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第25話 銀を食べる

 スヌールヴェル。

 そこは銀山を中心として栄えた町。今なお世界有数の産出量を誇る銀の都市であり、同時に山から絶え間なく溢れる魔物に悩まされ続ける場所である。それ故にこの地には大規模な軍施設もあり、そこでは新兵たちの訓練が行われているのだ。


 アイザドラク号が街の中へと入っていく。鉱山と軍の町であるが故か、今までの都市と比べると無骨な印象を受ける。飾り気がなく、観光には向かない、そんなイメージだ。


「中々面白い休暇になったぜ」


 個室から荷物を持ってオーテスが現れる。異世界人との出会い、過去に聞かされた昔話、その二つが繋がるという稀有な経験。それが彼の顔に笑みを浮かばせ、その心に冒険者時代の探求心を蘇らせたのだ。


「こちらこそ色々と聞かせてもらって、ありがとうございました」

「面白かったよ~。特に冒険者時代の話!」

「そりゃ良かった」


 ハッと精霊の軍人は笑う。


「オーテスさんはスヌールヴェルの基地に行くんですよね」

「この後な。オレがいない間に新兵どもが弛んでないか確かめるために、明日到着って伝えてある」

「うわ酷い」

「クックック、連中の慌てふためく顔が目に浮かぶなァ」

「悪い顔してますね……」


 邪悪な顔で数時間後の光景を頭に思い浮かべるオーテス。おそらく彼の想像通りの事が後ほど起き、新米兵士たちは酷い目に合うのだろう。タビトは心の中で見知らぬ兵士達に合掌する。


 オーテスは鬼軍曹であった。


「魔物を相手にする仕事だからな、油断したらあっという間に死んじまう。そうならんように小僧共を鍛えるのがオレみたいな奴の仕事なのさ」

「おおっ、なんかカッコいい!」

「ふ、そうか?」


 若い女子から褒められて彼は得意げだ。百八十六歳の彼からすれば二十三のノーラなど幼児のようなもの、子供に尊敬の眼差しを向けられればオジサンは喜ぶものなのである。


 鉄の龍が吠えた。その速度が段々と緩やかになっていく。

 駅のホームへと入った汽車は動きを止めた。


「それじゃあな。ああそうだ、もしオレに何か連絡したい事があったら、ココの基地宛てに手紙を寄こしな」

「よし、今度暇潰しにお手紙出すねっ」

「こら止めろ。女の名前で変に手紙が届くと他の連中が騒ぐ」

「なんとっ。これは俄然ヤル気が出てきたぞ~」

「てめコノ」


 ひゅわっと風が手に絡み、オーテスはノーラに向けて手を突き出す。

 彼女の額に空気の弾が命中し、ぱこぉんと良い音が鳴った。


「ぐはぁっ」

「へッ、じゃあ元気でな~」

「オーテスさんもお元気で。さようなら」


 ひらひらと手を振るオーテスにタビトも手を振る。衝撃は強くとも痛みの少ない一撃を喰らったノーラもすぐに復活して、ばいばいまたね、と別れを告げた。


「ノーラさん、大丈夫ですか?」

「音は凄いけど痛みは無いね、流石は軍曹どの。魔法がお上手ですわ」

「……本当に大丈夫ですか?」


 冗談なのか、それとも本当に頭に何かあったのか、どうにも判別が付かずにタビトはノーラを見る。彼女は本気で心配されている事に気付いて大慌てで、大丈夫大丈夫、と自身の無事を彼にアピールした。


 が。


「あはは、分かってますよ」

「くっ!?」


 揶揄われたと分かってノーラは頬を赤くする、恥ずかしい。そんな彼女の様子にタビトはクスクスと笑い続けている。


「ぐぐぐ……うなーっ!」

「うわぁっ!?」


 形勢不利を逆転するためにノーラは強硬策に出た。飛びつく勢いでタビトの顔を掴み、ぐにぐにもにもにと揉みしだいたのだ。実力行使ではとても彼女には敵わない、彼は早々と謝罪の言葉を吐いて降参した。


「ふっふっふ、分かればよろしい」

「酷い目にあった……」


 解放されたタビトは力任せにグニられた頬を擦る。


「さぁて無事に勝利したし、ご飯にいきますかねー」


 気分上々でノーラは立ち上がった。


「ヴァルボスは豚、パルトゥリーは牛、ゼーロントは魚……スヌールヴェルって何が有名なんですか?」

「え? 銀」

「いや食べられる物を聞いてるんですけど」

「だから、銀」

「は? 揶揄ってます?」

「いやいや、そうじゃないって。うーん、行けば分かるよ、さあさあ」


 怪訝な顔をするタビトの腕を彼女は掴む。ぐいぐいと引かれるままに彼は立ち上がり、彼女に続いて町へと繰り出していった。


「むぅ……」


 車輌から出ていく彼らの背をゼーミアが見ていた。昨日とは異なり、今日の彼女には仕事が一杯だ。サボりなど出来るわけもなく、同僚メイドからサッサと担当の部屋へ向かえと急かされる。残念そうな顔をしながら、彼女は渋々な顔でパーフェクトなメイドとして業務を開始した。


 悲痛な思いで彼女が仕事に励んでいる事など、もちろん知らないタビトのノーラ。町へと出た二人は、手ごろな値段が書かれた看板を出す店へと吸い込まれていった。


「で、そろそろ教えてくださいよ。名物が銀、って何ですか」

「ふっ、見てもらうのが一番分かりやすいんだよ……という事で、店員さーんっ」


 呼ばれてやって来た店員に彼女は、タビトに聞こえないようなヒソヒソ声で注文を伝える。隠し事をされた彼は責める目でノーラをジロリと見るが、彼女はにやにやと笑うだけだ。


「お待たせいたしました」

「は……?」


 やけに早く店員が料理を持ってきた。

 しかしタビトの前に出された皿の上には。


「え、あの、銀の塊?」


 ゴツゴツとした見た目の、拳二つ分くらいの大きさの銀色の物体。メタリックに光るその外見は、どこからどう見ても食べ物だとは思えない。店員にまで協力させて自分を揶揄おうとしているのか、タビトがそう考えて皿に落としていた視線を上げる、と。


「ノーラさん!?」

「ふが?」


 ノーラはその金属に齧り付いていた。ばきばきざくざくと音がする。


「むぐむぐんも、もまあも」

「え、歯、無くなりました?」

「ごくん。そんな訳無いでしょがっ」


 かなり真面目な顔で言うタビトに、口の中の物を呑み込んで彼女は抗議した。


「普通に食べられる物だから。さあガブッと行きなさい、ほらほら」

「え、ええぇ~……」


 少なくとも揶揄おうとして銀の塊を出してきたわけではなさそうだ。毒見は既に済まされている、であるならば、多少の疑念や怖さはあろうとも行くしかない。タビトは覚悟を決めて、金属金属した塊に齧りつく。


 ばきばきと音がなる、がその響きとは裏腹に食感は硬くない。密度が高いウエハースかクロワッサン生地が近いだろうか、とタビトは考える。続いてねっとりとした中身が歯に当たった、こちらは何の抵抗も無い。


 外側の皮? は香ばしく、中のスイートポテト? はいい具合の甘さ。料理としてはしっかりと計算して作られた物だ。成程これは町の名物として広まるのも分かる、そうタビトは思って口の中の物を嚥下した。


「美味しいですね、これ」

「でしょー。ふっふっふ、驚いたかい?」

「勿論ですよ。食べ物で銀が有名だなんて言うから揶揄われているのかと……。でもこんな見た目の面白い料理が作れるなんて、ココ、実は有名なお店なんですか?」


 彼の質問に対して、何故かノーラはニマニマと悪戯っぽい笑みを浮かべる。その真意が読み取れず、タビトは首を傾げた。


「ふっ、やはりそう思ったか!」

「え、どういう事です?」

「ソレ、鉱山から採れるのだよ!」

「……? えっと、もしかして熱でもあります? 病院へ連れて行きましょうか?」

「失礼なっ、私は元気元気だよっ!」


 腕に力瘤を作って彼女は壮健さをアピールする。

 どうやら身体に不調は無く、頭も正常な様子だ。


「この銀の塊みたいなの、銀鉱石を採掘してると結構な頻度で出てくるのよ。鉱山で見つかる時はもう少し大きくて、硬い外殻があるけどね。それを割って取り出されたのがコレ」


 自分の皿にあるそれを彼女は片手で持つ。どう見ても金属塊な見た目にしては軽いが、拳二つ分程度の大きさからすると少々重い。銀の採掘中に発見したならば、すわ大金持ちか、と期待する物体である。


 が、その中身は完全に芋。サツマイモをスイートポテトにして、その形をサツマイモに戻して突っ込んだような物体だ。一番初めにコレを発見した人物は、ぬか喜びにさぞ落胆した事だろう。


「はぁー、こんな物が採れるんですね」


 銀の芋と一緒に出されたスプーンでタビトは中身だけを掬って食べてみた。うん、完全にスイートポテトである。地球では考えられない物体だ、果たしてこれは植物なのだろうか、それとも鉱物の類なのだろうか。


「驚いた~?」

「はい、これ面白いですね」

「ふっふっふ、私の旅記事でも人気だったからね、とーぜんさっ!」


 ばりばりと銀の皮を齧るタビトに、ノーラは実に良い顔で自慢する。


 異世界らしいものを堪能し、二人は旅の居所へと帰っていった。

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