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空はまだ設計途中だった ―浮遊石と未完成の飛行船―  作者: 空木 零
第4部 天水都『アエテリア』と野良犬の交易
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第87話 はるかなる海面への降下

今日もページを開いていただき、ありがとうございます。

ルシアンとセトを乗せ、見えない乱気流の壁を抜けて海面を目指すアルバトロス号。

しかし、急激な気圧変化に調律が追いつかず、結界崩壊の危機が迫ります!

最下層の村の入り江。

美しく流線型に打ち直された神鋼の装甲と、特製の防振マウントに据えられた音叉を搭載したアルバトロス号は、静かにその時を待っていた。


「最終チェック完了。琥珀の燃料、供給ライン正常。共鳴器(レゾネーター)のバルブ、オールグリーンだ」


僕は操縦席の計器盤を叩き、後ろを振り返った。

狭い船内には、いつもの僕たち四人に加えて、二人の見慣れない乗組員が同乗していた。

一人は、木槌と予備の木材、そして大量の木の(くさび)を腰から提げた、村の船大工セト。

もう一人は、王の代理として純白のローブを身に纏い、繊細な調律用の小槌を手にした使者、ルシアンだ。


「まさか、アンタたちまで一緒に来るなんてな」


僕がニヤリと笑うと、セトは腕を組み、ツンとそっぽを向いた。


「勘違いするな。俺が精魂込めて削り出した防振の台座が、ソナタの乱暴な操縦でずれないか、この目で見張るためだ」

「セトの言う通りだ。それに、この船の結界を維持するためには、気圧や風圧の変化に合わせて音叉の和音を微調整する『調律師』が絶対に必要だからな」


ルシアンも冷静に答えるが、二人ともその瞳の奥には、未知の世界へ飛び出す恐怖よりも、職人と学者としての純粋な高揚感が隠しきれずに溢れていた。


「いいチームじゃない。それじゃあ、行くわよ!」

リゼが力強く手を叩き、号令をかけた。


「エンジン始動!」

僕がイグニッションを回す。


ドロロロォォォォンッ!!


琥珀の燃料が爆発し、キメラ・ドライブが力強く咆哮を上げる。

排気管の共鳴器から放たれる特定の周波数の重低音が、ルシアンが叩いたメイン音叉の和音と完璧に重なり合い、アルバトロス号の船体を美しい蒼い結界が包み込んだ。


「浮遊石出力上昇! 推力、オン!」

僕はスロットルを固定したまま、プロペラのピッチコントロール・レバーを引いた。


キィィィィンッ! という高周波とともにプロペラが空気を掻き込み、前方からはマイナス質量が放たれる。防振ゴムが荒々しい固体振動を完全に殺し、結界は静寂を保ったまま、アルバトロス号はふわりと入り江の水面から浮かび上がった。


「目指すは、この島のはるか眼下……見渡す限りに広がる『本物の海』だ!」


僕は操縦桿を前に倒し、機体を村の端——雲海も嵐もなく、眼下の海までストレートに見通せる巨大な絶壁の方向へと向けた。

アルバトロス号は結界によって一切の空気抵抗を受けず、文字通り滑るように空中を進む。そして、滝の流れる崖を越えた瞬間、僕は一気に機体を真下へとダイブさせた。

フワッ、と胃袋が持ち上がるような浮遊感。

窓の外の景色が、島々の緑から、眼下いっぱいに広がる群青色の海原へと一瞬で切り替わる。


「降下開始! ここから先は未知の気流層だ、気を引き締めろ!」

カイルが計算尺を構え、計器を睨みつける。


島の下に視界を遮る嵐や雲はない。だが、多島海全体を覆う結界の底面にあたるこの空域は、島々から降り注ぐ無数の巨大な滝が作り出す強烈な下降気流と、結界の端の複雑な磁場が絡み合う『見えない乱気流の壁』となっているのだ。


ガガガガッ!!


降下を始めて数分。船体自体は嵐の壁を抜けてきた強固なジュラルミンと神鋼のおかげで軋み一つ立てないが、船内を包む空気が不気味に共鳴し始めた。

乱気流による凄まじい風圧が、外から結界を直接揺さぶっているのだ。


「待って、気圧の変動が速すぎるわ! 急降下と乱気流のせいで、外の気圧がデタラメに乱高下してる!」


観測窓に張り付いたシェリルが、アストロラーベを見つめながら悲鳴のような警告を飛ばす。気圧が急変すれば、結界の和音の屈折率が変わり、エンジンの周波数との完璧な同調が崩れてしまう。


「くっ……! 調律を合わせる!」


ルシアンが甲板の音叉の間に滑り込み、両手に持った小槌で目まぐるしく音叉を叩き、固定具のネジを回して和音を合わせようとする。

しかし、落下による気圧変化のスピードが、人間の手作業による調律の限界を超えていた。


ピキッ、ピキピキピキッ!


和音が乱れ、不協和音が生じたことで、アルバトロス号を包む蒼い結界にガラスのような亀裂が走り始めた。


「まずい! 結界が割れる! レオ、落下速度を落とせ!」

カイルが叫ぶが、僕は操縦桿を握りしめたまま首を振った。


「ダメだ! ここで推力を抜いたら、乱気流に流されて真横の巨大な滝の水柱に飲み込まれるぞ! 結界を維持したまま、力ずくで下へ抜けるしかねぇ!」

「だが、私の手だけでは……ネジを回すのが追いつかない!」

ルシアンが焦燥に顔を歪める。


「退け、ルシアン!!」

その絶体絶命の危機に動いたのは、セトだった。


彼は木槌と木の(くさび)を両手に握り、揺れる船内を獣のような身軽さで駆け抜け、ルシアンの横へ滑り込んだ。


「セ、セト!? 何を……!」

「ネジを回している暇はないのだろう! なら、台座ごと歪めて強引に音を変える!」


セトは、ルシアンが手が回っていない右舷側の音叉の台座——自分が削り出した特製の木箱——の隙間に、硬い木の楔を当てた。


「ルシアン! 音を高くするか、低くするかだけ言え!」

「た、高く! 半音高くして張力を保て!」

「応ッ!!」


セトは木槌を振りかぶり、楔を一撃のもとに叩き込んだ。カンッ! という乾いた音とともに楔が食い込み、木箱の構造がミリ単位で歪む。

その物理的な歪みが音叉の固定具に伝わり、ネジを回すよりも一瞬で、強引に音叉のテンション(音の高さ)が引き上げられたのだ。


フォォォォォンッ!


狂いかけていた和音が、ピタリと正常な響きを取り戻す。


「すげぇ……! 荒療治だが、立派な『調律』だぜ!」

僕は後方確認用のミラー越しに、セトの機転を見て快哉を叫んだ。


「神聖なる音叉の台座に楔を打つなど……本来ならありえん邪道だぞ!」

ルシアンは呆気にとられながらも、すぐに自分の担当する音叉へと向き直った。


「だが……今はこれしかない! セト、次は左舷後方だ! 少しだけ音を低く逃がせ!」

「任せろ!」


美しい和音を紡ぐ調律師の繊細な技術と、力ずくで木を捻じ伏せる大工の泥臭い技術。

二つの異なる職人の技が完璧に噛み合い、乱気流の気圧変化にリアルタイムで同調していく。

パキパキと鳴っていた結界の亀裂が、滑らかに修復されていった。


「感心してる場合か、レオ! 乱気流を抜けるぞ!」

カイルの声に、僕は前方に視線を戻した。


窓の外で猛威を振るっていた乱気流が、徐々に収まり始めている。

ルシアンとセトが命がけで維持した結界の和音と、エンジンの共鳴音が、再び完璧な伴奏となって船内を満たし始めた。


「抜けるわ……!!」

リゼが祈るように両手を組む。


ザァァァァァァッ……!!


見えない乱気流の層を突き抜けた瞬間。

眼下に広がる群青色が、一気にその巨大な姿を現した。


「……おお」


操縦席にいる僕も、後ろで見守っていた全員も、その圧倒的な光景に言葉を失った。

そこにあるのは、見渡す限りの海。

アエテリアの静かで透明なエメラルドグリーンの湖とは違う。白波を立て、うねり、途方もない質量と深さを感じさせる、荒々しくも美しい『本物の海』だった。

海面には、はるか上空の島々から降り注ぐ何百もの滝が突き刺さり、至る所に巨大な水柱と虹を作り出している。


「着水するぞ! 衝撃に備えろ!」


僕はスロットルを固定したままピッチコントロールを操作し、アルバトロス号の機首を徐々に引き上げた。

結界を水面に滑らせるように、緩やかな角度で海原へと降下していく。


ザバァァァァァァンッ!!!


巨大な水しぶきを上げ、アルバトロス号の巨大な木製フロートが、波打つ海面へと見事に着水した。

ザップン、ザップンと、荒々しい海の波がフロートを揺らす。それは、空に浮かぶ島々では決して感じることのできない、地球という星そのもののダイナミックな鼓動だった。


「……着水、成功。現在位置、第一ステーション建設予定海域」

カイルが手帳を閉じ、安堵の息を吐いた。


「やった……! 本当に、一番下まで降りてこられたのね!」

リゼがシェリルと抱き合って喜ぶ。


僕は操縦席の窓を開け、外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

潮の匂いがした。昔、港街で嗅いだのと同じ、しょっぱくて、少し生臭い、命の匂い。


「……これが、外の世界の『海』か」

ルシアンとセトが、窓際に歩み寄り、初めて見る荒波の海を畏敬の念を持って見つめていた。


閉ざされた鳥籠の中で、空の湖しか知らなかった彼らにとって、この果てしない大海原は、あまりにも巨大で、強烈なカルチャーショックだったはずだ。


「どうだ、ルシアン、セト。これが、土と水が混ざり合う本当の海だ」

僕が声をかけると、セトは木槌を腰に戻し、波に揺れるフロートの感触を確かめるように足踏みをした。


「……波が、生きているように荒々しい。我々の風切の船では、数分で転覆してしまうだろう」

「ああ。だが、だからこそ、ここに巨大な土台を築き上げる価値がある。そうだろ?」

僕の言葉に、セトは静かに、だが力強く頷いた。


ルシアンもまた、潮風に純白のローブをなびかせながら、空を見上げた。はるか上空には、僕たちが降りてきた空飛ぶ島々の影と、そこから降り注ぐ無数の滝が幾重もの虹を作っているのが見える。


「あそこまで、この海の水を届けるのだな。……途方もない計画だが、君たちとなら、やれる気がする」

「当たり前だ。俺たちを誰だと思ってんだよ」

僕はプロペラのピッチを戻してアイドリング状態にし、腰の特大レンチを引き抜いた。

「さあ、天空の建設会社の初仕事だ! まずはこの波に負けねぇ、最高の『第一ステーション』を作ってやるぜ!」


僕たちは、揺れるアルバトロス号の甲板に立ち、誰も見たことのない「天空へのバケツリレー」の第一歩を踏み出した。

お読みいただき、ありがとうございます!

「ネジを回す暇がないなら、台座ごと歪める!」

セトの荒療治な木楔の打ち込みと、それに即座に応えるルシアンの調律。この二人の咄嗟の連携、痺れましたね!

そしてついに、荒れ狂う「本物の海」への着水に成功しました。空の住人たちにとって、この大海原はどれほどの衝撃だったでしょうか。

明日、この波打つ海の上で、いよいよ第一ステーションの建設が始まります!

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