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稀人ラ・ラ・ラ  作者: ノコギリマン
第一部 監獄街編
12/22

第十一話 生き延びるということ——ギギル・ゲンゲ


 貴族学校の三年生のとき、俺は人間ほど醜い生き物はいないと思った。


「ゲンゲ虫。なんで立っている?」


 プリヤ・ミルザに言われて、俺は四足歩行の虫になった。


 下級貴族の宿命だった。中級貴族も上級貴族も、心の中では下級貴族を見下している。


 いつか見返してやろうという思いだけで軍学校に入った。


「ゲンゲ、頑張ろうな」


 上級貴族のトキヤ・ガルに言われた。畏れおおいと思った。俺を蔑むプリヤ・ミルザと幼馴染の純粋な男だった。ガルのことはそれほど嫌いじゃなかった。上級貴族のトキヤ・ガルは、軍学校では俺とおなじ落ちこぼれだったから。


 軍学校の訓練は苛烈を極めた。心が折れないようにガルと励ましあうことでがんばれた。


 ミルザはそれが気に食わなかったのだろう。貴族学校のときのイジメは軍学校でも続いた。悪い女だと思った。世界には好きな男以外にも男がいて、他の男にも心があることを知らない女だと思った。


 関わりあう人間へ平等に優しいガルが元凶だ。ガルは親友だったが、ほんとうのところ、こいつがいちばんの悪だと思った。嫌いになったわけじゃないが。


 調弦の儀で、ガルは「檻」という最強レベルの力を得た。


 俺の能力は「仮死」だった。死んだふりができるだけ。


 王を恨んだ。長い鍛錬を軍学校で終えた結果がこれかと思った。


 結局俺は、下の下だ。


 俺は監獄街に配属された。下級調弦官は、平民から志願して一般兵になった連中と大して変わらない階級だった。陰で一般兵にもバカにされているのを知っている。


 分け隔てないガルは好きだったが、ミルザは凌辱したあとに殺したいくらい嫌いだった。自分が愛に生きる女だとでも思っているんだろうが、ミルザはクソだ。


 軍に入ってからも、ミルザは俺をイジメぬいていた。ほかのふたりの中級調弦官も見て見ぬふりだ。俺のことなんか目に映っちゃいない。


 だから目の前でミルザが穴だらけにされたとき、俺は勃起していた。


 リストに載っていない殺人鬼の能力で一般兵と同じく俺も溺れ、暫くして目が覚めた。軍から逃げ出すチャンスだと思った。これ以上、能力社会で生きる気なんてさらさら無かった。俺が脱走したところで、誰も捜さない自信がある。


「大丈夫。ミケは私が守る」


 闘技場内から声がした。


 観客席から覗くと、ピアスだらけの女が、ミケの頭を撫でているのが見えた。恐ろしく強い能力の持ち主だった。ガルでさえ勝てないかもしれない。


「これからどうするつもり?」

「私はミケを守るだけ」


 ミケを抱き上げた殺人鬼が宙に浮いた。


 頭の悪い俺には理解できない光景だった


「あんた、何者?」

「マル」


 それだけ言って、殺人鬼は夜空に消えた。


「とにかく、ウチらはマルを捜さなきゃいけない。たぶん、北区か東区だろうな」

「東区なら、マルを見つけられるかもしれません」

「幸福商会に戻ろう」

「はい」


 言って、男が拾い上げた腕時計をハンカチで包んでポケットに入れた。こいつら、幸福商会の奴らだったのか。強いはずだ。


 ふたりが去ったあと、俺は穴だらけのミルザに恐る恐る近づいた。


「いい気味だ。ザマアミロ」


 侮辱の言葉を吐いて、唾を吐きかけた——瞬間、ミルザに足首を掴まれた。


「ゲ……ゲンゲ、か?」


 突っ伏したままのミルザが苦しそうに見上げる。顔には穴が空いていなかった。


「お前がずっとバカにしてきた能力で生き延びたよ、クソ女」

「そ……そうか、よかった」


 よかった?


 今まで俺を殴り続けて来た女の口から出る言葉とは思えなかった。


「私はもうじき死ぬ。殺人鬼はひとり。女。東区へ逃亡。以上を軍に報告しろ」


 最期の最期まで俺に命令か。


 よかったって? お前にとってよかったってことかよ。


「懇願しろ」


 死にかけていようが関係ない。ミルザを屈服したかった。


「……お願いします。軍に報告してください」


 足首を掴んでいたはずの手は、とっくに離れていた。


 この女は、もうすぐ死ぬ。


「謝れ。ギギル・ゲンゲに」


 俺の最後の慈悲だ。


「……ごめんなさ……がはっ」


 口から大量の血を吐いて、ミルザは死んだ。


「いい気味だ。ザマアミロ」


 さっきとおなじ侮辱の言葉を吐いたが、唾は吐けなかった。


「報告か」


 ミルザに情けをかけて重要な情報を軍に持ち帰ったところで、また虫に戻るだけだ。


 この街には、情報に大きな価値がある。



 俺はもともとディバロに軍の情報を横流ししていた。主に物資のある倉庫や物資の移送ルートの情報で、現場仕事という下働きだったからこそ得られる情報ばかりだった。


 情報は、けっこうな小遣いになった。殺人鬼の正体と居場所なんていう特大の情報は、とんでもなく高い金額で買い取ってくれるだろう。


 ディバロは幸福商会の台頭に対抗するために、戦力を集めているらしい。


 監獄街の今の盤面を見て、俺が持っている情報はあまりにも大きい。


 俺は今、ずっと望んでいた強大な力を持っている。


 選択肢はふたつ。軍かディバロか。


 ミルザは嫌いだったが、ガルのことは好きだ。今でも俺のことを友として扱ってくれる。馬鹿にされているとはいえ、軍自体には恨みはない。忠義を示すのも悪くない。


 ディバロの連中とは情報を売っているだけのつながりだ。今回の情報はさすがに高く買い取ってくれるだろう。それだけの価値がある。


 忠義か、金か。


 この選択で、俺の人生が決まる。

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