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第32話 貫けぬ甲冑

《秋葉原・レイディオ会館内部》


砕堂との交戦を終えた第3部隊は、間髪入れず非常階段へ流れ込んだ。

誰一人、息を整えようと立ち止まらない。


5階。

6階。

7階――。


足音は揃っているが、重ならない。

速度も呼吸も、訓練で叩き込まれた“最適解”のまま、淡々と上へ。


「……この、一つ上です」


8階手前で、内場が低く告げる。

耳を澄ませ、反響の違いから上階の気配を拾い上げていた。


先頭の荒屋が、わずかに顎を上げる。


「――9階か」


最後尾、副隊長・安藤が即座に口を開いた。


「部隊を割りましょう。一方向突入は危険です。

 人質がいれば、なおさらです」


荒屋は一瞬だけ思考を走らせ、即断する。


「前の7人はこのまま上がり、9階入口で待機。

 安藤、後方7人を率いて8階に残れ。存在圧をかけろ。

 人質がいる以上、こちらから踏み込む理由はない」


短く、無駄のない指示。

隊員たちは声を出さず、うなずきだけで応じた。


人質がいる室内への突入は、制圧ではなく賭けだ。

異能者が一人でも動けば、銃声より早く命が奪われる。

だから特災対は軽率に踏み込まない。


荒屋分隊は白柳、李、木ノ下を含む7名。

安藤分隊は内場、長谷川、ドルチェを含む7名。


荒屋分隊が階段を上がる背を見送る。

暫くすると、安藤が扉の取っ手に手をかけた。


「……行きますね」


安藤の声は低く、揺れがない。

そのまま非常階段の扉を押し開ける。


ガチャ…


冷気が流れ込んだ。

異様なほど冷たい。まるで業務用冷蔵庫の内部だ。


(なんだ…この寒さは。空調か?いや、にしても…)


内場は冷気を肌に受け、思考を巡らした。


一同は念入りにクリアリングしながら、安藤を先頭に進む。

フロアを占めているのはホビーショップ。

模型、工具、エアガン、鉄道模型――無数の“遊び”が、静かに並んでいる。


内場は白い息を吐いた。


――この上に、異能者が2人。

そして、何も知らない人質がいる。


自分たちの一歩が、誰かの生死に直結する。

その重さが、胸に沈む。


エスカレーター越しに、上階の音がはっきりと届く。

男の低い声。

押し殺された、複数の呼吸。


安藤分隊は、あえて足音を殺さず、棚の影へ散開した。

これは隠密ではない。

"こちらは制圧可能だ"と示す、圧力だ。


内場は棚越しに、停止したエスカレーターを糸目で睨む。


(……怖い。

 でも、ここで逃げたら、意味がない)


安藤が最前位置で身を屈め、振り返る。

手信号。


――《接触》。


緊張が、空気を締め上げる。



安藤が、上階に向けて口を開いた。


「警察の者です」


その声は、穏やかで、しかし芯があった。


「あなた達は既に包囲されています。

 大人しく投降してください。悪いようにはしません」


沈黙。


内場の心拍が、耳の奥で鳴る。


やがて――

一つの足音が、上から降りてきた。


トン……トン……


「……来る」


銃を握る手に、力がこもる。


カン……カン……


エスカレーターを下ってきたのは、男が一人。


黒い長髪。前髪で顔を隠し、細い輪郭に鋭いつり目。

――江藤忠政(えとうただまさ)だった。


(……違う)


内場は、瞬時に違和感を覚えた。

ブリーフィングルームで見た写真では、肌は荒れ、瘢痕が目立っていた。

だが目の前の男の皮膚は、異様なほど滑らかだ。

光を弾くような、不自然な艶。


「そのまま両手を上げて、こちらへ。大丈夫ですよ」


安藤は笑顔すら浮かべている。

だが、その視線は一切、油断していなかった。


エスカレーターの中程で、男が止まる。


「……お前ら」


低い声。


「特災対か?」


空気が凍る。


(なぜ知ってる!?)


超機密機関――

存在を知られているだけで、異常だ。


安藤の表情が、ほんのわずかに硬くなる。


「……やはりか」


江藤は、笑った。

安堵と歓喜が混じった、歪んだ笑み。


次の瞬間――


ボコボコ、と異音が走る。


皮膚が盛り上がり、黒く変色していく。

生き物のように、肉が“装甲”へと変わる。


「構えて!」


安藤の号令が飛ぶ。


――情報を知っている。

――準備もしている。


ただの異能犯罪者じゃない。


内場の背筋を、冷たいものが撫でた。


カン……カン……


禍々しい姿の江藤が、歩みを止めない。

そのままエスカレーターを降り、8階の床へと踏み出す。


「止まりなさい。撃ちますよ」


HK416の照準が揃う。


「撃てばいい」


江藤は、平然と言った。


「足を撃ちます」


乾いた発砲音。


ダダダン!


弾き返された跳弾が床を打つ。

だが、江藤の動きは止まらない。


「硬い!効いてない!」


隊員達が一斉に引き金を引く。


ダダダダダダダダッ!


銃声が、8階を満たす。


銃弾を浴びながら、江藤は右腕を上げる。


メキメキと、掌の皮膚が形を変える。

やがてそれは、湾刀のような刃の形を成す。


江頭がこちらに向かって走り出す。


「退きましょう!」


安藤の判断は速い。


ザンッ!!


棚が叩き斬られ、商品が床に散乱する。


内場は歯を食いしばり、後退しながら考える。


(銃が効かない!どうすれば…)




◆◆




《秋葉原・レイディオ会館/非常階段・9階前》


同時刻。

荒屋たちは、9階へ続く踊り場で動かずにいた。

銃声が、階下から断続的に響いてくる。


ダダダダダダダダ……


乾いた音――交戦中だ。


(下はどうなっている……)


状況は見えない。

だが、人質がいる以上、動けない理由だけははっきりしている。


「男ってぇのはよ、真っ直ぐ踏み込まなきゃ筋が通らねぇだろ」


白柳が、苛立ちを噛み殺した声で言う。


「下手に異能者を刺激して、人質が殺されれば終わりだ」


荒屋は即答した。声は低く、感情が乗らない。


「下で派手にやってる。

 今、9階に刺激を与える理由はない。

 隙ができた瞬間に――救う」


そう言って、荒屋は後方を振り返る。


「李。下を見てこい。

 必要なら、加勢しろ」


「おっひょっひょ……」


李は笑うような声を残し、手すりに軽く触れると、

影のように階段を滑り降りていった。


荒屋は再び、9階の扉を見る。

この向こうには、人質がいる。


――守るべきものがある限り、不用意な突入はしない。

それが、特災対だ。




◆◆




《秋葉原・レイディオ会館/8階フロア》


安藤分隊は、商品棚の迷路を駆け抜けていた。


金属音。

棚が裂ける音。


江藤が、右手から生やした刃を振り回している。

皮膚が金属のように黒く隆起し、刃先が光る。


ドドドド!


ドルチェの銃が棚越しに火を吹く。

眉間。こめかみ。心臓。

殺すための射線。


だが――


江藤の体には、傷一つ付かない。


「ははは!」


嗤い声。


「無駄だって言ってるだろ。

 お前らの“武器”は、俺の前じゃ玩具だ」


刃が棚を貫く。


ドルチェが身を捻るが、刃が脇腹を掠める。


「ぐっ……!」


血が散る。


(――今だ)


内場は棚の間から、迷わず引き金を引いた。


パン! パン!


狙いは江藤ではない。

床。棚の支柱。天井の照明。


火花が散り、視界が揺れる。


「チッ……!」


周りに気を取られている一瞬の隙。

その間に――


砲弾のような衝撃が、横合いから叩き込まれた。


ドゴォッ!!


江藤の身体が宙を舞い、商品棚ごと吹き飛ぶ。


「下がってください、ドルチェくん!」


安藤だった。

全体重を乗せた体当たり。


(今の一瞬、作れた……!)


内場は歯を食いしばる。


江藤は棚を突き破り、床に叩きつけられる――が。

何事もなかったかのように、立ち上がる。


「……効かねぇな」


刃が、安藤に振り下ろされる。


「ふん!」


安藤は床を蹴り、バク転、バク宙と連続して距離を取る。

ふくよかな体とは思えない、異様な程の身軽さ。


着地と同時に、ハンドスプリング。

そして流れるように、踏み込み。


「……なんだ、この素早いデブは!」


江藤がもう片方の掌から皮膚の刃を生やす。


ドン!


だが、その前に――

安藤の拳が、鳩尾に突き刺さる。


だが、手応えがない。


「……チッ」


拳から血が滲む。

安藤は距離を取った。


「無駄だ」


江藤が言い放つ。


皮膚操作(スキンコントロール)

 皮膚は、身体を守る防御のための器官だ。

 お前らの攻撃は、届かない」


(ダメだ……外皮が硬すぎる。

 僕じゃ、止められない)


内場は呼吸の速さを自覚する。

選択肢が、ひとつずつ削られていく音がした。


「……なら、これはどうじゃ?」


江頭の背後。


「発勁!!」


ドッ!!


李の掌底が、江藤の胴に叩き込まれる。

内部を揺さぶる衝撃。

江藤が、初めて体勢を崩した。


「……ぐっ」


「発勁…力を浸透させる内部破壊技じゃ。

 暗殺じゃと、よーく使う技でな」


だが――江藤は平然と立つ。


「……少し、響いた。

 だが、それだけだ」


皮膚が、再び盛り上がる。


「……硬すぎるのう」


李の眉がぎゅっと寄せられる。


「俺の皮膚は、何人も貫けない。何も効かない」


江頭の胸から腹にかけての皮膚が、盛り上がる。


「死ね」


その瞬間――


ザン!!


江藤の胴体から、複数の刃が噴き出した。


安藤と李は跳ぶ。

だが、刃が身体を掠める。


「ぐっ!」


「痛いのう!」


「安藤さん!李さん!」


内場は声を振り絞り、無意識に引き金を引く。

だが、弾は江藤の皮膚をはじき返すだけで、音だけがフロアに響いた。


「一旦退いて! 対策を――!」


長谷川が叫ぶ。



――だが。



ミ……ミ……


空気が、変わった。


エスカレーターのある方向から、

冬そのものが流れ込んでくる。


息が白くなる。

皮膚が、痛い。


パキ……パキパキ……


エスカレーター。

天井。


エスカレーターに通じる場所が、次々と凍りついていく。


「まずいのう……!」


李は咄嗟に顔を向ける。

目に、戦意と同時に警戒の色が走った。


「……もう一人の異能者か!…やばい!」


内場の頬に、一筋の汗が伝う。




カン……カン……


凍りついた段を踏む、足音。


「包囲してる、と言ったな」


エスカレーターを降りてきたのは、一人の男。


灰色のパーカー。

フードの奥の目が、冷たく光る。


――鮫田開智(さめだかいち)


「詰んでるのは……」


一拍。


「お前らの方だ」


その言葉と同時に、

8階の温度が、さらに落ちた。


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