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13 さらわれた元聖女は殺人犯⁉

「どうして、どうしてなの? 私がレオンハルト様と結婚したから? いや、死ぬのは嫌!レオンハルト様とは離縁します! だからどうか命だけは助けて!」


 身体を震わせ、泣き叫び、床に這いつくばりながら懇願する。


「ふーん。離縁するんだね? 二度とレオンに近づかないと? その言葉、レオンに言えるの?」


 じりじりと這いつくばりながら、ビアンカに近づく。


「はい! はい! 何でも言うことを聞きます!」



 するとビアンカが、後ろに後退り始める。

 やっぱり……!



「だから命だけは……」


「分かった! この男二人の相手をしたら命までは取らないよ! だ、だから近づくんじゃない!」


「本当ですか?」


 這いつくばった姿勢からいきなり立ち上がり、ビアンカの前に立つ。


「ありがとうございます!」

 にっこり笑って、両手でビアンカの頬を包み込む。




 ジュジュジュ~!



 ビアンカの頬から白煙が上がった。



「ぎゃああああああ~!」



 部屋に充満するのは肉の焼け焦げた匂い……

 やっぱり大好きな、チキンソテーの匂いに似てるわね。


「離せ! 離せ!」


 思いっきり頬をなぐられ、頭が揺れる。

 しかし、離してなるものかと今度はビアンカに抱き着いてやる。



 ジュワワワ~!


「ぎゃぎゃぎゃあああああ!」


 ビアンカの豊満な胸も赤く焼け爛れていく。

 背中をものすごい力で殴られる。

 でも絶対離さない!



「ここはどこだ?」

「おれたちはいったい……」


 背後では二人の男が、おろおろとしている。

 良かった! 魅了魔法が解けたんだ!


 ビアンカに頭を殴られ、髪を引きちぎられ、背中を壁に打ち付けられる。

 だんだん意識が朦朧としてくる。

 それでも絶対に離さない!


 そうしているうちにビアンカの力も弱くなり、やがて動かなくなり……






「アリーシア!」


 そして聞こえてきたのは、待っていた声。


「レ…オンハルト様」


「アリーシア! あぁアリーシア…! なんてひどい!」


 そんなに私、ズタボロなのかしら。

 痛みは全然感じないんだけど、血が目に入って見にくいわ。


「ごめん! ごめんね! 遅くなって……!」

 レオンハルト様の紫の瞳が、大洪水だ!


「その掴んでるの何?」


 抱きついていたものに目をやると、それは赤黒い人形みたいなもの。

 ピクリとも動かない。


 あぁやりすぎちゃった?



「ビ…ンカ。死ん…じゃ…た?」


 元聖女が殺人犯!?

 ああああ~

 誘拐犯だったから、正当防衛は認められないかしら??


「ビアンカね……」


 レオンハルト様がそれをにらみつけ、冷笑を浮かべる。


「死んじゃいないよ。魔族は治癒力が高いんだ。この程度じゃ死なない」


 そしてまた私を見て、苦しそうに顔を歪める。


「それよりアリーシアの治療が先だ。さぁ、そんなばっちいのは離して、ボクに捕まって。屋敷に帰るよ」


 レオンハルト様が、私を抱き上げる。




 ジュジュジュジュ~!


 レオンハルト様の両腕から、白煙が上がる。


「だめ! だめ! レオンハルト様!」


「いいの! これはボクの罰だ! 思いあがって隙を見せて……番をこんなめに合わせた罰だ!」


「そんなのだめ! だ…め」


「いいからもうお眠り。もう怖い事はないから。ボクが絶対守るから」




 レオンハルト様の背後に、巨大な翼が見える。その翼がバサリと音を立てると身体が空に引き上げられる。

 外は夜、星がきらめいている。


 それと同じようにレオンハルト様の瞳も黄金色に光っている。


「きれ…い」


 私を抱く腕に、さらに力がこもる。

 ジュジュッと焼ける音がする。


 そこで私の意識も途切れた。





 目覚めたらリヒター侯爵家の屋敷、侯爵夫人の寝室に戻っていた。


 私の全身は赤黒い包帯で覆われていて、そんな大出血なけがをしたのかと、驚愕していると侍女のベティが入ってきた。


「あぁそろそろお目覚めになると思っておりました。本当にご無事で何よりです」


「え…えぇ」


 でも私は、目の前の血まみれの包帯にくぎ付け。


「あぁ大丈夫ですよ。それは奥様ではなく旦那様の血ですから」


「えぇ!?」


 レオンハルト様に抱いて連れ帰られた記憶と、赤黒い人形になってビアンカの姿が頭の中で交錯する。

 私を抱いたせいで、彼はこんなに血を流すほどの大ケガを負ったの?


「奥様の身体中に打撲痕や擦り傷があって……お顔も2倍ぐらいに腫れあがっていたんですよ? 髪も引き抜かれていて頭も血まみれで……なので、旦那様のご指示で、旦那様の血を浸した包帯を巻いて治療しました。血の濃い魔族の治癒力は素晴らしいですね」


 ベティが私の腕の包帯を、めくり始める。


「ほら、何の跡もなく治ってますでしょ? お顔もキレイに治りましたよ~」

 そして、ニコニコと私に笑いかけてくる。


 血…血ぃ!? レオンハルト様の血をパックのように張り付けて、私のケガを直したというの?

 全身に巻かれた包帯に、ひたすほどの血を抜いて……大丈夫なの!?


「レ…レオンハルト様は?」


「また栄養失調で倒れられましたわ」

 にこにこと、何でもないような笑顔が返ってきた。






 急ぎレオンハルト様の寝室に向かう。


 豪奢なベッドに横たわるその顔は、青白いを通り越して蝋のように真っ白。

 そして首や肩には、火傷のあと。

 上掛の下で見えない両手も、私を抱いていたせいで火傷だらけなんだろう。


「どうして私なんかのために……」


「あぁ、アリーシア良かった。目が覚めたんだね」


 弱弱しくかすれ声で、私を気遣うその言葉。

 もう……もう……!


「血を……血を飲んで下さい! だ、誰かの血を……!」


「……アリーシアはひどいなぁ。魔族の食事は体液と血。吸血は性行為を伴うんだよ? 分かっててボクに言ってるの?」


「キ…キスだけなら…」


「飢えたボクがそんなので我慢できる訳ないでしょ? 一度タガが外れたら、キスして唾液を飲んで、性器を舐めてすすって……」


「やめて!」


「そんな行為を他の女としろと、番の君がボクに言うんだ」


 ぽろりとアメジストの瞳から、涙がこぼれる。


「あぁぁ…どうして! どうして! 私が貴方に、血をあげられないの!?」



「……血なんかいいんだよ。でも、ただ、ただ君に触れたい……愛する君に触れられないのが一番辛い、悲しい……」


 ボロボロと涙をこぼす、レオンハルト様を見る私の口からこぼれるのは、異端者の言葉……




「どうして……私は聖女なの!?」


 この人の献身に、私はどうしたら答えられるんだろう。





「神聖力を女神に返したい?」


 突然の声かけにびっくりして、寝室の入口を振り返る。


「神聖力をなくす方法はあるんだ」


 そこにたたずみ言葉を発したのは、神官長様、第二王子カール様。


「アリーシアは熱心な女神信者だったし、聖女であることを誇りに思っていただろう? だから今まで伝えた事がなかったけど、神聖力を女神にお返しし、只人になる方法が実はあるんだ」


 ただ驚きに目を見張る私に、神官長様がためらいながら言葉を続ける。



「簡単な方法なんだよ。誰もしないだけで……アリーシアは神殿の女神像に朝夕祈りを捧げていたよね?」


「はい」


「あの像が神聖力の貯蔵庫なのは知っているよね?」


「……はい」


「聖女たちの祈りの力をあの像に貯めて、国内にある4つの地方神殿の女神像に送って、この国の災害を抑えているんだけど……

 聖女はね、毎日の祈りによって、少しずつ神聖力を女神像に貯めているんだけど。『もう全てお返しします!』って祈ったら、神聖力が全て女神像に吸収されて、すっからかんになって只人に戻れるんだ」


「……そんな簡単なことで?」


「うん。信じないのも無理ないけど、聖女って名誉職だし、只人に戻りたいなんて思う人なんてめったにいないでしょ? だから知られていないだけなんだ」


「そう…なんですか」


 私はレオンハルト様に、向き直る。




「もし私の神聖力が無くなって、ただの人間になったら血を飲んでくれますか?」


「……! もちろん! もちろんだよ! ずーっと死ぬまで、君の血だけが欲しい!!」

 レオンハルト様のその声は必死で、すがるような声音。



「いいの…かな??」


 遠慮がちに神官長がおっしゃる。


「はい。確かに私は女神信仰に厚い一族の子で、女神ソフィア様をお慕いしていますが、恥ずかしながら聖女になった動機は不純なんです。小さな子供の頃の戯言だと思って、聞いて頂きたいのですが……」


 私の心の奥底に仕舞っていた、大切な思い出の記憶をたどる。


「ほんの小さな頃、女神様にお会いしたことがあるんです」


 ゆっくりと記憶の花が、目の前で咲き誇る。


「それはそれは美しい女性で、何度もお尋ね頂き、遊んで頂いて、最後にこのペンダントを下さいました」


 首にかかる赤いペンダントを見せる。

 辛いことがあっても、このペンダントのおかげで乗り越えてこられた。

 私の心の拠り所だった。


「神殿に召喚された時も、もしかしたらその女神様にまたお会いできるんじゃないかと思って、聖女になったんです」


 私の告白に静まり返る室内。

 そこに蝋人形のように生気のないレオンハルト様が口をはさんできた。





「……それなら問題ないよ。小さい頃、君にそのペンダントをあげたのは、ボクなんだから」


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