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空はまだ設計途中だった ―浮遊石と未完成の飛行船―  作者: 空木 零
第5部 帰還と、空の時代の幕開け
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第123話 証明されたおとぎ話

今日もページを開いてくださり、ありがとうございます。

親父さんを馬鹿にしていた町民たちからの、謝罪と感謝。

そして彼らは、何もない「更地」へとアルバトロス号を下ろします。

空は、色とりどりの紙吹雪に埋め尽くされていた。

僕たちがかつて逃げるように飛び出し、見下ろすことしか許されなかった『風鳴りの町ウィンデル』。その中心にある広場が、今は割れんばかりの大歓声と、けたたましいブラスバンドの演奏で揺れている。


「レオォォーッ! 本当に帰ってきたのかー!」


「おい見ろよあの船! ゴミの寄せ集めだった『アホウドリ』が、銀色の化け物になってやがるぞ!」


キメラ・ドライブの重低音を和音のように響かせながら、アルバトロス号が広場の中央に静かにホバリング着陸すると、町民たちは我先にとアルバトロス号を取り囲んだ。

行商人の口コミやギルドの伝書網によって、アイアンポートでの僕たちの活躍――死の山を越え、嵐を突破したというニュースは、すでにこの辺境の町にまで届いていたのだ。


だが、その熱狂に冷水を浴びせるような怒号が響いた。

「ええい、どけ! どかんか馬鹿者ども!!」


顔を真っ赤にして警備隊の兵士を掻き分けて現れたのは、この町を牛耳るギルド駐在官のガストンだった。


「貴様ら、指名手配犯を匿って何のつもりだ! そいつらはギルドの航空法をすべて無視し、無許可で空を飛んだ違法なテロリストだぞ!」

ガストンは憎々しげにアルバトロス号を睨みつけ、警備隊に向かってステッキを振り上げた。


「構わん、機体に向けて発砲しろ! 反逆者どもを今すぐ引きずり下ろせ!」

「――そこまでだ、ガストン」

兵士たちが銃を構えようとした瞬間、上空から冷徹な声が響き渡った。


風切り音と共に、三隻の真っ白なギルド正規船が広場の上空へと降下してくる。その先頭に立つのは、エリートパイロットのガレインだった。


「ガ、ガレイン特務大尉! よくぞ応援に駆けつけてくださいました!」

ガストンは自分の保身の盾が現れたと勘違いし、揉み手をしてガレインを見上げた。


「こいつらはギルドの威信を傷つけた反逆者です! 直ちにアイアンポートの監獄へ――」

「逮捕されるのは貴様の方だ、ガストン駐在官」


ガレインは冷たい声で宣告し、懐から一枚の羊皮紙を取り出して突きつけた。


「ギルド本部およびバルド技術長官からの正式な通達だ。アルバトロス号のクルーは、伝説の都市アエテリアの王の『特使』であり、ギルドの特級VIPとして遇される。……そして貴様には、長年にわたる着服と、不法な土地差し押さえによる職権乱用の容疑で、即時の免職と拿捕を命ずる」


「な……なん、だと……?」

ガストンが呆然と口を開ける。


「少しばかり、私の方でアイアンポートの監査部に『正確な帳簿』を提出させてもらったのよ。あんたがうちの親父たちから巻き上げてきた不正な罰金や燃料代、ぜーんぶ記録してあったからね」

アルバトロス号のタラップに立ったリゼが、えげつない笑みを浮かべて見下ろしていた。


「ば、馬鹿な! そんなでっち上げが……離せ! 私はギルドの支部長だぞ!!」

見苦しく喚き散らすガストンは、あっという間に特務艦隊の兵士たちに取り押さえられ、町民たちの容赦ないブーイングと嘲笑を浴びながら連行されていった。


邪魔者が完全に消え去ると、広場を包んでいた騒ぎは一旦収まり、熱狂とは違う、何か深い感情が入り混じったような静寂が訪れた。


人混みが割れ、数人の大人たちが恐る恐る前へと進み出てきた。

その中には、あの日、僕が親父の遺したエンジンを回して大爆発を起こした時に「洗濯物が煤だらけになる!」と一番に怒鳴り込んできた近所のパン屋の親父さんの姿があった。


「……レオ」

親父さんは、神鋼で打ち直された美しいアルバトロス号の装甲を見上げ、震える声で言った。


「お前たち……アイアンポートから来た行商人から聞いた。本当に、あの『空の逃げ水』の向こう側に行ったのか?」

「……トーマスの野郎がずっと言っていた、あの『おとぎ話』の伝説の都は……本当にあったのか?」

その問いかけに、広場の全員が息を呑んで僕たちを見つめた。


かつて彼らは、僕の親父であるトーマスを『狂気の技師』だと笑った。「空にはもう未知なんてない」「安全な航路だけで十分だ」と。

そして、カッシーニの星図を読み解こうとしていたシェリルを、『時計塔の魔女』『星狂い』と蔑んだ。

僕は操縦席の計器盤をそっと撫でた。

それは、かつて僕の工房の入り口に掛かっていた『レオ&トーサンの修理屋』という樫の木の看板を削り出して作ったものだ。この計器盤は、最初から最後まで、この船の激しい振動を受け止め続けてくれた。


僕はゆっくりと立ち上がり、タラップを下りて、彼らの前に立った。

「……ああ。行ってきたぜ」


僕は親父の形見である古い羅針盤を高く掲げた。

「空の向こうは、行き止まりなんかじゃなかった。親父のノートに書いてあった通りの、でっかい『海』と、無数の島が浮かぶすげえ国があったんだ!」


シェリルもタラップに並び立ち、胸に抱いたアストロラーベを太陽に向けた。

「カッシーニの計算式は、何一つ間違っていなかったわ! 星は、私たちに正しい世界を教えてくれていたのよ!」


その言葉を聞いた瞬間、大人たちは言葉を失った。

風が吹き抜け、アルバトロス号の巨大な気嚢がバサリと音を立てる。


「そうか……」

パン屋の親父さんが、ポロリと大粒の涙をこぼし、深く頭を下げた。


「トーマスの馬鹿野郎は……嘘つきじゃなかったんだな。シェリルちゃんも、狂ってなんかいなかった」

彼の言葉を皮切りに、大人たちの口から次々と懺悔のような本音が溢れ出した。


「俺たちは、空を見上げるのが怖かったんだ。……不可能な夢を見て傷つくのが恐ろしくて、空を見上げ続けるお前たちを笑うことで、自分たちを納得させていたんだ」

「すまなかった、レオ……。シェリルちゃんも。本当に、すまなかった……」

大人たちが次々と涙を流し、僕たちに向かって頭を下げる。


彼らは僕たちの航路の開拓に驚いているだけじゃない。自分たちが恐れて蓋をしていた「夢」が、狂気ではなく真実であったことに、圧倒的な感動と後悔を抱いていたのだ。


「へへっ、泣くなよおっさんたち!」

僕は油まみれの手で鼻の頭を擦り、ニカッと笑った。

「親父は笑われても気にしてなかったさ! 『やってみなきゃ分からないだろ』って、いっつも笑ってたからな!……これで、俺と親父の証明完了だ!」


僕の言葉に、町民たちの顔に再びパァッと明るい光が戻り、今度こそ、割れんばかりの万雷の拍手と歓声が巻き起こった。


「さあさあ、お涙頂戴はここまでよ!」

リゼが手を叩いて場を仕切り、新しいギルドの駐在官となる若手役人の前にツカツカと歩み寄った。


「私たちがアエテリアから持ち帰った『天空の塩』の初取引、この町のギルド支部を通してあげてもいいわよ。……その代わり、ガストンに不当に差し押さえられた、あの第4水路沿いの『更地』の権利書、今すぐ私名義で用意しなさい。もちろん、相場の適正価格でね!」


「は、はいっ! ただちに!」

若手役人が慌てて駆け出していくのを見て、カイルが呆れたように丸眼鏡を押し上げた。


「相変わらずえげつないな。また工房を建てるつもりかい?」

「当たり前でしょ。アルジェント商会の新しい本店兼、特級修理工房の第一号店よ。私たちの帰る場所がないと困るでしょ?」

リゼはウインクをして見せた。


熱狂に包まれる広場を背に、僕たちはアルバトロス号をゆっくりと浮上させ、街の外れへと向かった。 かつて僕の工房があり、リゼが僕たちの退路を断つために売り払った場所。 今はただ雑草が生い茂るだけの、何もない更地。 そこに、巨大な銀色の機体を静かに下ろす。


ズン……。 分厚いタイヤが、懐かしい故郷の土を踏みしめる。 僕はスロットルを一番手前まで引き、キメラ・ドライブへの燃料供給を完全に絶った。

ドッドッドッ……という力強い鼓動が、ゆっくりと間隔を空け、やがてプスンと小さな音を立てて止まる。 シュゥゥゥ……。 排気管から最後の青白い煙が立ち昇り、コンプレッサーの稼働音が消えると、船を包んでいた音叉の澄んだ和音も静かに大気へと溶けていった。


完全な沈黙。 それは、長くて過酷だった僕たちの冒険の「往路」が、本当に終わったことを告げる音だった。


僕は操縦席に深く座り込んだまま、目の前の計器盤を撫でた。 分厚い樫の木。かつてこの場所にあった『レオ&トーサンの修理屋』の看板から削り出したものだ。親父と一緒に彫刻刀で文字を刻んだ、あの日の記憶が木目と一緒に残っている。


「……着いたぞ」

僕の呟きに、カイル、リゼ、シェリルも無言で頷いた。 僕たちは連れ立ってタラップを下り、更地の真ん中に立った。 風が吹き抜け、足元の雑草がサワサワと揺れる。


何もない。親父の残したガラクタも、油まみれの作業台も、煤けた屋根も。

けれど、僕の目には、あの日、親父と一緒に見上げた四角く切り取られた空と、並んでスパナを握った情景がはっきりと浮かんでいた。


『レオ、いいか。空っていうのは、何もない青い壁じゃない。あれは、世界で一番大きな「海」の底なんだ』 『いつか絶対に、俺とお前で作った船で、あの星図の「×印」の場所へ行くんだ』

親父の大きな手の感触。

オイルと鉄錆の匂い。

そして、志半ばでベッドに伏せ、最後まで空を見つめながら死んでいった親父の、悔しそうな横顔。


「……親父」

声が、震えた。


僕は船首に打ち付けられた『ALBATROSS』の真鍮プレートに、油と泥が染み付いた両手を押し当てた。


「……親父が遺した羅針盤は、狂ってなんかいなかったよ」

ポツリとこぼした言葉が、静かな更地に吸い込まれていく。


「親父が俺に教えてくれた、エンジンの声の聞き方も……スパナの握り方も。全部、俺をあの壁の向こうへ連れて行ってくれた」

鼻の奥がツンと熱くなり、視界が歪む。


「空の向こうは、行き止まりなんかじゃなかった。親父の言った通り、世界で一番でっかくて、すげえ海が広がってた。……親父が夢見た『×印』の場所に、俺……辿り着いたよ」


こらえきれず、大粒の涙がボロボロと溢れ出した。 僕はゴーグルを外し、両手で顔を覆った。大自然の猛威にも、ギルドの権力にも、絶対に泣き言なんて言わなかった。


だけど、ここだけはダメだった。

「う……ううっ……」

親父に笑われたくないのに。立派な冒険者になった姿を見せてやりたいのに。子供みたいに、しゃくり上げる声が止まらない。肩を震わせ、泥だらけの顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくる僕の背中に、そっと、優しい温もりが触れた。


「……よく頑張ったわね、レオ」

リゼだった。彼女は僕の背中に腕を回し、お姉ちゃんのように、あるいは母親のように、強く抱きしめてくれた。 彼女の肩も、微かに震えていた。


「何もなくなっちゃったこの土地から……あんたは本当に、世界一の船を作り上げたのよ。退路を断って、私のすべてを賭けた大博打……最高の形で勝たせてくれたじゃない」

リゼの目からも、大粒の涙がこぼれ落ち、僕の背中を濡らす。


没落しかけた実家を背負い、誰よりも現実の重さを知っていた彼女が、計算や理屈を捨てて僕の夢に賭けてくれた。彼女が用意してくれた「燃料」と「覚悟」がなければ、僕たちは庭先から飛び立つことすらできなかった。


「……ああ。全く、君のその非論理的な熱量には、僕の完璧な計算式でも蓋をすることはできなかったよ」

カイルの声も、ひどく鼻声になっていた。 振り返ると、彼は丸眼鏡を外し、袖口で必死に目頭を拭っていた。


「ずっと、怖かった。机の上で完璧な理論を組み立てても、それを現実の世界で証明する勇気が……僕にはなかった。でも、君がその野蛮な腕力で、僕の計算を本物の『翼』にしてくれた。……白い山脈の頂を越えたあの朝焼けを、僕は一生忘れない。君のおかげで、僕は自分の理論が正しかったと、世界に証明できたんだ」

臆病だったカイルは、もうそこにはいない。死の恐怖を乗り越え、自分の頭脳と仲間の力を信じ抜いた、真の開拓者の顔がそこにあった。


「……レオ」

シェリルが、胸に抱いていたアストロラーベを強く握りしめ、僕の前に立った。 彼女の大きな瞳からは、泉のようにとめどなく涙が溢れている。


「私ね……ずっと、あの暗い時計塔の屋根裏部屋から、四角く切り取られた空だけを見ていたの。星の本当の美しさも、風の冷たさも知らずに……本の中の世界だけで生きていくんだって、諦めてた」

シェリルは、僕の油まみれの手に、自分の小さな手を重ねた。


「でも、レオがこの手で、私の狭い鳥籠を壊してくれた。……絶対に行けないって私が絶望した壁を、レオが笑ってぶち破ってくれたの。私に、本物の星の海を見せてくれた。……私の世界をあんなにも広くしてくれて、本当に、本当にありがとう」

星狂いと蔑まれ、孤独の中でカッシーニの数式と向き合ってきた彼女の「目」が、僕たちを暗闇の迷路から何度も救い出してくれたのだ。


四人の泣き声が、夕暮れ迫る更地に静かに溶けていく。 それは、悲しみの涙じゃない。 それぞれのコンプレックスと孤独を抱えていたはみ出し者たちが、互いの足りないものを補い合い、命を預け合い、そして世界で一番高い壁を越えて帰ってきたという、絶対的な絆の証明だった。


僕は油まみれの手で乱暴に涙を拭い、三人の顔を見回した。 みんな、泣きはらした酷い顔をしている。でも、最高にいい顔だ。


「……へへっ。なんだよ、みんなして泣きやがって。俺の船は、お涙頂戴の劇団船じゃねえぞ」

僕がいつものように鼻の頭を擦って笑うと、三人も涙を拭いながら吹き出した。


「誰のせいだと思ってるのよ、このバカレオ」

「全く論理的じゃないな、僕たちは。塩水で鉄が錆びてしまう」

「ふふっ……みんな、泥だらけで真っ黒だよ」


僕は振り返り、夕日を浴びて黄金色に輝くアルバトロス号を仰ぎ見た。

トラクターのエンジンと戦車の冷却器、ガラクタの鉄骨を継ぎ接ぎした不格好な姿から始まり、今やアエテリアの神鋼で流線形に打ち直された、美しくも獰猛な無敵艦。間違いなく、誰よりも速く、誰よりも遠くへ飛んだ、世界一の俺たちの翼だ。


「……ただいま、親父」

誰もいない、広く開けた故郷の空に向かって呟く。


吹き抜ける風は、かつての息苦しい煤煙の匂いではなかった。 それは、遥か彼方の海を越え、星の軌道をなぞり、嵐を切り裂いてきた……どこまでも広く、自由な「新しい空」の匂いだった。

読んでいただき、ありがとうございます。

強がっていたレオが、親父の更地でついに見せた子供のような涙。

彼を抱きしめるリゼ、共に涙するカイルとシェリル。

コンプレックスだらけだった4人が、命を預け合い、世界で一番の翼を手に入れて帰ってきた。この絆の尊さに、作者自身も書きながら泣いてしまいました。

物語は次でいよいよエピローグへ向かいます。明日もお待ちしています。

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