表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傭兵と男装王女  作者: es
後日談
6/6

そのさん。後編

 


 沈黙を先に破ったのは王女だった。


「あなたを襲った刺客……死霊術師はおそらくどこかの貴族の命令で動いている。あなたの存在は可能な限り秘匿したつもりだったけれど、どこからか漏れたらしい」


 王女は「申し訳なかった」と潔く頭を下げた。

 その表情は固く、美しい顔も青ざめている。

 自分の暗殺未遂について話してた時は、あんなに飄々としていたのに。

 血の気の引いたその顔を見ていると──ロイがそれだけ大事なんだ、と言われているみたいで落ち着かない。


「殿下、俺は怪我も何もしてませんから。どうか顔を上げてください」


 頼みこむと、王女はようやく顔を上げてくれた。


「それより、あの忌々しい術師を取り逃がしたことが悔やまれます。面目ありません」

「……そこは、あなたが気にする所ではないよ」


 「本当に真面目だな」と苦笑して、王女は彼の安全を保証した。


「陛下は今回の犯人を本気で追い詰めるおつもりだ。実は母上も一度、高位貴族に暗殺されかけた事があってね。

 陛下は母上を寵愛しておられたから、あの時は、それはもう激昂なさっていた」

「そんな事が……」


 自由な王女を見ていると忘れがちだが、やはり王宮とは策謀が渦巻く、危険な場所なのだ。

 彼女と母の側妃が離宮に移ったのも、暗殺未遂と無関係ではないのだろう。


「今回、陛下は同じくらい激怒しておられる。あの方も、愛する者が殺されかける理不尽をよくご存知だからな。あらゆる手を使って必ずや犯人を見つけ出し、厳罰に処すだろう。

 王家はあなたの安全を保証する」


 「だが……」と王女は言いよどんだ。


「………………私はあなたの前にもう現れない方が良いかもしれないな」

「…………どういうことでしょうか」

「私は自分の立場を甘く見ていた。こんなやり方で、あなたを排除しようと考える者がいるとは思わなかったんだ」


 レスティリア王女は、見るからに意気消沈していた。日頃の闊達さがなく、萎れた花のように元気がない。


「言い訳になってしまうが、あなたを危険に晒すつもりは一切なかった。本当にすまなかった」

「………………俺を諦めて、殿下はどうなさるおつもりなんですか」

「そうだな……こんな王女でも利用価値があるようだから、どこぞの貴族にでも降嫁すると思う。猫を被るのは辛いが、まあ、何とかなるだろう」


 ロイに心配させないためになのか、王女は軽く笑って、肩を竦めてみせた。


「……………」


 ロイは床に視線を落とした。

 心の中で「嫌だ」という感情が渦を巻く。

 二度と会えないのが嫌だとか、そういうことではなく。

 レスティリア王女が、彼女という人間を形づくる、深い根源の部分を手放そうとしているのがわかって、それがどうしても嫌だった。


「お待ちください」


 この自由な王女を守りたい。

 無意識に体が動く。ごく自然に王女の前に跪いたロイは、捧げるように彼女の手を取った。


「今回の件の責任は、求婚の返答を長々引き延ばした俺にもあります」

「そんな事は……」

「いや絶対にあります」

「…………急にどうしたんだ、ロイ」


 珍しく断言口調の傭兵に、王女は困惑している。

 そんな表情さえ愛おしい。

 王女が息をしてるだけで幸福感で満たされる。

 でも、もう、それだけでは足りなかった。そうだ、全然足りない。


 彼女らしく在れる場所を守りたい。

 それが出来るのは、おそらくこの世でロイだけだろう。その自負が背中を押した。

 これ以上は、髪の毛の一筋ほども自分の感情を誤魔化すことはできなかった。


「優柔不断な俺に、これを言う権利はもうないかもしれませんが」

「…………」

「まだ間に合うなら…………一生あなたのお側にいさせてください。俺も貴女が好きです」


 言い切った途端、黒曜石のような王女の瞳が見る見る潤んで、ポロポロ透明な涙が零れ落ちた。


「でも……結婚したら私はあなたを逃がしてやれない。手を離せなくなってしまう」

「それはこちらの台詞です、殿下」

「本当に?」

「ええ」

「嬉しい……!」


 はっきりと頷けば、美しい王女は、跪いた傭兵にぶつかるように抱きついた。

 ロイは彼女を抱き締め返そうとして──手を泳がせて、結局下ろした。

 武骨な傭兵にはハードルが高すぎる。うっかり力を入れすぎて、彼女の細い体を折ってしまうのも怖かった。


 そんなロイの逡巡を知ってか知らずか、王女はロイにぎゅうぎゅうと抱きつく。

 そして、子供のように鼻をすんすんさせながら、王女は傭兵の耳元で囁いた。


「…………私の我が儘で結婚してもらうのだから、できるだけあなたの要望を叶えよう。何か希望はあるか、ロイ」


 その言葉で思い出す。

 そういえば、王女の突然の求婚で、ロイの霊山の報酬は先延ばしにされていたのだった。


「でしたら……」


 自分の希望を伝えると、美しい王女は困惑したようにぱちくりと目を瞬かせた。


「あなたは本当にそれで構わないのか?」

「はい」


 頷いた時、ドアが控えめにノックされた。廊下から護衛隊長の咳払いが聞こえる。

 王女とロイは顔を見合わせて、小さく笑顔を交わし、そっと距離を置く。


 普段の王女は、どちらかといえば凛々しいタイプだ。そんな王女が見せた、はにかむような笑顔は途轍もない破壊力があった。

 傭兵の鋼の心臓が跳ねる。この先、自分の心臓はちゃんと持つのだろうか。真面目に心配になる。


 でも、それで死ねたら本望な気もする。これが世にいう、"尊死(とうとし)"というやつなのかもしれない。



 ◇◇◇



 数ヶ月後。

 ロイとレスティリア王女は、王宮で密やかに式を挙げた。

 考えうる障害はほとんどが取り除かれ、心穏やかな門出となった。


 国王は、ロイを狙った貴族と死霊術師をすみやかに炙り出し、関わった者全員を秘密裏に処刑した。情けをかける事なく、彼らの家も断絶させた。

 ロイがそれを知らされたのは、全てが終わった後。安全を考慮して王宮に居を移していたロイに、王女が一連の断罪を報告しにきた時、彼女はうってかわって晴れやかな顔をしていた。


「これを機に、陛下は他の不穏分子も一掃なさった。陛下はやる時は容赦ないんだ。

 これで、我々の婚姻には何の憂いもない。どうか安心して私と結婚してくれ」


 相変わらず、王女は男前な台詞を言う。

 とても彼女らしいと思う。猫を被ってか弱いお姫様のふりをしたり、道具のように嫁ぐなんてしてほしくない。

 だからきっと、これで良かったのだ。


「…………殿下、その事なのですが」

「うん、何でも言ってくれ。夫婦に隠し事はなしだ」

「では、おそれながら、しばらくは白い結婚でお願いしたく」

「……………………………待て。どういう事だ」


 王女はショックを受けた顔で問いただす。


「俺達は、一応領地を賜る事になったでしょう」

「ああ、小さいが城もあるな。村は三つほどだったか」

「冒険者の仕事も受ける傍ら、領地経営もしなくてはなりません」


 「うむ」と王女は真面目な顔で頷く。

 ロイの出した要望とは、これだった。

 田舎で領主をしながら、冒険者としての仕事も引き受けるという、国内初の冒険者領主である。


 田舎は魔物や猛獣が多い。近隣からの依頼は尽きないだろう。加えて、賜った領地は相当なド田舎だ。わざわざ刺客を差し向けたり、貴族的な嫌がらせをするには遠すぎる。

 つまり、中央の策謀から物理的に距離を置くことにしたのだ。


 王女の実力は以前、依頼に同行してもらったので知っている。彼女は冒険者業の方でも貴重な戦力だ。

 何より彼女は、王宮より田舎がいいと喜んでくれた。

 しかし、いいことづくめではない。特にロイは、学ばなければならない事が山ほどある。


「あなたはともかく、俺は領地を運営する知識がありません。王宮から優秀な人材を派遣していただく事になっていますが、いずれ自分でやっていかねばならない」

「まあ、将来的にはそうなるな……」

「ですからある程度慣れるまでは……そういうことはなしの方向で……」

「何故そうなる!?」

「…………俺はきっと貴女に溺れて、何も手につかなくなるからです」

「……………………」


 暫く煩悶していた王女は、キッと顔を上げた。


「一年だ!一年だけ待つ!それ以上は無理だからな!!」

「ありがとうございます、努力します」


 そうして二人は結婚し、王や王女の兄弟にささやかに見送られて、田舎の古い城に移り住んだのだった。




 それからは目まぐるしく日々が過ぎていった。

 いつしか月日が流れ、二人の間に子が生まれ、年齢を理由に冒険者を引退し、数年後には長子に家督を譲った。

 王が崩御し、世代わりしても、二人は相変わらず互いを労りあって暮らし、辺境の地でひっそりとその生涯を終えたのだった。



男装スパダリ王女と寡黙な傭兵でした。

これにて一応の完結といたします。

ここまでお読みいただきありがとうございました!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ