第102話 天空の塩
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国を救った英雄として大歓待を受ける4人。
しかし、商人のリゼがただ宴会を楽しむだけで終わるはずがありません。王様を相手に、彼女の「本番」が始まります!
白亜の神殿に設けられた大広間は、これまでのアエテリアの歴史上、一度も存在しなかったであろう異例の熱気と喧騒に包まれていた。
国を死の淵から救った僕たち四人を「英雄」として歓待するための、アルディス王主催の大宴会。
そこには、王や使者ルシアンといった上層の者たちだけでなく、近衛兵長のガラン、首席調律師のカシム、そして下層の船大工であるセトや村長たちまでもが同席していた。階層という絶対の壁が完全に崩れ去り、誰もが同じテーブルを囲んで笑い合っている。
テーブルの上には、下層の海面ステーションから引き揚げられた深海魚の豪快な丸焼きや、恵みの雨を受けて復活し始めた畑から収穫されたばかりのみずみずしい果実が山のように並べられていた。
「ほら、レオ! もっと食え! 俺が波を被りながら獲ってきた一番でけぇ魚だ!」
セトが、丸太のような腕で魚の身をむしり取り、僕の皿にドサリと乗せる。
「おう、ありがとよ。でもお前、少しは遠慮ってものを知れよな。ここ、一応王様の御前だぞ?」
「なに言ってやがる。陛下は俺たちに『無駄な見栄を張るのはやめにしよう』と仰ってくれたんだ。出された命の恵みを腹一杯食らうことこそが、最大の礼儀ってもんだろ!」
セトは自分の皿の魚にもかぶりつき、純白の塩をたっぷりまぶして豪快に咀嚼した。
「わははは! その通りだ、若き船大工よ! 俺も負けられんぞ!」
ガランもまた、泥汚れを落とした真新しい近衛兵の軍服をはち切れんばかりに膨らませながら、大ジョッキに注がれた果実酒を喉の奥へと流し込んでいる。
「ガラン、あまり羽目を外すな。いくら無礼講とはいえ、英雄たちをもてなす側であることを忘れるな」
ルシアンが呆れたように小言を言いながらも、彼自身の頬も上質な酒で微かに赤く染まり、その表情はかつてなく穏やかだった。
「ふふっ、みんな本当に楽しそうね」
シェリルが、その賑やかな様子を見渡しながら、串焼きにされた果実を美味しそうに頬張った。
「ええ。でも、ただ歓待されて喜んでいるだけじゃ、三流の商人よ」
僕の隣に座っていたリゼが、ワイングラスをゆっくりとテーブルに置き、その美しい瞳の奥に獲物を狙う肉食獣のような鋭い光を宿した。
宴が中盤に差し掛かり、人々の笑い声が少し落ち着いた頃合いを見計らって、リゼは静かに立ち上がった。
そして、広間の最奥に座するアルディス王の御前へと、堂々たる足取りで歩み出た。
「陛下。このような素晴らしい歓待を用意していただき、心より感謝いたします」
リゼは、貴族の令嬢のように優雅なカーテシーをして見せた。
「うむ。楽しんでくれているようで何よりだ、娘よ」
アルディス王は、慈愛に満ちた笑みを浮かべて頷いた。
「我らは君たちにどれほど感謝しても足りない。この国を救ってくれた英雄として、我々に出せる限りの礼を尽くそう」
「英雄としてもてなされるのは、確かに最高の気分だわ」
リゼは顔を上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「でも、私は商人よ。いくら美味しいお酒を飲ませてもらっても、ビジネスの総仕上げをしないことには、安心してこの国を発つことができないの」
「ビジネス……の、総仕上げ?」
ルシアンが怪訝そうな顔をする中、リゼは懐から一つの小さな革袋を取り出し、王の前のテーブルにコトンと置いた。
袋の口が開かれ、中からこぼれ落ちたのは、最上層のプラントで生み出された『純白の塩』だった。
「陛下。この国の大地を復活させたのはミネラルの『にがり』ですが、その副産物として毎日プラントで作られ続けているこの『塩』……。実はこれ、外界の世界では、王侯貴族が金貨を山積みにしてでも欲しがる『破格の宝』になるって、気づいていましたか?」
「なっ……この塩が、宝だと?」
カシムが白髭を揺らして驚きの声を上げた。
「確かに、我々にとっては命を繋ぐ貴重なものだが、外の世界には海がどこにでも広がっているのだろう? 塩など、彼らにとっては珍しくもないのではないか」
「普通に作られた海塩なら、その通りよ。でも、この『アエテリアの塩』は違うわ」
リゼは振り向き、部屋の隅で静かに酒を飲んでいたカイルに視線を送った。
「カイル、彼らにこの塩が『どうして奇跡なのか』、科学的に説明してあげて」
カイルは小さくため息をつきながらも、手帳を片手に立ち上がった。
「……外界の一般的な製塩方法は、海水を薪で炊いて煮詰めるか、風で長期間乾かすかのどちらかだ。だが、その過程でどうしても焦げ付きが生じたり、空気中のチリやゴミが混ざったりして、塩にえぐみや雑味が残ってしまう」
カイルは眼鏡を指で押し上げ、王や学者たちを見渡した。
「しかし、このアエテリアの最上層は環境が全く違う。まず、標高が異常に高いため『極端な低気圧』状態にある。これにより、水は沸騰することなく低温で極めて早く蒸発するんだ。つまり、熱による成分の変質や焦げ付きが一切起こらない」
「低気圧による、低温蒸発……」
カシムが、カイルの言葉を反芻するように呟く。
「さらに、雲一つない空から降り注ぐ『強烈な紫外線』が、海水を完全に天然殺菌する。その上で、レオが打った神鋼のプラントが均一に熱を伝え、不要な不純物を段階的に沈殿させて取り除いていく……」
カイルはテーブルの上の純白の塩を指差した。
「これらが奇跡的なバランスで噛み合った結果……外界の下界ではどんなに設備を投資しても絶対に再現不可能な、『雑味が一切なく、純粋なミネラルだけが完璧に結晶化した純度百パーセントの塩』が生まれる。それが、この塩の正体だ」
「純度、百パーセントの塩……!」
ルシアンが息を呑み、テーブルの上の塩を凝視した。
「その通り」
リゼがカイルの説明を引き継ぎ、自信に満ちた声で広間に宣言した。
「私は商人として、これまでに数え切れないほどの国の特産品を見てきたわ。でも、これほど純白で、結晶が美しく、舌の上で雪のように溶ける極上の塩は見たことがない。これを外界の巨大市場に持ち込めば……『天空の塩』として、間違いなく最高級のブランドになるわ」
リゼの言葉に、広間は水を打ったように静まり返った。
長年、ただ枯渇していく資源を眺め、自分たちは何も生み出せないと絶望していたアエテリアの人々。彼らの足元にあるプラントから毎日無尽蔵に生み出されているものが、外の世界を熱狂させるほどの価値を持っているという事実に、誰もが衝撃を受けていた。
「そこで、陛下。私のビジネスの提案よ」
リゼは、アルディス王の目を真っ直ぐに見据えた。
「この『天空の塩』を、私たちアルバトロス号が外界へと運ぶ専属の商船になるわ。そこで莫大な富に換え、その代金として、アエテリアに決定的に不足している『外の物資』……丈夫な鉄のインゴット、良質な布、新しい工具、そして外界の知識が詰まった本を、山のように積んで帰ってくる」
「我々の塩と引き換えに、外の物資を……」
アルディス王の瞳が、驚きに見開かれた。
「もう、あなたたちは一方的に支援されるだけの哀れな国じゃないわ」
リゼは力強く言い放った。
「自分たちの手で極上の特産品を生み出し、外の世界と対等に渡り合い、必要なものを自らの価値で買い付ける。アエテリアはもう閉ざされた鳥籠じゃない。外の世界としっかりと繋がる、立派な一つの『交易国』になるのよ!」
その言葉が響き渡った瞬間。
「うおおおおおおっ!!」
ガランが、たまらずといった様子で両拳を天に突き上げて咆哮した。
「聞いたか、お前ら! 俺たちの国が、外の世界と対等に取引をするんだとよ! もう配給を待ってひもじい思いをする時代は、永遠に終わったんだ!!」
「最高だぜ、リゼ! 鉄が山ほど届くなら、俺はもっともっとすげぇ機械を造ってやる!」
セトもテーブルを叩いて立ち上がり、若者たちと肩を組んで歓喜の声を上げた。
「……外の世界と、対等に」
カシムは震える手で白髭を撫で、ルシアンもまた、胸の高鳴りを抑えきれない様子で王を見つめていた。
アルディス王は、静かに目を閉じた。
数百年もの間、国を閉ざし、外界を穢れとして遠ざけ、ただ静かに滅びる道を選んできた王家の歴史。その重い扉が今、一人の若い女商人によって、完全に、そして清々しいほどに蹴り破られたのだ。
やがて王はゆっくりと目を開き、その威厳ある顔に、これまでにないほど深い、そして明るい笑みを浮かべた。
「……君の商才には、どう足掻いても敵わないな、娘よ」
「あら、最高の褒め言葉として受け取っておくわ、陛下」
リゼが不敵に笑う。
「ルシアン。すぐに羊皮紙と羽根ペンを用意しなさい」
アルディス王が力強く命じると、ルシアンは「はっ!」と弾かれたように立ち上がり、すぐさま準備を整えた。
「我々アエテリア王国は、君たちアルバトロス号を公式な『専属交易船』として任命する。我々の誇り高き『天空の塩』を外界へ運び、その対価として我らの未来を育む物資を持ち帰るという、独占交易協定を結ぼう」
王の宣言とともに、羊皮紙に歴史的な署名が交わされた。
閉ざされた空の国と、外の世界が、正式に経済の血流で繋がった瞬間だった。
「「「うおおおおおおおっ!!!」」」
広間は、これまでにないほどの大歓声と拍手に包まれた。
ガランやセトたちがリゼの周りに集まり、彼女を胴上げせんばかりの勢いで褒め称えている。
「ふふっ、これでいつでも、この国と繋がっていられるね」
シェリルが、署名された羊皮紙を見つめながら嬉しそうに僕に微笑みかけた。
「ああ。うちの商人は、本当にえげつないほど優秀だからな」
僕は油まみれの手で鼻の頭を擦り、大騒ぎしているリゼの姿を見て苦笑した。
アエテリアを完全な死から救い出し、さらに未来永劫の豊かさを約束する交易のパイプまで繋いでみせた。
リゼという一人の商人による、完全無欠の大勝利だった。
「さあ、そうと決まったら、のんびり酒を飲んでる暇はないわよ!」
リゼが群衆の中から抜け出し、僕とカイルに向かってビシッと指を突きつけた。
「レオ! カイル! 明日からさっそく、アルバトロス号の最終メンテナンスに入るわよ! 大量の塩を積んで、どんな嵐の壁も余裕で突き抜けられる『無敵の商船』に仕上げなさい!」
「へいへい、わかってるよ」
「やれやれ、人使いの荒い商人だ」
僕たちは笑い合いながら、酒の入ったグラスを高く掲げた。
アエテリアでの長かった仕事も、いよいよ本当に最後の仕上げの時を迎えようとしていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
「天空の塩」を武器に、外界との独占交易協定を成立させたリゼ。完璧な大勝利です!
これまで一方的に援助するだけかと思われたアエテリアが、自らの価値で外の世界と対等に渡り合う「交易国」へと生まれ変わりました。
「もう見栄を張る必要はない」と笑うアルディス王の顔も晴れやかですね。
いよいよアエテリアでの物語も大詰め。明日から、アルバトロス号の最終改修に入ります!




