↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境支援部は赤字なので廃止――では、私たちが買い取ります  作者: よみなぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/5

第1話「辺境支援部を買い取った主任」

「辺境支援部は、今月末をもって廃止する」


 正式な決定を聞いても、ミレアは驚かなかった。


 その方針自体は、一週間前に辺境へ届いていたからだ。


 部下四人とも話し合った。


 そのうえでミレアは数日かけて王都まで来た。


 今日は異動先を聞くためだけではない。


 自分たちの今後を決めるために来た。


 王都冒険者ギルド本部の会議室。


 向かいに座るギルド長グレイグの前には、分厚い帳簿が開かれている。


「理由を、改めて伺っても?」


「採算だ」


 グレイグは帳簿をこちらへ向けた。


「昨年度、辺境支援部が直接受け取った手数料は金貨千八百四十二枚。人件費、倉庫費、馬車の維持費を合わせれば二千百枚を超える。三年連続の赤字だ」


「はい」


「異論はないのか?」


「数字は合っていますから」


 ミレアは答えた。


 その帳簿を作ったのは自分だ。


 辺境支援部は、オルフェン辺境伯領で増え続ける小口依頼を処理するため、十数年前に増設された部署だった。


 辺境伯領は広い。


 中心都市から街道が伸び、その先には大小いくつもの村がある。


 当然、依頼も多かった。


 ただし多いのは、大物魔獣の討伐ばかりではない。


 畑の害獣を追い払ってほしい。


 薬草を採ってきてほしい。


 村まで荷物を運んでほしい。


 崩れた街道を確認してほしい。


 そうした小口依頼が大量に持ち込まれ、通常の地方支部だけでは窓口が回らなくなった。


 そこで倉庫街に別の建物を借り、小口案件だけを処理する部署を作った。


 それが辺境支援部の始まりだった。


 今でも中心街には、王都冒険者ギルドの地方支部がある。


 中型以上の討伐や護衛、一般的な依頼はそちらが扱う。


 辺境支援部が扱うのは、採算の悪い細かな仕事ばかり。


 だから。


「本来のギルド業務は地方支部で継続できる」


 グレイグが言った。


「小口案件を整理すれば、辺境支援部を維持する必要はない」


「はい」


 理屈は分かる。


 むしろ、経営者としては当然の判断なのだろう。


「君を含む五名については、解雇するつもりはない」


 グレイグは五枚の書類を机に置いた。


「本部や地方支部に異動先を用意した。ミレア、君には王都の依頼管理部へ来てもらいたい」


 ミレアは書類を手に取った。


 今より給料が高い。


 住居手当まで付いている。


「ずいぶん待遇が良くなりますね」


「君自身の評価は高いからな」


 グレイグは当然のように言った。


「三年間、あれだけの小口案件を事故なく回した。依頼管理部でも十分やっていける」


「ありがとうございます」


 本当に、ありがたい話だった。


 自分は評価されている。


 だからこそ、少しだけ妙な気分になった。


 ミレアは必要だ。


 でも、ミレアが三年間やってきた仕事は不要だ。


 理屈は分かる。


 それでも、胸の中に何も残らないわけではなかった。


 ミレアは異動通知を机へ戻した。


「一つ、お願いがあります」


「なんだ?」


「辺境支援部を、私たちに売っていただけませんか?」


 グレイグが黙った。


「……部署を?」


「正確には、資産と契約です。西倉庫、荷馬車二台、馬四頭。それから本部が打ち切る予定の小口契約を、すべて」


「ミレア」


「はい」


「今の話を聞いていたか?」


「もちろんです」


「赤字だぞ」


「はい」


「三年連続で」


「よく知っています。私が帳簿を作りましたから」


 グレイグが額を押さえた。


「それを買うのか?」


「買います」


「他の四人は?」


「話し合ってきました。全員、異動を辞退します」


「五人揃って?」


「はい」


「……変わった連中だな」


「それも、よく言われます」


 グレイグは苦笑した。


 それ以上、止めようとはしなかった。


 本部にとっても悪い話ではない。


 後から増設した古い倉庫。


 年季の入った馬車。


 打ち切る予定だった小口契約。


 まとめて引き取ってもらえる。


 金額を決め、書類を作り、双方が確認する。


 最後にグレイグが契約書へ署名した。


「後悔するなよ」


「しません」


「言い切るか」


「三年間、やってきた仕事ですから」


 ミレアも署名した。


 こうして王都冒険者ギルドから、辺境支援部が消えた。


◇


 数日後。


 オルフェン辺境伯領の中心都市。


 西側の倉庫街にある、見慣れた建物へミレアは帰ってきた。


「お帰りなさい、主任!」


「ただいま戻りました」


「どうでした?」


 四人が集まってくる。


 ミレアは鞄から契約書を取り出した。


「買えました」


 一瞬の静寂。


 直後、歓声が上がった。


「これで続けられる!」


「馬車も?」


「二台ともです」


「契約は?」


「全部」


 また歓声が上がった。


 ミレアは笑いながらも、一度だけ確認した。


「本当にいいんですか? 異動を断れば、もう戻れませんよ」


「その話、王都へ行く前にしたでしょう」


「……そうでしたね」


「だから早く始めましょう、主任」


「もう主任ではありません」


「じゃあ何て呼ぶんです?」


「それを今から決めるんです」


 机。


 依頼票。


 荷馬車二台。


 数日前まで本部の所有物だったものが、今は五人のものになっている。


「名前、どうします?」


「辺境支援部でいいんじゃないですか?」


「もう部じゃないでしょう」


「辺境支援ギルド?」


「そのまますぎません?」


 好き勝手に話していると、倉庫の扉が叩かれた。


 ミレアが開ける。


 立っていたのは、オルフェン辺境伯レオンだった。


「戻っていたか」


「オルフェン辺境伯。どうされたんです?」


「本部から正式な通知が来た。辺境支援部が廃止されたそうだな」


「はい」


 レオンは手にしていた依頼書を軽く上げた。


「北の三村への冬支度を、今年も頼むつもりだった。塩、干し肉、薬だ。廃止されたのなら、どこへ持っていけばいいのかと思ってな」


「ああ」


「それで、ここはどうなる?」


「買い取りました」


「……何を?」


「ここをです」


 レオンは倉庫の中を見た。


 机。


 書類。


 五人。


 荷馬車。


「全部?」


「だいたい全部です」


 しばらく沈黙したあと、レオンは笑った。


「そうか。それは助かった」


「助かった?」


「ああ。この依頼を持って帰らずに済む」


 レオンは依頼書をミレアへ差し出した。


「今年も頼めるか?」


「もちろんです」


 受け取ろうとしたミレアに、レオンが続けた。


「いや、待て」


「はい?」


「どうせなら、この一件だけではなくてもいいな」


 レオンは少し考えた。


「本部を通す必要もなくなったのなら、今後は直接君たちに頼めばいい。条件は後で詰めよう」


 ミレアは目を瞬いた。


「……よろしいのですか?」


「こちらが頼む側だ」


 レオンは不思議そうに答えた。


「君たちがいなくなったら、細かな仕事を誰に頼めばいいのか分からなくなる」


 その言葉に、ミレアは返事ができなかった。


 王都では言われた。


『君自身の評価は高い』


 嬉しかった。


 それは嘘ではない。


 でも今、レオンが評価しているのはミレアではない。


 五人が三年間やってきた仕事だった。


 赤字だった仕事。


 なくしても構わないと判断された仕事。


 それを、必要だと言う人がいた。


「ミレア?」


 呼ばれて、ようやく我に返る。


「……失礼しました」


 ミレアは差し出された依頼書を受け取った。


「お引き受けします」


「頼む」


 レオンが帰ったあと、四人がミレアを見る。


「主任」


「もう主任ではありません」


「じゃあ、ギルド長?」


 ミレアは少し考えた。


 王都冒険者ギルド辺境支援部主任。


 その肩書きは、もうない。


 けれど、それほど惜しいとは思わなかった。


「……それでいきましょうか」


「ギルド長。最初の仕事です」


「はい」


 差し出された依頼書を、ミレアは受け取った。


 古びた倉庫。


 荷馬車二台。


 赤字案件ばかりの契約書。


 仲間が四人。


 そして、自分たちの仕事を必要だと言ってくれる最初の顧客。


 王都では、不要になった仕事だった。


 ここではもう、次の仕事が待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
行間空けすぎてちょっと読みにくいかも。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。