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第23話 精霊さんは神聖ならず

 翌日、朝。

 再度の車内アナウンスで汽車は無事に出発する事が告げられる。

 復旧作業に尽力した鉄道保安部の皆様に感謝だ。


「そろそろ出発ですね」

「そだねー」


 時刻は八時五十分を回り、あと五分もすれば乗り遅れと乗り過ごしへの注意喚起アナウンスが響く事だろう。十分後には鉄の龍が咆哮し、その足を動かし始める。


「お向かいさんは来ないか~」

「ちょっと寂しいですね~」


 今の所、赤の個室に人は入っていない。交流する相手無しで一日過ごすのは少々物足りない、タビトもこの数日で汽車旅に慣れてきたようだ。


 二人がぼけぇとしていると、入口ドアから小さな音がした。何だろうか、と彼がそちらを向く。がしかし、扉が開かれる気配がない。ただの気のせいかとタビトが思った、その時。


 ドアの中央少し上、ただの意匠かと思っていた長方形のそれがガラリと開いた。


「お。よぉ、おはようさん」

「あ、おはよーございまーす」


 入ってきた手のひらサイズのそれは空中をすぃっと飛び、タビトたちの前へとやってくる。金の短髪、長袖長ズボン、そして黒のトレンチコート。片手で担ぐようにして革の鞄を持つ、そんな彼の背には小さな羽があった。


 精霊だ。


「こんにちは」

「おう。一日よろしくな、ボウズ」


 タビトの挨拶に対して、可愛らしくもある小さな彼は少し乱暴な口調で返す。見た目とのギャップが大きい。少しだけタビトが驚いていると精霊はニヤと笑って、一先ず自分の個室へと向かった。先程の入口ドアと同様に、扉の中央少し上の意匠が開く。


「ノーラさん、あれって扉だったんですね」

「あ、そういや言って無かったね。精霊とかの小さな種族用のドアだよ」


 三メートル以上の背丈を持つ種族がいる、その反対でとても小さな種族も存在する。パルトゥリーで仕事に励む精霊を見ていなかったならタビトはとても驚いていた所だ。しかし彼は別の方面で目を丸くしていた。


「あの人、僕の事をボウズって……。精霊はもっとこう、何か神聖な感じかと思ってました」

「タビトくんの世界じゃ、そうなの?」

「いやまあ創作の中の話ですけど。そんなイメージを抱いてる人は多いと思います」


 漫画やゲームにおける精霊は自然の化身であったり、エルフやらと仲が良かったりしていて俗世から離れた存在である事が多い。もちろん例外はあるが、そうしたものだと表現されている。


 既にタビトは得意の魔法で労働に精を出している人物を見ている。それゆえ精霊も自分と同じように生きている存在だという事は理解した。しかしそれでも、乱暴な口調で話してくるとは思わなかったのだ。


「はっはっは。精霊に幻想を抱くとは、随分と夢見がちな小僧だな」


 ガラッと個室扉を開いて、精霊は笑いながら飛んできた。彼はタビトたちの向かい、机の上に胡坐をかいて座る。やはり淑やかな印象は全くない、オッサンの類と言われた方が正しい姿だろう。愛らしい見た目との差が凄い。


「ってか嬢ちゃん、妙な言い方してたな。ボウズの世界? ってのは何だ?」

「あ、聞こえてたんですか」

「はっは、オレぁ耳が良くてな」


 そう言って自身の少し尖った耳を指した。

 そんな彼に二人は異世界に関する説明をする。


「ほぉ、異世界ねェ」

「何か知っている事はありませんか?」

「いやぁ流石に……」

「そうですか……」


 印象とは違えど人間とは異なる不思議な種族、何かの気付きがあるかと期待したが空振りだった。タビトは少し肩を落とす。と。


「ん、そういやぁ」

「お、何か知ってるんです~?」

「いや、とあるお伽噺……昔話があってだな。そこで別の世界についての話がでてくるのよ。まあ地獄みたいな場所だった、て内容だが」

「あらら、夢がないなぁ」


 腕を組んで身体を左右に傾け、精霊は語る。今度はノーラが残念そうにした。


「あの、昔話、なんですか? 創作じゃなくて?」

「おう、オレのひい爺さんが話しててな。本人いわく本当に昔その世界へ行ったんだ、との事だが絶対に嘘だろうがな」

「なんで言い切れるの?」

「そのクソジジイ、ボケてんだよ。あー、今年で幾つになったか。六百九十、いや七百いってたか?」

「え、そんなに長生きなんですか!?」

「ああ。オレはまだ百八十六だが長いジジババは千いくぞ。さっさとくたばれってんだ」


 肩をすくめながら吐き捨てる彼に、タビトは驚愕する。千年生きる存在がいるという事もそうだが、目の前の人物が自身の七倍以上生きているなど信じられない。見た目は非常に可愛らしいというのに。中身がオッサンなのも残念ながら、むべなるかな、である。


「その昔話、どんな感じなの?」

「鉄の鳥に人間が乗って空を飛び、礫を吐いて仲間を堕とす。大地には怪物がいて、破壊の魔法を放って人間を微塵にする。海原には鉄の城が浮かび、凄まじい咆哮と共に海を爆裂させる」

「うわ怖い」

「だろ? ガキの頃は恐ろしくて寝れなくなった記憶があるぜ。あのクソジジイめ」


 ケッと吐き捨てるように彼は言う。子供の頃はどうやら相当怖かったようだ。


「だがな、ジジイはそこで一人の人間と仲良くなったらしい」

「お、急にイイ感じの話に」

「まあソイツは死んじまったんだが」

「あらまぁ……」


 どうあがいても話はいい方向には向かないようである。


「その人間は鉄の鳥に乗っててな、自分の国の為に戦ってたらしい。んである日、ソイツはジジイに別れを告げて飛んでった。なんだったか……かざ? かじ? いいや違うな。その人間は『()ナントカ』になるんだ、って言ってたらしいんだが」


 そこでタビトはハッと顔をあげた。

 そして昔、学校で学んだ一つの単語を口に出す。


「かみかぜ」

「おお、そうだそうだ、それだソレ! ……って、なんでボウズが知ってんだ? クソジジイから話を聞いた事がある、って感じじゃなさそうだが」


 精霊の彼は訝しむ。同じくノーラも首を傾げた。


「僕の国です、僕の国の話です、多分。七十年八十年前の日本、大日本帝国。戦争末期、人間が操縦する戦闘機での軍艦への自爆攻撃、それが神風特攻。多分おじいさんと仲良くなったのは戦闘機パイロットだった」

「なんだと……? じゃあ、あのクソジジイの話はマジだったってのか?」

「いえ、本当にそうなのかは分からないです。似た別の世界かもしれない、でも」


 そう。ただ単に名称が合致するだけならただの偶然かもしれない。抽象的な地獄の話も、それがそのまま世界大戦を指している可能性もあるがそうでない可能性も十分に存在する。


 しかし。


「だいにほんていこく、ってベルベ爺さんが見たっていう冊子に書いてあった……」

「そう、そうなんです。こんな偶然ってあるのかな、って」


 この世界に存在しない事、知るはずの無い別の世界の事。それが短期間で二度も同じルーツに繋がるなど、あり得るのだろうか。


「ふぅむ、中々面白ぇ話だな。王都図書館とクソジジイ、接点は無いはずだ。ジジイは田舎モンだからな。それが繋がる確率、普通じゃありえねぇ」


 そう言って精霊は立ち上がる。


「ヨシ、クソジジイに話を聞きに行ってやる」

「え、本当ですかっ!?」

「だがな、オレぁ軍人だ。やっと取れた休暇をゼーロントで過ごしたばっかりだ。……まあ魔物討伐に手ぇ貸したからある意味仕事したが」

「じゃあ今、汽車が動いてるのは貴方様のおかげ! ははぁ~!」

「よせよせ、ただの手伝いだ」


 机にへばり付くように頭を下げるノーラ、その大仰な振舞いに彼は笑って顔をあげさせた。顎に手を当てて、彼はタビトの事を見る。


「まあそういう事で直近じゃぁ休みが取れそうにない、だから気長に待ってろ。ま、それより先に図書館で本が見つかっちまえば意味は無ぇがな。はっはっは」

「あ、ありがとうございますっ!」


 今度はタビトが頭を下げた。現時点で日本に帰還する最大の手掛かりは王都図書館の冊子だが、更なる可能性が得られるならばそれを喜ばないわけがない。


「礼を言われるような事じゃねぇよ。久しぶりに実家に顔出す口実が出来ただけだからな」


 彼は肩をすくめて礼の言葉を受け取らない。


「それでもありがとうございます。……えっと」

「おおそうだった、名乗ってなかったな。オーテスだ、王国軍の軍曹だ」

「よろしくっ、オーテスさん!」

「おうよ」


 精霊の軍人オーテスは笑いながら、ビシッと敬礼をした。

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