になるなんて、一度も考えていませんよ」
「だから今から伝えます」
「私たちも一緒に?」
「先に本人と話します。二人は隣の部屋で待っていてください」
「聞いていても?」
「扉へ耳をつけなければ」
コーラルはつけるつもりだった耳を扉から離した。
*
その頃、セルリアは家具職人との話を終え、シモンと一緒に見本帳を見ていた。
青と若草色を合わせて十三種類。
朝から比べているが、まだ三種類までしか減っていない。
「こちらの青は綺麗ですけれど、少し濃いでしょうか」
「夏なら涼しそうに見えるよ」
「冬は寒そうに見えません?」
「若草色なら、冬にも明るいかもしれないね」
「でも、苺の葉と同じ色になりませんか?」
「実がなれば赤くなるから大丈夫でしょう」
「花の時期は白ですよ」
「では、花が咲いてから決める?」
「それでは春まで長椅子が置けません」
二人が見本を入れ替えているところへ、女官が入ってきた。
「セルリア殿下。陛下がお呼びです」
「今からですか?」
「はい。小会議室へお越しください」
セルリアは、開いたままの見本帳を見た。
「すぐ戻ります。シモン、こちらの三枚はそのままにしておいてください」
「分かった。もう一度、窓の近くでも見てみるよ」
「増やしてはいけませんよ」
「増やしません」
この時点で二人が心配していたのは、候補へ戻した布が増えることだけであった。
セルリアは女官に案内され、小会議室へ向かった。扉の前には、見慣れた侍従が立っている。
中へ入ると、女王ヴィオレッタ、宰相、司法卿、王室卿が揃っていた。さらに今日は、財務官、外務卿、軍務卿まで席についている。
卓上には、紫の紐を掛けた書類が積まれていた。
「お呼びでしょうか、母上」
「座りなさい、セルリア」
勧められた椅子へ座ると、宰相が一番上の書類を開いた。
「王室会議が先日行われ、重要事項が決定いたしました」
それが? という表情でセルリアは宰相を見る。
「というわけで、セルリア王女殿下。貴女様を次の女王と定めることになりました」
「は?」
セルリアは宰相をあらためて見た。
それから母を見た。
最後に並んでいる閣僚を、一人ずつ見た。
「姉上方ではなく?」
「はい」
「お二人とも、女王になりたくないと?」
「それは以前から仰っています」
「私もなりたくありません」
「それも承知しております」
「でしたら、なぜです?」
宰相は、半年かけて調べた結果を説明した。
――分からないことを人に尋ねる。専門家へ任せる。
――実際に働く者の話を聞く。
――一度した約束を守る。
――自分の権限を越えて決めない。
――周囲にいる者も、王位を利用しようとしていない。
セルリアは黙って聞いたあと、卓の上にある厚い書類を見た。
「あのー…… それは、女王になるほどのことですか?」
「この国の女王には、必要なことです」
「でも、何か大変なことが起きたら?」
「そのときは、事情を調べます」
「もし戦争にでもなったら?」
「外務卿と軍務卿が状況をご説明します」
「国のお金が足りなくなったら?」
「財務官が案をお持ちします」
「法律で意見が分かれたら?」
「司法卿と議会の者をお呼びください」
「港が壊れたら?」
「港湾官と工事官がおります」
尋ねるたびに、答える者が増えていく。
セルリアは、長卓の向かいに並んだ者たちを見渡した。
「でも! 何かあったとき、私では決められません!」
「そのために、我々がいるのです」
宰相が答え、司法卿が、王室卿も頷いた。
財務官、外務卿、軍務卿まで、その隣で揃って頷いた。
王国の問題を相談されるために集められた閣僚が、ずらりと並んでいる。
セルリアは、もう一度、その人数を端から数えた。
「こんなに?」
「まだ、隣室にもおります」
宰相が答えた。
王というものは、一人で国を動かすのではない。少なくともホルルベインでは、そのようにできていた。
何かあれば、尋ねればよい。分かる者へ任せればよい。
そして、それこそがセルリアの得意なことであった。
……本人だけが、まだ納得していなかった。




