第九話 隠すということ——マル
洞穴食堂は相席が当たり前だった。どうしようもない犯罪者か、雑魚能力の稀人と一緒に食事を摂るのが日常茶飯事だった。
「やっと、来れたな」
私のテーブルに案内されたのは、歳が近そうな女と、父親くらい歳の離れた顔が傷だらけの男だった。
座るとすぐに、女の方が私に話しかけて来た。
「あんた、常連?」
「そうだけど」
「ウチ、南区の人間なんだけど、ここのギョーザが最高だって聞いてさ」
なんで当たり前のように世間話をしてくるんだ、と思った。
男の方は、腰に刀を差している。物騒な連中だ。
「やっと、来れた」
さっきと同じことを言って、満面の笑みを浮かべる女。まるで悩みなんかないみたいだ。
「非礼を詫びます。彼女はリリー。私はテルと申します」
ヒレイヲワビマス——生まれて初めて聞いた言葉だったけど、謝られていることだけはなんとなく分かった。
「あんたの名前は?」
「……マル」
「マル。よろしく」
言って、女——リリーが微笑んだ。
「お待たせしました」
ミケが運んできた二人前のギョーザをテーブルに置くと、前からボロボロだったリストバンドが切れて、腕時計が床に落ちた。
「し、失礼しました」
拾い上げた腕時計をエプロンのポケットに入れてミケは厨房に戻って行った。確か、もうすぐ誕生だったな。替えのリストバンドをプレゼントしようかな。
「なんか、おっちょこちょいで可愛いね。あの子とは仲がいいの?」
「常連だからな」
「そうか」
訊いておきながら興味なさげにリリーがギョーザを頬張った。
「ウマッ! テル、食ってみろ」
口をハフハフさせながら言うリリーに従って、テルがギョーザを食べた。
「……噂で聞いていた以上の美味しさですね」
テルは感心したように言って、油が付いた口元をハンカチで拭った。
こんな上品な男が東区以外のエリアにいるのか、と思った。
「料理を運んできた子、なんて名前?」
二個目のギョーザを頬張りながら、リリーが訊いてきた。
「ミケ」
「ミケ、か。あの子は監獄二世?」
「三年前に監獄街に送られて来たって聞いた」
「犯罪者には見えないから稀人か。あんたは監獄二世?」
三個目のギョーザを頬張りながらリリーが言った。
「ちがう」
「監獄二世で稀人なんてレアすぎるよな。あんたは稀人だから、監獄二世じゃない」
何を言っているのか理解できなかった。いま私は能力を使ってない。
「ウチも稀人なんだ。能力者が分かる能力」
言って、リリーが四つ目のギョーザを口に入れる。
「ウチらは『幸福商会』だ。知ってる?」
聞いたことがある。南区を仕切るディバロの対抗組織として突如として現れた組織。
「……聞いたことはある。西区になんの用?」
「ウチらは、ピアスマンとドロウイングと呼ばれている二人の殺人鬼を探している」
「捜してどうするつもり?」
「ボスが仲間にしたがってる。ピアスマンもドロウイングも、人を殺せるくらい強い稀人だ。捕まって監獄街に送られてきた稀人は雑魚能力ばかりだから、ウチのボスは『監獄二世の稀人』が犯人だと思ってる。ウチは、そんなのが存在するとは思えないけどな」
とっくに世間話じゃなくなっていた。
「……なにが言いたいの?」
振り絞って訊くと、リリーは五個目のギョーザを頬張って、
「ウチは、能力者から歌声が聞こえる能力なんだ。稀人からは『ラ・ラ・ラ』ってきれいな声が聞こえる。調弦官からは『ザ・ザ・ザ』ってノイズが聞こえる」
と、自分の能力を説明しはじめた。
「もうひとつ、ウチは能力の強さが分かる」
最後のギョーザを頬張って、リリーが言う。
「能力が強い奴からは、大きな歌声が聞こえる」
言って、リリーが私の目をまっすぐに見つめてきた。
「あんたから、今まで聞いたことがない大きな『ラ・ラ・ラ』が聞こえてくる」
テルの皿から奪った七個目のギョーザを頬張ってリリーが言う。
「……分からないな。私の能力は『加湿』、湿気を出して加湿するだけの能力。ミケの能力は『調味』、皿越しに料理のおいしさを引き上げるだけの能力」
「ああ、だからここのギョーザはこんなに美味しいのか! いい能力だな」
わざとらしく言って、リリーが目を輝かせた。
「私もミケも弱い能力しか使えない」
「警戒するなよ、マル。ウチらは強い能力者をスカウトしに来ただけだ。あんたがピアスマン? それともドロウイングのほう?」
幸福商会は危険だ、と思った。
「……私の能力は『加湿』、嘘じゃない」
「本当に?」
動揺を隠すためにギョーザを頬張る。
とその時、洞穴食堂の入り口ドアが勢いよく開いて武装した一般兵が入ってきた。
「稀人、前に出ろ」
なんだ?
稀人たちが手を上げて前に出る。中央に立つ大柄な女がボスだろうか? 隣の、右ほおが腫れあがる男が手元のファイルで照合していく。稀人の情報は軍に管理されている。
私はちがう。監獄二世の稀人は軍に把握されていないし、そもそも私以外に存在するのかも分からない。このまま黙っていれば、やり過ごせる。
「軍とはいえ、横暴が過ぎるな」
テーブルを立ったテルが刀の柄に手をかける。
「獄長はこの横暴を知っているのか? 令状は?」
「その距離でなにができる?」
大柄な女が動じずに訊き返す。
「まだ何もしない。これは正当な捜査かと聞いている」
「答える義理はない」
女が答え終わると、テルは刀を抜いて素早く四回なにもない空間を斬った。ゴトトという音がした方を見ると、兵士が構えていた機関銃が二つに割れて床に転がっていた。
「私の斬撃は飛ぶ」
「面白い能力だ」
店内が異様な緊張に包まれていた。
「では、私の能力も見せてやろう」
ゆっくりとした動きで、大柄な女はテルを指さした。
「動くな!」
「ぐっ!」
刀を構えたテルの動きがピタリと止まった。
「私の能力は『拘束』、指差して命令した対象者の動きを封じることができる」
右ほおが腫れあがる男が手錠を手にテルに近づく。
「勇み足だったな」
男がグヘヘと笑った瞬間、座っていたリリーがアクロバティックな動きで男の左ほおに回し蹴りを入れ、
「ぐええ」
汚い声を上げて男が吹き飛んだ。
「動くな!」
大柄な女の命令で、リリーの動きも止まった。
「同時に止められるのはふたり。残念だったな」
テルとリリーは手錠をかけられ、ミケを含む他の稀人たちと一緒に護送車に連行された。
「さて——」
——店内を見回す大柄な女と目が合う。
「奴らと同じテーブルだったが、仲間か?」
「ちがう。相席してただけ」
「そうか」
納得したのか、大柄な女は小さく頷いた。
「それで、お前は稀人か」
否定はできる。上手くいけば、やり過ごせるかもしれない。
でも、ミケ。
ミケのことは放っておけない。




