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第44話 バーバラ SIDE 3 ~シェンロン~(下)

「ありえないでしょ! ありえないでしょうがっ!!」


 バーバラは怒りに顔をゆがませながら、平身低頭するハリソンを今度は容赦なく蹴りつけた。


「ぐ……っ」

 しかしハリソンはそれにも黙って耐えてみせる。


 ハリソンの思い描く人生に、バーバラはなくてはならない絶対必要なピースだった。

 蹴られようが(ののし)られようが、そんなことくらいで手放すわけにはいかなかった。


 むしろ自分に対するバーバラの関心の高さの裏返しと考えれば、蹴られて嬉しいまであった。


「私は神龍国家シェンロンを実質支配する4大貴族ブラスター家の一人娘なのよ!」


 しかしそんな風にハリソンが耐え忍ぶのをいいことに、バーバラはここずっと溜まっていたうっぷんをこれでもかとぶつけていく。


「100万人に1人の『神龍の巫女』で! 誰よりも豪奢(ごうしゃ)で贅沢に着飾って! 足の爪の先までお金をかけて、毎日それはもう丹念にお手入れしているこの私がっ!」


 そうなのだ、バーバラは栄光の人生を約束された選良の民なのだ。

 誰もがうらやむ最強の勝ち組なのだ。

 そのはずなのだ。


「なのにあんなどこの馬の骨とも知れない、孤児院出身のうす汚い庶民に負けただなんて……っ!」


 しかもなにがバーバラを苛立たせるかというと、クレアがこれから王族の一員となることだった。

 つまりこの先パーティや舞踏会で会おうものなら、バーバラの方からへりくだって頭を下げないといけないのだ。


 ほんの一月前、肩を落としてとぼとぼ王宮を出てった庶民に、バーバラ・ブラスターがこれからは頭を下げないといけないのだ!


「この私が! シェンロン4大貴族ブラスター家の一人娘であるバーバラ・ブラスターが! 親の顔も知らないメスザルごときに負けたって言うの!?」


 怒りのままにバーバラは、ハリソンを何度も何度も蹴りつける。


「ど、どうやったのかは知らないが、バーバラが気に病む必要はないさ。こんなのはただのマグレだ。バーバラ、君が負けたわけじゃあない」


 ハリソンは蹴られに蹴られてもなお、健気にバーバラを褒めたたえる。

 ここまで尽くすとなると、確かにこれは「愛」と言えなくもないのかも……しれなかった。


「なにを呑気なことを言ってるのよ! 状況を分かってるの!? このままじゃ私たちは国家反逆罪で死刑なのよ!?」


「それは……もちろん分かっているさ……」


 それもこれも、元はといえばバーバラが『神龍の巫女』は自分一人で十分だなどと、調子のいいことばかり言っていたせいなのだが――今さらそれを言っても始まらない。


 ハリソンはどうしようもない程にバーバラの共犯者なのだから。


 今さら言い逃れなどできようはずもなかった。


「私たちはなにがなんでもクレアを連れてこないといけないのよ! あんただって分かってるでしょ! だったら札束を積んででも拉致してでも、とっととクレアを連れてきなさいよ!」


 簡単に言ってくれるな――とハリソンは思う。

 相手はもう何でも言うことを聞いていた庶民ではなく、いと尊き王族の一員なのだ。


 そんな相手を拉致することがどれほど大変なことか、バーバラは分かっているのだろうか?

 下手をすれば外交問題になって、シェンロンとブリスタニアで戦争になる可能性まであるのだ。


 笑えない冗談だ。


 だがしかし――。

 それと同時に、もはやその方法しかないとハリソンは腹をくくってもいた。


「毒を食らわば皿まで、か……いいだろう、俺も腹をくくろう。特務部隊に1人、金で言うことを聞かせられる工作員がいる。そいつに頼む」


「ちょ、ちょっと! 特務部隊って王家直属の、スパイとか秘密工作とかするヤバイところでしょ!? 言っとくけど殺したら意味ないのよ、分かってんでしょうね!?」


「分かっているとも。それは絶対に守らせる、絶対の絶対にだ。俺だって死罪にはなりたくないからな」


 そうだ、俺はこんなところで終わるような人間じゃない。

 俺は将来この国を支配するべく生まれた、選ばれしエリートなのだから――!


 ハリソンは覚悟を決めた。


「なら、あんたに任せるわ。でも今度はしくじらないでよね。もういい加減、大臣たちを誤魔化すのも限界なんだから」


「分かっているさ。すぐにその工作員をブリスタニア王国に送り込んで、クレアを連れ帰ってみせよう」


 バーバラとハリソンはお互いに目を見あって、こくんとうなずき合った。


 2人にはもう後がない。

 事態を打開できなければ国家反逆罪で死ぬだけなのだ。


 だったらもう多少強引だろうが、外交問題に発展する可能性があろうが、危険な賭けにうって出るしかないのだった――。


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