第十三章 寄せられる願い
誰も気にしてないかもだけど…
エピソード名が一番悩む…だんだん関係なくなるかもしれません。
視察を控えた前日の午後。
王宮の応接間には、静かな緊張と、夕日の光が差し込んでいた。
王と王妃、そして王太子ウィリアルド。
久しぶりに、三人が落ち着いて顔を合わせる時間だった。
「……順調に準備は進んでいるようだな、ウィリアルド」
王の低く落ち着いた声に、ウィリアルドは深く頷いた。
「はい、陛下。今回の視察は、2日に分け王都を北から南まで。
市民の暮らしを目にし、声を聞き取る機会といたします」
「うむ、さすが我が息子。立派になったものだ」
王の瞳には、誇らしさと共に、微かに探るような色が浮かんでいた。
その視線を受けながら、王妃がふと口を開いた。
「リアナ嬢も、あなたのことをとても気にかけておりますわ。
……最近、よく顔を合わせているようですけれど」
ウィリアルドは、その言葉に静かに頷くだけだった。
「婚約者候補として申し分ない方です。公私にわたり、支えてくれています」
「そう……それなら、安心ですわね。
……ウィリアルド、そろそろ“候補”ではなく――」
「王妃陛下、まだ明日準備控えておりますので退出させていただきます」
ウィリアルドが出ていき扉が閉まる
少しの沈黙の後、
「王妃よ…まだ早かったのではないか?」
「もう二年も経ちます…それにリアナにも失礼だわ」
「宰相にも申し訳ないしな…だがディアクレス家との関係もある…婚約者を変えるタイミングがな…」
ふぅと2人で溜息をつき、静かな時間が流れた。
それに気づきながらも、ウィリアルドは何も言わなかった。
***
翌朝、出発の直前。
馬車の前に立っていたウィリアルドのもとに、足音が近づく。
「ウィリアルド様、おはようございます」
リアナだった。
夜明け前に起きて身支度を整えたのか、いつもより控えめな髪飾りが揺れている。
「……早いね。来てくれてありがとう、ルーデンドルフ嬢」
「お見送りだけでもと思って……ご視察頑張ってください」
「王命だからね。今回はやむを得ないよ」
リアナは一歩だけ前に出ると、小さく微笑んだ。
「どうか、お体にはお気をつけて。王都は広いですから、疲れてしまわれませんように」
「ありがとう。その言葉だけで、十分だよ」
ウィリアルドは肩に手を置こうとして――やめた。
そのかわり、わずかに距離をとって、深く礼を返した。
「それでは、行ってくるよ」
「……お気をつけて、ウィリアルド様」
視線が交差する。その奥には、言葉にできない想いが揺れていた。
リアナは、静かに微笑んだまま、その背中を見送った。
彼女が手を振ると、春風がその手のひらを抜けていった。
******
王都エルヴェリアの朝は、空が澄みわたり、爽やかな風が城の塔を吹き抜けていた。
王太子ウィリアルド・カディスは、視察のための一行を率いて、城門から馬車で出発した。
「準備は整ったな、ライナート?」
「はい、殿下。各地の役人や警備の手配も滞りなく」
近衛騎士ライナート・グレイアスの応答はいつも通り的確だった。
「ありがとう。……今回は、王都に生きる人々の“目線”で見るように努めるつもりだ」
「殿下らしいお考えです。
ですが、気負いすぎてはいけません」
「…まったく…君は本当に優秀な側近だよ…だけど」
昨日の王との会談で少し沈んでいた気持ちを読まれて、照れくさそうに笑う。
少し落ち着きを取り戻したあと、
静かに揺れる馬車の中、ウィリアルドは一枚の書類を見つめながら、そっとため息をつく。
(王子としてではなく、“一人の人間”として向き合わなければ。僕は……もう誰かを失いたくない)
遠くにかすむ民の暮らし、その中にある“声なき声”――
今の彼には、それを拾い上げる覚悟があった。
視察初日は王都の北市場から始まり、工房地区、医療施設へと順調に進んだ。
民の反応は概ね良好で、警護との連携も申し分ない。
「順調だな」とライナートが言い、ウィリアルドも静かに頷いた。
明日の視察もこのまま何事もなく終わるだろうと安堵していた。
***
そのころ、王都の郊外では。
「セラン、これお願い。いつもの八百屋に行ってきてくれる?
ごめんね、最近腰が悪くって」
「はーい、お母さんは無理しないで座ってて」
「気をつけるんだよ」
「すぐそこだし、寄り道しないで帰るから大丈夫だよ」
エプロンの腰紐をきゅっと締め直し、セランは籠を持って外に出た。
春風が頬を撫で、金色の髪がふわりと揺れる。
「今日は何があるかな〜♪」
軽やかな足取りで石畳の通りを進む。
行き交う人々に笑顔で挨拶しながら、彼女は小さな日常を大切に生きていた。
だがその時――
風がふと、彼女の頬をなでて通り過ぎた。
(……ん?)
胸の奥が、きゅっと締めつけられるような感覚。
理由もわからず、セランは立ち止まった。
「あれ……?なんだろう、変な感じ……」
「……行かなきゃ。お母さん、待ってるし」
気のせい、そう思ってまた歩き出す。
けれど心のどこかで、何かが小さく揺れていた。
(あの声……あの夢……また、見そうな気がする)
二つの運命が、今――ほんのわずかに、重なり始めていた。
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