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第6話 濡れ場シーン

 僕も裸になった。彼女たちの品定めをするような視線が痛い。だが僕もプロ野球選手時代から体形を崩していない。自信を持って全てを曝け出せる。


 溜息が出て来た。どういう意味だろうか。


 ダンサーや俳優たちのしなやかな身体とは違い、スポーツ選手特有のゴツゴツとした身体のラインだけは如何ともし難いがそこは目を瞑って貰うしかない。


 とりあえず『一条裕也』と2人きりになりたいと言って『西九条れいな』に出て行って貰った。


 それでも映像は外で見れるはずだから、しばらくは音声は切っておくことにする。


「代役を引き受けてくれてありがとう。」


 まずは御礼を言っておくべきだよな。彼女がこの場に来るのは非常に勇気が必要だったろう。


「えっ。知っていたんですか?」


「ああ、僕が和重さんに依頼した。」


「何で私だったんですか?」


 僕が彼女を選んだと思っているようだ。まあこれから気持ちを持って行く上ではそちらの方が都合が良い。あえて否定する必要は無いだろう。


「そうだなあ。とても女らしい。いや違う。常に女性らしくあろうとするところに惹かれたんだ。」


 そうか。『西九条れいな』の女性らしくあろうとしないところが嫌いなんだな僕は。


「オカマだもん。そうしないと見えないから。」


 元男であることが未だにコンプレックスになっているようだ。珍しいタイプかもしれない。


 僕は荻尚子の代理としてニューハーフのお店のダンスの振り付けも行なったことがある。何度か通っているうちに性転換前と性転換後のニューハーフさんたちは大きく違うことに気付いた。


 性転換後大抵の場合、ニューハーフさんたちは女性であろうとしないのである。それまでの努力して女性に見せようとするところが無くなる。化粧や衣装もあるのだろうが外見が完璧に女性に見える分、そのことに胡座をかいてしまうのかもしれない。


「そんなことは無いよ。でも僕としては、そのままでいて欲しいかな。」


 僕がそう言うとうっすらと頬を染める。可愛い人だ。『西九条れいな』では有り得ない反応だ。あの女なら拳が飛んでくるに違いない。


「なんだか。くすぐったいわ。でも嬉しい。そんな風に言ってくれる男の人は居なかった。私は私のままで居ていいのね。でも志保の代役なの。今回初めて志保の演技を間近で見たけど、あんなに凄いとは思わなかった。」


 彼女の笑顔が少しだけ曇る。『西九条れいな』の存在がプレッシャーになっているようだ。俳優さんなんだな。僕の弟役としての演技も素晴らしかったのに、さらに上を目指そうということらしい。


「大丈夫だよ。少なくとも僕は『西九条れいな』よりも『ユウ』のほうがずっとずーっと好きだ。これで君も僕のことを好きになってくれれば、心の通った演技が出来るさ。」


 僕は彼女の頭に手を持って行き、頑張って微笑みかける。その甲斐あって優しく唇を重ねてくれる。ここからが本番らしい。僕は音声のスイッチを元に戻すと、そのまま彼女を抱き上げる。


 身長は175センチくらいだろうか。1台のカメラに背を向けて出来るだけ背の高さが解らないように抱き抱える。軽々と持ち上げているかのように装う。この時ばかりは身体を鍛えていて本当に良かったと思った。


 後は常にカメラを意識した演技を続けていく。彼女もそれが徐々にわかってきたようで顔の一部分が僕の身体に遮られている体勢を意識しているようだ。


 そう言えば、前バリを付けて無かった。まあ彼女なら、身体が反応しても構わない。意地の悪い視線を向けられても笑いあえる。


 いや既に臨戦態勢が整っている。カメラを意識して写らないように腕の位置を変えてくれている。


 後は『西九条れいな』のコピー演技をゆっくりと始める。あんなに早急なはずが無い。相手は処女の社長令嬢なのだ。


 目の前の大切な女性を粗雑に扱うはずが無いんだ。


「綺麗だ。とても綺麗だ。」


 彼女をベッドに横たえると、ゆっくりと身体を重ねていく。凄い。その瞬間、酷く驚いた表情を浮かべる。『ユウ』は女優さんなんだ。


 僕は彼女と真正面に向き合う。勝手に言葉がすべり出した。その言葉に彼女を頬がうっすらと色づく。もう演技でも何でもかまわない。


 そこでふと女性とこんなふうに向き合って抱き合っていることが初めてだと気付いた。


 僕の場合、圧倒的に女性が主導権を握っている。瑤子さんなんか知らない間に肉体関係になっていた。朝チュンどころじゃない奪われている。


 『ユウ』の身体の1つ1つに優しく触れていくと相手も優しく触ってくれる。たったこれだけのことなのに愛情が沸々と湧いてくるのが解る。


     ☆


 演技も佳境に差し掛かる。もちろん身体を重ねあっているのだから欲望も湧く。それを理性で抑え付けつつも衝動に身を任せるかのような演技をしなければいけない。世の中の俳優は皆こんな地獄を味わうのか。大変な仕事だ。


 初めての濡れ場の相手が『ユウ』で良かった。


 そう思えるだけのサポートがあった。果てる演技の後、お互いに微笑みあい健闘を称えあったのは一生の宝物かもしれない。


     ☆


「嫌です。絶対に嫌です。お断りします。逃げていいですか。逃げますよ。」


 『西九条れいな』が濡れ場をやりたいと言い出した。当然、拒絶する。『ユウ』の素晴らしい演技を見たからなのか。それとも他に感情があるのかはわからないがその感情を『ユウ』が引き出したことは確かだった。


「こんな良い女が言っているのよ。受けなさいよ。」


 上から目線だなあ。まあこれから僕の肩越しの彼女のアップを何シーンか撮らなきゃならないことを考えたら嫌になっただけかもしれないけど。


「本気で逃げますよ。」


 そう言うと『ユウ』が嬉しそうにする。やはり『西九条れいな』に対するコンプレックスがあるようだ。こういったことには比較的聡い女のはずだが、身近な人間過ぎて気付いていないのかもしれないな。


 『ユウ』相手に濡れ場を演じてから、余計に拒絶反応が酷くなってきた気がする。こちらこそ『ユウ』相手で他のシーンを全て撮り直したくなってきた。


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