18 可哀そうなレオンハルト様 【前半カール王 後半アリーシア】
【SIDEカール王】
「政界を引退するって?」
王である私は私室で酒を酌み交わしながら、その相手であるリヒター侯爵レオンハルトに問いかける。
彼のお陰で前王と前王太子を排除し、元神官長だった私は王になった。
在位30年。52才になった。
即位と同時に隣国から迎えた王妃は、聡明で美しく2男3女にも恵まれた。
「いくら老けたメイクをしてもそろそろ限界だ。もう社交もできないな」
久しぶりにメイクを落としたレオンは、20代後半にしか見えない。
「お前の治世も安定した。もう、私がいなくてもやっていけるだろう?」
「うん…これからどうするんだ?」
「ん~アリーシアによるけど…」
こいつの行動基準は番。
「旅に出てもいいかな~って思うんだぁ」
いつもは偉そうな口調だが、妻アリーシアが絡むと幼子のようなものになる。
「彼女にはお前のやってることを言ってるのか?」
「言ってない…」
「お前の口から言った方がいいと思うが…」
最初にこいつのやっている事に気が付いたのは、妻である王妃エリザベスだ。
王族の一員となったエリザベスにも、レオンハルトは長命不老の魔族であることを告げた。
「リヒター侯爵は他人を不老にする魔術をお持ちなのですか?」
「いや、それはないと思うが」
魅了、忘却、結界の魔術は持っていたと思う。
その魔術を王家に振るわない盟約をし、この国での貴族位を許した。
「リヒター侯爵夫人、不老の…もしかしたら長命の魔術もかけられているかもしれません」
「どうしてそう思うの?」
「肌や髪の美しさは何か特別な化粧品があるかもしれませんが…骨格や肉つきが少女のそれで違和感を感じるのです」
気のせいかと思いながらも、なんとなくレオンハルトに確認すると
「さすが、女の目は侮れないね!」
って笑いやがった!
「魔術じゃないんだ。偶然父の日記を屋敷の図書室で見つけてね。元々バンパイヤ族は眷属を作る力があったらしいんだ」
「眷属?」
「長命不老な吸血鬼の部下のことさ。バンパイヤ族には、それを作る力があったんだよ」
「その力のことは数を減らすうちに、すっかり忘れ去られていたらしいんだけど、何かの文献で知った父が、その眷属を作ろうと何度も人間相手に実験したらしいんだよね」
「でも飽き性な父は、何回か失敗したら諦めたらしくてね。でもその実験結果が、日記に書いてあったんだ」
「それをお前は、アリーシアにやったのか?」
「ん~父はせっかちだったんだろうね。急な体質の変化は、細胞を死滅させる…」
「やったんだな!」
「単純な方法なんだよ? 吸血の際、逆に私の血を送り込むんだ。ただしほんの少し…それを毎日、毎日、毎日、毎日……」
「それでアリーシアは?」
「うん一応いい感じ。成功。むしろ少女のような見た目だから、私よりアリーシアを社交に出せないよ。もう50才だからね」
レッドパープル・アメジストの瞳に、狂気が見える。
もし失敗していたら、この男は後を追ったのだろうか。
「本当はもう少し大人になってから、眷属にしたかったんだけど……成長を止めないと神聖力が増えたら困るからさ」
父の日記を偶然見つけたなんて、ほざいているこの男だが、それは嘘だろう。
アリーシアの神聖力を増えないようにするため、文献を読み漁り、他国にもよく行っていた。
この男は必死だったはずだ。
でも今日、
この男のこんな穏やかな、嘘偽りない笑顔を見る日がくるなんて。
「二人で旅に出るのか…寂しくなるな」
「お前が死ぬまでには、一回は帰るよ」
いいな、自由な旅。
しかも一人じゃなくて、愛する女性と二人。
王族な自分が、恨めしくなった。
【SIDEアリーシア】
ずいぶんと前から、違和感はあった。
侍女が
『髪をお切りしますね』
と言って切るはさみの音が軽いことに。
『マッサージの時お休みでしたので、爪もお切りしておきました』
と言われた時、切られるほど伸びてたかな? と気づいた瞬間に。
すっかり小食になって、生理も止まって、紙で切った指先が一瞬で治ってしまって……
そういえば、昔家令だったクルトが言っていたな、
『旦那様が旅でいない50年間、あの女はこの屋敷を我が物顔で采配し、女王気取りだったんですぞ!! 私がどれほど苦労したと…』と。
20才後半にしか見えないレオンハルト様が、50年旅に出ていたって……
こっそり出かけた王都図書館で、調べた魔族の特徴。
魔法を使い、容姿端麗、そして……
「不老で長命…」
純血の魔族は数千年生きたという。
獣人とのハーフであるレオンハルト様の寿命は、どれくらいなんだろう。
鏡の前に座り、自分の顔を見る。
50才になっても変わらぬ、娘のような幼い顔。
抜けるような白い肌に、シミひとつ、シワ一筋ない肌。
「やられたな」
そうつぶやく。
「ほんとうに、さみしがりなんだから」
何となく、想像はできる。
長命不老のレオンハルト様の恐怖。
周りはどんどん老いていき死んでいく、自分だけ取り残される。
私の専属侍女だったベティもとっくに引退し、魔族の血をひく使用人の中でも一番血が濃かったクルトも隠居し、家令職は息子が引き継いだ。
番の私に置いて行かれることに、耐えられなかったんだろう。
何かしらの方法で、私を魔族にしたのだろうか?
「でも番なんて…」
獣人の番に対する愛は……
本能の呪いではないのか。
そこに本当の愛はあるのか?
本人の意志はあるのか?
「可哀そうな、レオンハルト様」
番を失いたくない一心で、勝手に私を不老にした。
でも、それを言い出せない彼はその罪悪感で、ますます私に傾倒して……
最近人の気配にも機敏になった。
魔族の能力なんだろうか、感じる、近づいてくる気配。
「ただいま」
鏡台の椅子に座っている私を、レオンハルト様が背後から抱きしめる。
強く、強く、大きな身体で私を包み込むように、逃がさないように。
魔族になった私も、いずれ血を欲するようになるんだろうか。
鏡に写るのは、白く老いを知らない二つの顔。
私を心から愛おしそうに見つめる、レッドパープル・アメジストの瞳はとろけるよう。
この人は生い立ちからか、本当に寂しがりだ。
そして本能のせいで、番の私にすがってくる。
可哀そうな…可哀そうな……
「今日で王宮を辞したの?」
やさしくその瞳を見ながら、問いかける。
「うん。もう社交界にも出ないし、これからはアリーシアとずっと一緒だよ」
「嬉しいわ」
レオンハルト様の頬が、ピンク色に染まる。
可愛らしい。
「ねぇ、これからどうする? 屋敷にこもってずーっと抱き合うのもいいけど、旅に出るとかどうかな?」
「いいわね! 私外国に行ったことがないから行ってみたいわ。抱き合うのは旅先でもできるでしょ?」
そう答えると本当に、本当に、うれしそうに笑うレオンハルト様は……少年のよう。
私が喜ぶのが嬉しくて、私の笑顔を見るのが大好きなのだ。
ああ本当に可愛くて、可哀そうな私の旦那様。




