第九章 新たな時、そして心に生きるひと
あれから季節が巡り二年の時が経った。
王都の朝は、いつもと変わらぬ陽光に満ちていた。
けれど、その光の中を歩く少年の姿は、二年前とはまるで違っていた。
今や堂々たる王太子ウィリアルドは、
背筋を伸ばし、静かな威厳を漂わせながら、ゆっくりと学び舎へと歩を進めていた。
その横には、柔らかな微笑を浮かべたひとりの少女が寄り添っている。
「今日の授業は経営学ですね。ウィリアルド様の得意分野ですわよね」
「ああ、そうだったね。ありがとう、ルーデンドルフ嬢」
「昨日お渡しした資料、一読いただけましたか?」
「孤児院への寄付、経営に関することだね」
「はい。領地にある孤児院の管理を、父から任されることになりまして。
管理や運営は初めてのことで、殿下にご助言をいただければと」
「立派な取り組みだね。何かあれば、いつでも相談してほしい」
「ありがとうございます。ではさっそく、授業の後、お時間を……」
「……授業のあと、立ち寄る場所があるんだ。その後でも構わないかな」
かつての“婚約者の親友”は、今や婚約者候補として正式に王宮に仕えていた。
ふたりで歩く姿は、誰の目にも美しく、理想の一対に見えた。
だが――その距離に、触れられない“壁”があることにリアナは焦っていた。
「…今日もあの場所へ行かれるのですか?」
リアナが訊ねると、ウィリアルドは微笑みながら短く頷いた。
「……ああ」
***
ディアクレス家の南庭。
かつてクラリスが育った屋敷の片隅に、小さな墓所がある。
その中央に、白い石で作られた墓標が静かに佇んでいた。
《クラリス・ディアクレス
光のように在りしひと》
墓の前に立つウィリアルドは、ひとり黙って花を供える。
金糸色のリボンで束ねた星霞草。
あの日、彼女が最後に抱えていた花と同じものだ。
「……君がいなくなってから、もう二年が経つよ」
彼は墓石に視線を落とし、静かに目を閉じた。
「僕はまだ、君に“緑の髪飾り”を渡せていない。
でも……ちゃんと胸の中で渡したよ。君の髪に、ちゃんと似合ってた」
風が吹く。
空を見上げれば、どこまでも青い。
だが、その青の中には、金色の髪も、青い瞳も、映らない。
「……クラリス。どうして僕はまだ、認められないんだろう。
きっと、まだ――諦めきれないんだ。
……笑っちゃうだろ。君がまた、どこかに隠れてるだけにしか思えないんだ」
その声は、風にかき消された。
***
その日、王都の外れにある大衆食堂では、
一人の少女が、笑顔で客を迎えていた。
「いらっしゃいませ!」
揺れる金色の髪。
そしてその瞳は――どこか、深い青を湛えていた。
もちろん、少女の名は“クラリス”ではない。
だが、その笑顔は、どこか懐かしいものを纏っていた。
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