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忘却の花嫁  作者: あかさ


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第十五章:沈黙の衝動

「頼む、どいてくれ!」


雑踏の中、ウィリアルドの声が空へと消えたその直後。


「……殿下、お止まりください!」


ライナートが鋭く声を上げ、王太子の肩を後ろから掴んだ。


「放せ、ライナートッ!あれは……っ!」


「落ち着いてください!民の目が――」


王太子を囲んでいた人垣が異変に気付きざわつき始める。


(まずい、ここで騒ぎになれば……)


「殿下、これは“視察”です。感情に流されてはなりません……っ!」


その声に、ウィリアルドは歯を食いしばりながらも、拳を震わせて立ち止まった。


「……すまない、ライナート……」


彼の瞳は、まだ去っていった金の光を追っていた。


***


数分後。

視察団の一行は、沈黙の中で帰路の馬車へと戻った。


ライナートは素早く部下たちを呼び寄せ、小声で告げる。


「今の件は、一切他言無用。……よいな?」


「「はっ」」


若き騎士たちは戸惑いを見せつつも、忠誠の色をにじませて頷いた。


ライナートは一呼吸おいて、王太子の馬車へと乗り込む。


***


日が西に傾く頃。

馬車の中では、静かな揺れと共に、重たく澱んだ空気が流れていた。


言葉を交わす者は誰もおらず、ただ木の車輪のきしむ音だけが、時折その沈黙を割った。


ライナートは、目の前に座る主君の横顔をちらと見る。


ウィリアルドは、未だ視線を落としたまま、何も語らない。

けれど、肩のわずかな震えが、いま心に渦巻いている動揺を雄弁に物語っていた。


(――私が仕えていて、ここまで殿下が心を乱されたのは……

クラリス様が“消えた”時以来だ)


彼は深く息を吐くと、口を開くことなく、ただ目を閉じた。


この沈黙を、破るべきか否か――

忠義とは、時に主の痛みを「見守る」ことにこそ宿る。

そう信じて、彼はその静寂に身を預けた。


やがて――


「…………見間違い、だったと思うか?」


その声は、どこか自分自身に問いかけているようだった。


(見間違い?)

ライナートは一瞬考え、言葉を選んで応える。


「……申し訳ありません。

あの時、私が確認できたのは髪の色だけでした。ですが……」


ライナートは、言葉を慎重に選ぶように続けた。


「庶民ではまず見かけない、目を引くほどの美しい金髪でした。

……クラリス様を、思い出さずにはいられない色でした」


その言葉に、ウィリアルドは目を伏せ、わずかに息をついた。


「……お前は本当に優秀だな」


その言葉の裏には、信頼と感謝がにじんでいた。


ライナートは、少しだけ迷った末に、そっと問いかける。


「殿下は…クラリス様が生きている…

そしてあの少女が、クラリス様かもしれないと、

――そうお思いなのですね?」


まっすぐに尋ねたその声に、ウィリアルドは返事をしなかった。

けれど沈黙が、それを肯定しているように思えた。


「…………私がおかしくなったと思うか?」


しばらくの沈黙


「……そんなはずはないのに。

あり得るはずがないのにな……」


ウィリアルドは低く呟いた。

言い聞かせるように。

けれど、その声には、どこか諦めきれぬ祈りが滲んでいた。


ライナートは、黙ってその言葉を受け止めた。

そして、穏やかに静かに告げる。


「――殿下が、あの事件の真相を探り続けていたこと。

私はずっと知っておりました」


ウィリアルドは、ぐっと拳を握りしめた。

爪が食い込むほどに、両膝の上で強く。


「……なら、なぜだ。

もし彼女が生きているなら――

どうして名乗らない? どうして僕の前に……姿を見せない?」


声は、怒りではなかった。

傷ついた心が、答えを求めて絞り出すような、かすかな叫びだった。


ライナートはそっと目を伏せる。

そして、言葉を選びながら問う。


「それを――

確かめに行かれるおつもりですか、殿下?」


沈黙が降りた。

短くも、深い沈黙だった。


ウィリアルドの目に宿った影が、わずかに揺れた。


「わかっている。……わかっているさ」


ウィリアルドは額に手を当て、吐息をひとつこぼす。


「だが……この胸の疼きは、どうしても否定できない」


胸の奥に湧き上がる衝動が、理性と葛藤を始めている――

そのことだけは、ライナートには痛いほど伝わっていた。


「殿下は、私たちの光です。

その光が示す道なら、私たちはためらわず従います。」


静かながら、確かな決意を秘めた声だった。

まっすぐに向けられた言葉は、ウィリアルドの胸を深く打った。


数瞬の沈黙ののち――


「……ライナート、頼む」


王太子は低く、けれど確かな声で続けた。


「……あの少女を、探してくれ」


目を伏せていたライナートが、そっと顔を上げる。


「……承知いたしました」


その声音には、騎士としての忠誠と、友としての想いが重なっていた。


「まずは私ひとりで動いてみます。

殿下は王都での務めを優先なさってください。

何かわかり次第、必ずご報告いたします」


「……ああ。頼んだ」


はっきりと、そう返したウィリアルドの瞳には、もはや迷いはなかった。

これまで胸の奥に押し込めていた何かが、ゆっくりと溶けていくようだった。


馬車の中には、やわらかな沈黙が流れた。

それは悲しみでも迷いでもなく――

ようやく定まった、ひとつの“覚悟”が生む安堵の空気だった。


「ありがとう、ライナート」


「お役に立てて光栄です、殿下」


「こんなおかしな話に付き合ってくれるのは、お前だけだな」


「殿下が、あの事件の終幕にご納得されていないこと。

私は、ずっと承知しておりました」


「さすが、ライナートだな」


「それと……言い忘れておりましたが――

昔から、殿下はクラリス様のこととなると、少々おかしかったですよ」


ライナートの声は、いつもよりわずかに柔らかかった。


「なに? まったく……お前は冗談も上手いな」


(――半分本気なのだが)


ライナートは、またもその言葉を飲み込み、静かに微笑んだ。


王太子とその近衛騎士。

ふたりの間に、変わらぬ信頼と新たな覚悟が宿っていた――。


最近、客先からのクレーム対応でHPが削られっぱなしです…

更新ペースが乱れるかもしれませんが、生きてます。書く気もあります。

どうか気長にお付き合いください~!

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