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第8話 報酬

 風呂から出ると2人ともベッドに入っていた。


 話し合いは終わったみたいである。何の話し合いが持たれたのか聞いてみたいが聞ける雰囲気じゃない。


 僕はソファーで寝ようとして『箱』スキルから毛布を取り出す。


「ダメよ。3人一緒に寝ましょう。真ん中に入って! ・・・どうして毛布を持ち込もうとするのよ。シンは堂々と私たち2人を抱いて寝ればいいのよ。」


 寝る位置関係を相談していたらしく。『ユウ』は笑顔で迎え入れてくれる。しかも、2人とも裸だった。


 窮屈だがキングサイズのベッドからはみ出るほどでは無いみたいだ。その代わりピッタリと身体を寄せてくる。


 僕は身体に入っていた力を緩める。これで反応しなきゃ男じゃない。理性だけは手放さずに好きにさせることにする。


 ジッと目を閉じている。いつもなら10分も経てば熟睡するところだが30分経っても寝られない。


「ここまで熟睡すれば大丈夫ね。」


 いや大丈夫じゃないです。嫌な予感が警笛を鳴らしている。


「こんなことをしても大丈夫なんですか?」


 そう言いながら『ユウ』が僕の身体を触ってくる。


「大丈夫よ。貴方も元男なら好きな人の身体を触りたいと思うでしょ。」


「うん。そうね。」


 『ユウ』は演技ではなく僕のことを好きらしい。瑤子さんに告白させられたんだろう。


 キスや身体を触ってくるのはいいが。それ以上はダメだ。『ユウ』がのし掛かろうとする所で逆に抱き締める。これならエッチは出来まい。


「2人して変なことを企むなよ。」


「何よ。起きていたの? そのまま寝た振りをしていれば美味しい思いが出来たでしょうに。」


 一方的にエッチされるのが美味しい思いとはどういう理屈なんだか。


「何故、こんなことをするんだよ瑤子。別れたいのなら、そう言ってくれ。」


 嫌いになったとか面倒になったとかで他の女を斡旋するというのは良く聞く話だが、ニューハーフを斡旋してどうする。


「そんなことは言って無いわ。報酬の前渡し。」


 瑤子さんに僕とエッチする権利を上げた覚えは無いんだけど。


「何の報酬だよ。」


「絶対言わなきゃダメ? ・・・芸能界でシンに寄ってくる女を排除して貰うのよ。」


 瑤子さんは視線を逸らす、急に小心者の振りをするなよ。


「僕が浮気するというのか。有り得ないぞ。」


 そもそも芸能界の女性たちが元プロ野球選手とはいえ、年収1億円にも満たない男に寄ってくるはずが無い。


「貴方は自分をわかって無い。女優は嘘泣きが得意なのよ。」


 何がわかって無いというのだろう。わかってないのは瑤子さんだろうが。


「それぐらいわかるよ。本当に泣いているときは体臭が変わってくるからな。」


 『超感覚』スキルの嗅覚が反応する。分泌される汗の臭いを嗅ぎ取っているらしい。


 始終、嘘泣きをする瑤子さん相手じゃ騙された振りをしておくのが面倒がなくていいんだよね。


「女優は化粧が得意なのよ。」


 女優だからって化粧が得意というわけでもない。メイクさんのスーパーテクニックがあってのこそだ。それに芸能界で美人と呼ばれている女性たちは元の作りが良くて素顔の方が綺麗だ。


「それぐらいわかるよ。瑤子さんの今の年齢をズバリ言ってみようか。」


 この間、とうとう大台に乗ったんだよな。『鑑定』スキルの前では、どんな女性でも年齢を偽れない。渚佑子さんは偽装できるらしいけど。ズルイよな。


 瑤子さんが目を剥いて嫌がる。そんなに隠していたいものなのだろうか。僕は年齢など気にしないと常々言っているのだけど。


「女優は演技が得意なのよ。危ない目にあっている女を放っておける?」


 演技が得意でも演出まで得意ということはないんだけどな。その点、『西九条れいな』は『ヤラセ』じゃなく危ない目に遭うから困るんだよな。


「いや。いつも瑤子さんを放っておいてるよね。関係ない女を助けるほど、お人好しじゃないよ。」


 街中で綺麗な瑤子さんを連れて歩いていると時々、変な男たちに絡まれることがあるのだ。本気を出せば僕の方が強いと思うが、大抵は警察手帳を見せて終わってしまうのにわざわざ助けるとか面倒なことはしたくない。


「お色気タレントが寄ってきたらどうするのよ。」


 若い女性タレントが狙うのは有名男性タレントか年収数億円の一般人だ。映画の振り付けの仕事で何度か言い寄られたことはあるが僕に寄ってくるのは賞味期限切れの女性タレントだ。


「1キロメートル先からでもフェロモンやアドレナリン出している女はわかるぜ。近寄らないよ。」


 一度会えば『超感覚』スキルの嗅覚で大抵の人間は体臭で判別できる。人間は食べ物で体臭が変わってきたりするから、せいぜい1ヵ月以内だけどな。


「『西九条れいな』が寄ってきたら、どうするのよ。」


 最後の最後に切り札を出してきやがった。


「それは困るな。今日も濡れ場志願してきたからな。あれは焦った。」


 あの女が和重さんを説得してズギヤマ監督を丸め込んだら、お手上げだ。


「それ、ご覧なさい。貴方には『ユウ』が必要なのよ。」


「それなら瑤子さんは要らないんじゃないか。『ユウ』ひとりで十分だよね。」


 報酬がエッチならばなおさらだ。


「・・・・・・。」


「冗談だよ。本気で泣くなよ。そう言うわけだ。『ユウ』少し付き合ってくれ。『西九条れいな』とエッチしなくていいようにガードしてくれ。今後、映画俳優としてオファーがあったら共演者に指名しておくよ。」


 涙がポロポロと零れ落ちる。嘘泣きじゃない。そこまでショックなことを言った思えは無いんだけど、瑤子さんのほうが余程酷いことを言っているよな。


 どうしてもやらなくてはならない俳優の仕事がそうそう来るとは思えないけど。『ユウ』も俳優の仕事のほうが報酬としても納得できるだろう。


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