第104話 村の子供たちとの約束
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無敵艦となったアルバトロス号の出航を控え、村では穏やかな時間が流れています。
かつて「外」を恐れていた子供たちに、シェリルとリゼが外の世界の物語を語ります。
すべての改修を終え、正真正銘の「無敵艦」へと生まれ変わったアルバトロス号が、静かに波に揺れている。
いよいよ出航を数日後に控えたある日の昼下がり。最下層の村の広場には、大工たちの心地よい槌の音や市場の喧騒から少し離れた、穏やかで柔らかな時間が流れていた。
「ねえねえ、お姉ちゃん! もっとお話を聞かせて!」
「外の世界って、本当に何もない空の下に、でっかい『水たまり』があるの!?」
広場の片隅にある大きな浮根杉の木陰で、シェリルとリゼは十数人の村の子供たちにぐるりと囲まれていた。
かつて僕たちがこの島に不時着したばかりの頃、彼ら子供たちは、僕たちが漂わせる鉄と油の匂いを「穢れ」としてひどく恐れ、親の影に隠れて怯えた目でこちらを見ていた。
だが、あの凍りついたような恐怖はもうどこにもない。
子供たちの瞳は今、好奇心と憧れでキラキラと輝き、シェリルとリゼの服の裾を引っ張りながら、外の世界の物語をねだっていた。
「水たまりじゃないわ。見渡す限り、どこまでも続く真っ青な水……『海』っていうのよ」
シェリルは優しく微笑み、膝の上に置いた金色の星の観測儀――アストロラーベのリングをそっと指先でなぞった。
「このアストロラーベを使って星の導きを読み解き、はるか遠くまで空を飛んでいくと、その『海』が見えてくるの」
「海……」
子供たちは息を呑み、シェリルの顔を食い入るように見つめた。
「私たちが最初に旅立った大きな街も、その海のすぐそばにあるわ」
シェリルは身振り手振りを交えながら、透き通るような声で言葉を紡いでいく。
「街中には蒸気の白い煙が立ち上っていてね、空には毎日、数え切れないほどの飛空艇が行き交っているの。海には、この島よりもずっと大きな『鉄の船』が浮かんでいて、世界中から珍しい荷物を運んでくるのよ」
「鉄の船が……水に浮くの?」
男の子の一人が、信じられないというように身を乗り出した。
「ええ。鉄の組み方次第で、どんなに重いものでも海を渡ることができるの」
シェリルの語る情景に、子供たちは目を輝かせ、自分たちの頭の中で未知の世界を一生懸命に思い描いていた。
「外の世界は、本当に広いのよ。空から冷たくて白い綿みたいな『雪』が降る国もあれば、一年中太陽が燃えるように熱い『砂漠』の国もあるわ。見たこともない不思議な動物が走っていて、いろんな言葉を話す人たちが、それぞれの国で一生懸命に生きているの」
そして、シェリルはそっと空を見上げた。
「それにね、夜になれば、空には数え切れないほどの星が輝くの。このアエテリアから見上げる星空と同じように、外の世界の夜空も、まるで宝石箱をひっくり返したみたいに綺麗なのよ。……私たちは、あの星の海を旅しているの」
「星の海……」
子供たちは、シェリルが見上げる木漏れ日の空に向かって、小さな手を伸ばした。
「……僕、行ってみたい!」
一人の少年が、ギュッと拳を握りしめて立ち上がった。
「僕も大人になったら、お姉ちゃんたちみたいに空を飛ぶ船を造って、外の世界の『海』を見てみたい! 雪っていうのを触ってみたい!」
「私も! 私もいろんな国に行ってみたい!」
次々と声を上げる子供たちの熱気に、木陰に寄りかかっていたリゼが「ふふっ」と楽しげに笑い、前に進み出た。
「いい心がけね。あなたたちが大人になる頃には、きっと自分で船を造って外の世界に飛び出していけるわ」
リゼは腰に手を当て、商人としての頼もしい笑顔を見せた。
「でもね、それまで待たなくても大丈夫よ。あなたたちが外に行けないうちは、私たちが、外の世界の面白いものをぜーんぶ、このアエテリアに持ってきてあげるから!」
「本当!?」
「ええ、本当よ」
リゼは、王室から正式に交わされた交易協定の羊皮紙が入った筒をポンと叩いた。
「アルディス王様と約束したの。これから私たちは、外の世界とこの国を行き来する専属の交易船になるわ。……だから、次に来る時は、あなたたちが見たこともないようなものを山ほど積んでくる」
リゼの言葉に、子供たちの目はさらに大きく見開かれた。
「例えば……口に入れた瞬間に雪みたいにフワッと溶ける、甘くて冷たい『お菓子』とか。この国にはない、色鮮やかな絹で作られたヒラヒラの『ドレス』とか。ゼンマイを巻くと勝手に歩き出す『からくりのおもちゃ』とかね!」
「あまーいお菓子!!」
「からくりのおもちゃ!!」
想像もつかない宝物の名前に、子供たちがリゼの周りに群がり、ピョンピョンと飛び跳ねて歓声を上げた。
「だからね」
リゼはしゃがみ込み、子供たちと目線を合わせた。
「あなたたちは、この国でしっかりご飯を食べて、いっぱい勉強しなさい。セトたちみたいな凄い職人になって、極上の塩や綺麗な布をたくさん作れるようになりなさい。そうしたら、私たちが持ってきた外の宝物と、どっちが凄いか競争よ。……私たち外の商人を、あっと言わせるようなものを作って待っててちょうだい」
「うん! 約束する!」
「僕、村で一番の大工になる!」
「私は、誰も見たことないくらい綺麗な布を織る!」
「ふふっ、その意気よ」
リゼが小指を差し出すと、シェリルも優しく微笑んで小指を出した。
「また必ず来るわ。今度は、外の国の面白いものをいーっぱい積んでね」
「うん!」
子供たちが次々と、シェリルとリゼの指に自分の小さな小指を絡め、「指切り」を交わしていく。
それは、かつては死を待つだけだったこの国に生まれた、外の世界と繋がる「未来への確かな約束」だった。
少し離れた広場の入り口から、僕とカイルは黙ってその光景を見守っていた。
「……良い景色だな」
カイルが眼鏡を指で押し上げ、眩しそうに目を細めた。
「ああ。少し前までは、外の世界を『穢れ』だと信じて怯えていたガキどもが、今じゃ外の世界に憧れて、職人になる夢を語ってるんだ。……セトやガランたちも凄いけど、一番変わったのは、あの子供たちかもしれないな」
僕が言うと、カイルは深く頷いた。
「子供たちが外の世界を求めている限り、アエテリアという国はもう二度と孤立することはない。彼らが成長し、技術を受け継ぐことで、この国は外の世界と交わりながら、真の豊かさを手に入れていくだろう。リゼのやつ、最高の種を撒いたな」
「本当に、えげつないほど優秀な商人だよ。……俺たちも、負けてられねぇな」
僕たちは、無敵艦へと生まれ変わったアルバトロス号が停泊している入り江の方角を振り返った。
船の準備は完璧だ。あとは、この美しき国での最後の夜を過ごすだけ。
「明日は出航前夜だ。バウワ村長やセトたちが、とびきり盛大な見送りの大宴会を開いてくれるそうだよ」
「やれやれ、またガランの暑苦しい抱擁と、腹がはち切れるほどの魚責めか。胃薬を調合しておかないとな」
カイルはため息をつきながらも、その口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。
僕たちの命を繋ぎ、そして僕たちの手で未来を切り開いたこの空の果ての国との別れが、静かに、だが確実に近づいていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
シェリルが語る外の世界の景色に目を輝かせる子供たち。
「外の世界の面白いものをぜーんぶ、持ってきてあげる」というリゼの約束が、彼らの未来を明るく照らしていますね。
この子たちが立派な職人になる頃、アエテリアはどんなに凄い国になっているのでしょうか。
次回は、アエテリアでの最後の夜。盛大な別れの宴です! お楽しみに!




