5月 修学旅行 3 探しもの
清水寺
榊京子
瑠璃は金毘羅宮から次の目的地へ向かうようだった。
昨日に続いて、今日も観光客で溢れ返っている。
修学旅行生。
外国人観光客。
着物姿の観光客。
人の流れは途切れることがない。
瑠璃はお守りを探していた。
昨日立ち寄った土産物店を見つけるたびに立ち止まり、
「すみません。昨日、この辺でお守りの落とし物はありませんでしたか?」
そう尋ねて回る。
店員は首を横に振る。
次の店。
また次の店。
それでも結果は同じだった。
やがて清水寺へ到着する。
瑠璃は昨日と同じように境内を一通り周り、授与所で確認する。
「落とし物のお守りですか?」
「はい」
「申し訳ありません。届いていませんね」
瑠璃は小さく頭を下げた。
「そうですか……」
肩が少し落ちる。
見ている京子まで胸が痛くなる。
瑠璃は本気だった。
本当に探している。
自分が持っていると声をかければ終わるのに、その勇気が出ない。
その時だった。
一人の小さな女の子が歩いている。
金髪。
赤い上着。
外国人の小学生ぐらいの女の子。
周囲を不安そうに見回していた。
迷子・・・だと思う。
けれど。
誰も足を止めない。
観光客で溢れる清水坂。
小さな外国人観光客が一人で歩いていても、
それだけでは迷子だとは気づきにくい。
まして、泣いているわけでもない。
だが。
瑠璃だけは足を止めた。
女の子の前にしゃがみ込む。
"Hi. Are you okay?"
(だいじょうぶ?)
女の子が顔を上げる。
"Are you lost?"
(迷子になっちゃったの?)
その瞬間。
女の子の瞳に涙が溜まった。
"Mom..."
(お母さん・・・)
小さく呟いたかと思うと、堰を切ったように泣き出した。
"It's okay. Don't worry."
(大丈夫よ。心配しないで)
瑠璃は困ったように眉を下げると、少女と目線を合わせたまま、そっと背中をさすった。
"What's your name?"
(あなたのお名前は?)
"I'm Sherry..."
(シェリー)
"Nice to meet you, Sherry. I'm Ruri."
(はじめまして、シェリー。私は瑠璃)
そして瑠璃は優しく手を差し出した。
ーーーーーー
京子もすぐに理解した。
(迷子だ)
親も必死に探しているはずだ。
観光客とは違う動きをしている人間がいるはず。
京子は踵を返した。
女の子が来た方角。
清水坂を下る。
観光客はみんなゆっくり歩いている。
店を眺め。
写真を撮り。
景色を楽しんでいる。
だが一人だけ。
忙しなく辺りを見回しながら歩く外国人の女性がいた。
左右を見て。
スマホで誰かと話しながら。
明らかに何かを探している。
(あの人だと思う)
(でも違ったら・・・)
見ず知らずの外国人に話しかける勇気がでてこない。
(でも・・・)
その外国人女性が瑠璃たちのいる方向とは逆へ歩き出す。
(違う!そっちじゃない!)
(考えろ!考えろ!)
(これなら・・・私・・・)
京子はスマホを耳に当てる。
電話しているふり。
そして偶然を装いながら、そのすぐ横を通り過ぎた。
"Hmm... I saw a little girl in a red jacket walking alone near the top of the hill a few minutes ago. Maybe she was lost. I probably should've said something."
(あぁ。さっき赤いジャケットを着た小さな女の子が一人で歩いていたのよ。たぶん迷子じゃないかしら。なにかしてあげれば良かったなぁ)
電話の向こうの友達に話しているふりをする。
すると。
「Excuse me! Did you see my daughter?」
(すみません。私の娘を見たの?)
女性が京子に話しかけてくる
京子は驚いたふりをする。
「Yeah, I think so. She was up that way.」
(はい、その子ならこの坂の上を歩いていました)
坂の上を指差す。
「Thank you so much!」
(ありがとう)
「No problem. I hope you find her.」
(どういたしまして。見つかるといいわね)
女性は慌てて駆け出していった。
女性は慌てて坂を駆け上がっていった。
京子は大きく息を吐いた。
まだ胸がどきどきしている。
自分がこんなことをできるなんて思わなかった。
見ず知らずの外国人相手に。
英語まで使って。
それなのに。
瑠璃さんには。
『そのお守り、私が持っています』
その一言だけが、どうしても言えない。
「・・・私、何やってるんだろ」
自分でも情けなくなる。
その時、坂の上から微かに声が聞こえた。
「SHERRY!」
先ほどの女性だった。
京子は顔を上げる。
女性は瑠璃たちの方へ走っている。
本当に母親だった。
「・・・よかった」
胸を撫で下ろす。
そして、京子も歩き出した。
瑠璃さんがお守りを探している。
その事実から逃げることはできない。
まだ、お守りを返す勇気が出ない。
それでも。
せめて今は、瑠璃さんのところへ戻ろう。
京子は少しだけ足を速めた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
一条瑠璃
泣きじゃくるシェリーに、瑠璃は優しく言う。
"Don't worry. I'm sure your mom is looking for you right now. Let's go find her together, okay?"
(心配しないで。あなたのお母さんもきっとあなたを探してる。一緒にお母さんを探しにいきましょう)
シェリーは涙を拭いた。
そして小さく頷く。
瑠璃はその手を握った。
「行きましょう」
二人で坂を下り始める。
そして、
数分も経たないうちだった。
「SHERRY!!」
女性の叫び声。
シェリーが顔を上げる。
「Mom!!」
シェリーが瑠璃の手を離して駆け出した。
母親も走ってくる。
二人はそのまま抱き合った。
シェリーは母親の胸に顔を埋め、また泣き出した。
その姿を見て。
瑠璃は、ほっと息を吐いた。
よかった。
本当によかった。
「Thank you! Thank you so much!」
(ありがとう!本当にありがとう!)
母親が何度も瑠璃に頭を下げる。
「No, it's okay. I'm just glad she's safe.」
(どういたしまして。よかったです)
瑠璃は笑って首を振った。
母親はまだ興奮している様子でスマートフォンを取り出した。
どうやら、別の場所を探している家族へ連絡しているらしい。
父親。
そして祖母。
それぞれ手分けしてシェリーを探していたようだった。
やがて二人もこちらへ駆けつけてきた。
「Sherry!」
家族がシェリーを囲む。
何度も抱き締められるシェリーを見て、瑠璃は小さく微笑んだ。
これでもう大丈夫。
「Thank you so much.」
(本当にありがとう)
「You saved her!」
(あなたは娘の恩人ね)
今度は家族総出でお礼を言われる。
「いえ、そんな……」
言ってから、英語ではなかったことに気づいた。
だが、笑顔で首を振れば意味は伝わったらしい。
「本当に良かったですね」
瑠璃は小さく頭を下げる。
そろそろ行かなければ。
随分時間を使ってしまった。
まだ、お守りは見つかっていない。
「それじゃあ、私は……」
その場を離れようとした。
その時だった。
「Please wait!」
(待って!)
「え?」
母親に呼び止められた。
振り返る。
母親は夫と顔を見合わせると、何やら早口で相談し始めた。
「・・・?」
何の話だろう。
やがて母親がスマートフォンを取り出した。
そして、どこかへ電話を掛ける。
瑠璃には英語のすべてまでは聞き取れなかった。
ただ。
“reservation”
“change”
“two people”
そんな単語だけが耳に入ってくる。
予約?
変更?
二人?
「・・・?」
やがて通話を終えた母親が、満面の笑顔で戻ってきた。
「Good news!」
(良い知らせよ)
「・・・?」
スマートフォンの画面を見せられる。
そこに映っていたのは。
華やかな着物に身を包んだ、舞妓姿の女性だった。
「・・・え?」
そして。
シェリーが瑠璃の手を握った。
「Ruri! Let's do it together!」
(瑠璃!一緒にやろう!)
「え?」
今度はシェリーを見る。
期待いっぱいの顔でこちらを見上げていた。
どうやら。
この後、母親とシェリーの二人で舞妓体験をする予定だったらしい。
先ほどの電話は、母親の予約を瑠璃に変更できないか確認していたのだ。
そして返事は。
どうやら、問題なし。
「いや、でも私……」
「Please!」
(お願い!)
シェリーが今度は両手で瑠璃の手を握った。
「Together!」
(一緒にやろう!)
「・・・」
断れなかった。
断れるはずがなかった。
「Okay, but only for a little while, okay?」
(少しだけですよ?)
「Yay!!」
シェリーが飛び跳ねた。
母親も嬉しそうに笑っている。
お守りを探すための貴重な時間が、確実に失われていく。
それでも。
目の前の笑顔には、それだけの時間を使う価値があるような気がした。
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榊京子
それから、ずいぶん時間が経った。
ようやく2人が清水坂に登場した。
京子は言葉を失った。
舞妓姿のシェリー。
舞妓姿の瑠璃。
シェリーは舞妓姿になっても、元の面影をしっかり残していた。
大きな瞳。
髪には、花をあしらった華やかな簪。
小さな身体には少し大げさにも見える着物姿が、逆に愛らしい。
(……かわいい)
京子も思わず頬を緩めた。
一方、
瑠璃も負けていなかった。
いや。
むしろ目立っていた。
観光客たちが次々と集まる。
「Beautiful!」
「Amazing!」
「Can I take a picture?」
「Can we take a photo with you?」
外国人観光客。
日本人観光客。
みんな写真を撮っている。
事情を知らなければ、本物の舞妓と見間違えてしまいそうだった。
京子はしばらく見とれていた。
そして。
気付けば。
スマホを向けていた。
カシャ。
画面の中。
笑顔のシェリー。
少し困ったように笑う瑠璃。
綺麗に撮れていた。
「・・・あ」
撮ってから、自分でも驚いた。
勝手に撮ってしまった。
消した方がいい。
そう思った。
けれど。
画面の中で、シェリーと瑠璃が並んで笑っている。
「・・・」
結局。
京子は消去ボタンを押せなかった。
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瑠璃
散策プランだったはずだった。
しかし現実は違った。
歩いても。
いや、歩こうとしても。
写真。
写真。
写真。
「Excuse me!」
「One more!」
「Please!」
気付けば完全な撮影会になっていた。
散策コースを1周するどころではない。10メートルも動いていなかった。
予定時間を全部使い果たしていた。
アテンドの店員も苦笑していた。
「申し訳ありません・・・」
「いえ・・・」
店へ戻る。
シェリーとお別れの時間がきてしまった。
シェリーは最後まで手を振っていた。
「Bye-bye, Ruri!」
瑠璃も笑顔で手を振り返した。
だが。
気付けばかなり時間を使ってしまった。
「急がないと」
瑠璃は再び歩き出した。
昨日の班行動のルート。
その続きを辿る。
二年坂。
円山公園。
八坂神社。
立ち寄った店に聞き込みを続ける。
だが。
手掛かりはない。
一つも。
残された場所はあと一つ。
先斗町通り。
瑠璃は足を速めた。
その後ろを。
京子も静かに追いかけていた。




