第十話 バレるということ——ミケ
この国でも比較的治安のいい第三都市で私は生まれた。
両親は「満腹亭」という食堂を経営する平凡な無能力者で、街も平凡だった。
物心ついたとき、私は本能で「美味しい料理をみんなに食べてもらいたい」と思った。
食べるのは幸せ。美味しかったら、もっと幸せ。
「お待たせしました、ギョーザです」
両親の手伝いで、私は食堂の接客係をしていた。
私が接客をするようになってから、店は繁盛店になっていった。
お父さんとお母さんのため、それにこの街のみんなのため、私は能力を使い続けた。
私が稀人として捕まったのは、私の十七の誕生日だった。
店に現れた中級調弦官の後ろにいたノノミヤが、私を指さしたから。
ケーキに刺さったろうそくの火を消す暇もなく、私は監獄街に送られた。
臭くて汚い街だった。
稀人だとバレただけで、私はこの街にいる。十六歳の誕生日のときにもらった腕時計だけが、大切な家族との思い出だった。
捕まるずっと前、学校の授業で稀人は監獄街に送られることを学んだ。弱い稀人は監獄街。強い稀人は王撰兵。どっちも私には関係ないと思っていた。料理をちょっとだけ美味しくする能力なんて、バレるわけないと思っていたから。
私を告発したのは「味覚」の能力を持つ下級調弦官のノノミヤ・ノムラだった。食べた物のおいしさを具体的に分析することが出来る能力。下級調弦官として第三都市に配属された彼は、私が運んできた料理と、私が運ばなかった料理の味の違いに気づいていた。
黙っていればいいのに、ノノミヤは告発した。
「僕は下級調弦官だけど、チャンスがあれば昇進したいんだ」
ノノミヤはよくそう言っていた。
「がんばって」
純粋にノノミヤのことを応援していた。私の初恋の人だったから。
監獄街に放りこまれた日、私はノラに出会った。
「家へ来い」
絶望していた私は、半年間、ノラと一緒に暮らした。
「なんで私を拾ってくれたの?」
洞穴食堂に雇われることが決まり、ノラの家を出ていく日に訊いた。
半年間、ノラは私に手を出さなかった。
「なんでかな。俺にも分からない」
ノラのことが好きだと思った。私はこの街の男から向けられるイヤな視線に気づかないほどバカな女じゃない。ノノミヤにさえあった視線を、ノラから感じたことはなかった。出会ってからずっと、ただただ私のことを心配してくれた。
「私ね、ノラが好きなんだと思う」
常連のマルと一緒に飲んでいるとき、思い切って言った。マルなら恋バナができる。
「悪くないかもね」
男嫌いのマルが言ってくれた。嬉しかった。
「どんなところが好きなの?」
訊かれて、本音を言うのが照れくさくて、
「ノラの鼻が好き。横を向いた時のノラの鼻の高さが好き」
と、嘘じゃない嘘をついた。
ノラの顔も好きだったから、これは嘘じゃない。
「マルは好きな男の人はいないの?」
「……男は好きじゃない」
マルはまだ男の子を好きになれない子なんだなって思った。マルはとってもいい子だ。普通に男の人を好きになって、普通に幸せになってほしい。
ノラだけじゃなく、マルにも幸せになってほしい。
「貴様らの中に、黒いネズミ、ピアスマン、ドロウイングがいる」
コロシアムへ強制連行された稀人たちに大柄な女が言った。コロシアムは街が五十年前に捨てられる際に、軍の管理下に置かれた場所だと聞いたことがある。
「名乗り出ないなら、皆殺しにする」
頭のおかしい人だと思った。
西区に送られた稀人の数はわからないけど、ざっと見て、ここに三十人はいる。
「大丈夫、私が守ってあげる」
一緒に連れられてきたマルが手をつないできた。
とても安心した。
「黒いネズミ、ピアスマン、ドロウイング。さっさと名乗りを上げろ」
言って、ミルザが適当な男を指さした。
「動くな」
言葉に呼応して男が硬直した。目覚まし時計が鳴る前に起きられるだけの稀人だった。
「改めて言う。私の能力は『拘束』、指を差した相手が動けなくなる能力だ」
調弦官が「拘束」したままの男の額に拳銃の銃口を当てた。
「稀人の能力情報は軍が管理している。この男の能力も把握済みだ。監獄街に移送される稀人にひとを殺めるほどの能力者はいない。つまり本当の能力を隠している者がいる」
女の言葉に、稀人たちがざわつき始めた。
「名乗り出なければ、この男を殺す。名乗り出るまで何人でも殺す」
名乗り出るひとはいなかった。
「十秒だけ待つ。一、二、三——」
なんで稀人っていうだけで、こんな目にあわなきゃいけないんだろう?
「——四、五、六、七」
恐怖よりも怒りが湧いていた。
「八、九、十」
銃声が響き渡り、男が崩れ落ちた。
「うわああああ!」
大わらわになった稀人たちが叫び声を上げて逃げ回り、闘技場を見下ろす観客席で銃を構えた軍人たちが、ひとり、またひとりと撃ち殺していく。
「名乗り出ないのなら、皆殺しにするまでだ!」
無慈悲に言って、逃げ惑う稀人を「拘束」する調弦官。
「お前か?」
「違う。俺の能力は『シャボン玉』、指先からシャボ——」
——説明を聞き終わる前に、調弦官が引き金を引く。
目の前で起きていることがまだ理解できなかった。
「困りましたね」
「ああ」
マルと相席をしていたふたりは、動かずにいる。そのほうが安全なのだろう。
逃げようとしたら、撃たれる。
「……ふざけやがって」
マルが言って、つないでいた手を離した。
「私だよ!」
マルが叫ぶと、調弦官が手を上げて射撃を止めさせた。
私たち四人以外の稀人は、みんな撃ち殺されていた。
「リストに載っていないのが不思議だったが、お前、監獄二世の稀人か」
「ああ。でも捕まる気はない」
「私の能力を見ていなかったのか?」
呆れたように調弦官が言って、マルを指さした。
「動くな!」
命令する調弦官の肘から先が、いつの間にか地面に転がっていた。
一瞬のことでなにも見えなかった。
血が吹き出す右腕を押さえながら、
「う、撃て!」
大柄な女が命令する。
銃声はしなかった。
観客席を見ると、軍人たちの顔の周りを水が覆っていた。
溺れている。水を顔から振り払おうと軍人たちはもがき続けていたけど、すぐにみんな倒れてしまって、だれも見えなくなった。
「何者だ、お前は?」
「これから死ぬ奴に教えるかよ」
マルの身体から細い線がいっぱい出て、調弦官は穴だらけになって死んだ。
「大丈夫。ミケは私が守る」
恐怖でへたり込んでいた私は、そのまま意識を失った。




