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サラの過去(1)

 モーガン一族の娘は、ある一定の歳になると、見習いとして先輩魔女に弟子入りし、修行を始める。

 ――昔はそれこそ住み込みで、朝から晩まで修行漬けの毎日を送っていたものだが、さすがに最近では一族のみで山奥深くでひっそりと暮らすような生活はできず、ある程度現代社会の仕組みに適応し、昼間は普通に学校へ通い、放課後に師匠の家へ行き、修行をつけてもらう。

 昔のような修行をするのは、夏の休みの間など、長い休みをとっても困らない時期に限られ――だから、普段は毎晩両親の待つ自宅へ帰り、翌朝また出かける、というのがモーガン一族の今日の姿だ。


 ただし、今も昔も変わらない事項がひとつ。――今も昔も、師匠を自分で選ぶことは許されていないのだ。それぞれの個性や適性、能力などを鑑みて、魔女長と呼ばれるモーガン一族代々のまとめ役が決める。

 だから、サラの師匠があのファティマーだと聞いたときは飛び上がるほど嬉しかった。


 「あなたも、彼女を知っているなら彼女の実力のほどは勿論知っているわね? 彼女は、うちの一族でも並ぶものはいないと言われる天才よ。……それは、かつて伝説と言われた天才魔女や、その子孫だっていう吸血鬼王の奥方様は別格だし、魔女長の婆様には及ばないけど、でも、あの歳であれだけの使い手はそうはいない。彼女に憧れない一族の娘はまず居ないわ」


 じっとカップの中のお茶を眺め、サラはこぼした。


 「けど、もう一人いたの。私の他に、ファティマー姐様の弟子に選ばれた娘が」

 別に一師匠に一弟子、と決まっているわけでなはい。事実、一度に三人も四人も面倒を見るバイタリティ溢れる師匠も存在する。


 だが、ファティマーは違った。

 彼女は異界の次元の狭間に個人店を出せるほどの実力者で、その為人界には滅多に戻ってこない。

 だから、長らく誰も弟子を受け入れなかったのだ。

 それでも、魔女長が彼女に見合うと判断した娘が居たならば、ファティマーに魔女長の命令を無視することはできない。ファティマーは弟子を取ることになっただろうが、実際そうはならなかった。

 彼女が初めて弟子にとったのは、天才的な能力を継ぎながら、その生い立ちのせいで魔術のイロハを全く知らずに育ったという娘だった。


 一度、彼女が魔術を行使するさまを皆と遠目に見たことがある。

 ――目にした瞬間、鳥肌が立った。もう、次元が違う、とすら思えた。確かに彼女を教えるならファティマー以外に適任は居なかっただろうと、否応なく納得するしかない光景を目の当たりにしたからこそ、その彼女の弟子に選ばれたという事実が、途方もなく嬉しかったのだ。


 なのに、もう一人、選ばれた娘が居た。

 その事実が、サラの心の奥に、一点の闇を生んだ。


 「当時私は、両親と姉、妹とで5人で暮らしていた。姉は3つ上、妹は5つ下。――つまり私が見習いに入った頃、姉は9つ、妹は3つ。姉は当然、私より先に別の師匠の元へ弟子入りしていて……。とても筋がいいと良く褒められて、両親にもとても可愛がられてた」

 一口サイズのボンボン・ショコラをわざとちびちび齧りながら、サラは渋い顔をする。

 「姉は、私と違ってお人形さんみたいな、とても可愛らしい容姿をしていたから。……私みたいな男女は、あまり喜ばれなくって。妹はまさに一番手のかかる盛りの年頃。今なら、そんな訳がないと分かるけれど、幼かったあの頃の私は、両親に私だけ嫌われているんだと強く思ってた」

 

 サラの言葉に、清士と潤はそろりと互いに目を合わせた。……愛されたい、認められたいと思う人に省みられないと思い込んでしまう気持ちは、痛いほど良く分かってしまうから。


 だから、ファティマーが師匠に決まったと聞いてとても嬉しかったのだ。

 ファティマーに弟子入りを許されるほど優秀だと認められたのだ、当然両親も喜んでくれるものと思ったから。


 「けれど、実際は思ったほどの反応は得られなかった。おめでとう、とは言ってもらったけど、それだけで。ううん、それどころか、浮かれるなって怒られて。……きっと、私だけじゃなかったからだって、私以外にも認められた娘が居たから、私の凄さが霞んだんだって、その時の私は考えた」

 ガリガリとチョコの中に入ったアーモンドを噛み砕き、紅茶で一気に流し込む。

 「だから、その娘――エルに負けたくなくて、私は必死に勉強したわ」


 仇でも見るような目でチョコレートの並ぶ皿を睨み、サラは声を低めた。

 「与えられる課題は全て完璧にこなしたし、空き時間は姐様に借りた本を読んで勉強して、家でも訓練は欠かさなかった。……なのに、どうしても、勝てなくて」


 周りを広く見れば、サラは一族でも優秀な魔女だった。

 「でも、どうしてもエルに勝てなくて。……家では、姉様より上手く魔法ができるとあまり良い顔はされなくて。色々上手くいかなくて、モヤモヤイライラした気持ちだけが募って……」


 初めは一点だった闇が、次第に点々と数を増やし始めた。

 「頑張ったの。たくさん本も読んだし、実技も予習・復習を欠かしたことは無かった。少しでも、スキルアップに繋がると思った事は何でもやった。それでも、どうしても、だめで」

 そんな時、それを見つけた。

 「姐様から渡される普通の本を読むだけでは、全然足りなく思えて。……姐様たちの目を盗んで、禁書に手を出すようになった」

 禁じられた知識や技術、魔法の術が封じられた書物には、興味深い記述がたくさんあって。

 「最初は、さすがに参考程度にするつもりで読み始めたんだけど、その面白さにだんだん取り憑かれたようになって……」

 どんどん増えていく知識。……知識が増えれば、次は実行に移してみたくなるのはサラにとってはごく自然な流れだった。

 「だから、禁書に載っていた術を一つ、試してみることにしたの。……召喚の、魔法を」


 「――召喚」

 ぽつりとオウム返しに呟いた清士に、サラは小さく頷いた。

 「異界の住人を召喚する魔法陣よ。……私は、可愛い精霊や、せいぜい小さな魔獣みたいなものを喚ぶつもりで、術を発動させた……」

 だが、魔法陣から発せられた青白い光りがおさまった後に現れたものをみて、サラは酷く落胆した。

 「だって、そこに立っていたのはどう見ても何の変哲もない女の人だったのだもの」

 ……いや、何の変哲もない、というと少々語弊があったかも知れない。何しろ破廉恥極まりない格好をしていたのだから。

 まるでその手の店で働く女性のような格好をした女が、見るからに肩を落としたサラに、優しく微笑みかけた。


 「お嬢さん、貴女、名前は?」

 彼女は子どものサラと目線を合わせるために腰を落とし、そう問いかけた。

 「ここは、どこ?」

 彼女は周囲を不思議そうに見回した。


 ……そう、どこからどう見ても人間にしか見えなかった。だから、サラは術が失敗したのだと思ってしまったのだ。

 異界の住人を喚ぶつもりが、何処かから関係のない人物を喚んでしまったのだと。

 

 無関係の人間を巻き込んでしまった。……これは、とんだ大失態だ。――大人に、ファティマーや家族に知られたくない。サラは咄嗟にそう考えた。


 「私の名前はサラよ。ここはスコットランドの田舎町。ここらを治めていた狩り好きの貴族の領主が建てた別宅を改装した山小屋みたいなものだけど……、あなたの名前は? 住所は言える?」

 彼女がどこの誰かは知らないが、きっと先程まで居た場所からいきなりどこだか分からない場所へ飛ばされて、何が何だか分かっていない状態のはず。

 何とか、少し記憶が混乱しただけだと納得させる事は出来ないだろうかと、まずは彼女の素性を尋ねてみた。


 「ううん……、あれ? 名前……、何だっけ。住所? え、え?」

 ――が、返ってきたのは混乱しきった問いかけだった。

 「お、覚えてないの? 何も? きょ、今日が何月何日か分かる? 陛下の名前は言える?」

 「日にち? ……うーん? 陛下……って、イングランド王室の? エリザベス女王陛下……だったはずだけど……違わないわよね?」


 ――記憶喪失。

 それが、サラの術のせいなのか、それとも元からなのかは分からないが、自分の名前も住所も分からない。最低限、生活に必要な知識の類はそこそこあるようだが、自分に関する記憶が一切ないようだった。


 「……仕方ない、呼び名がないのは不便だから、あなたが自分の名前を思い出すまでは、仮にカミラって呼ばせてもらうわ」

 だが、さすがに困った。

 犬猫ではないのだから、どこかの茂みでこっそり面倒を見る、なんてのは有り得ない。

 ファティマーや両親に見つかれば、ふとした拍子に禁術を試して失敗した事実が露見してしまうかもしれない。


 だが、幸いなるかな――。

 両親は一週間程の予定で旅行に出かけて不在だった。

 姉も、師匠宅へ泊まり込みの修行へ出かけている。

 現在家にいるのは妹だけ。


 ……サラは、彼女を自宅へ連れ帰った。彼女を、自宅へ招いたのだ。――その行為が、何を意味するのか、知らぬまま。

 

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