99・オルゴールとランチタイム
99・オルゴールとランチタイム
オルゴールの音色って、なんでこんなに心を落ち着かせてくれるんだろう? 優しくて暖かくて… 小さい頃、お母さんが抱っこしてくれた温もりを思い出す。
目を瞑って聞いているのは、ソナーポケットの『100年先まで愛します。』。その曲を聞きながら、ずっと冬龍君の事を思っていました。
『僕は、和桜ちゃんの事が好きだよ。誰よりも大好きで、誰よりも愛しているよ』
オルゴール博物館にお泊りした夜、二段ベッドの下の狭くて自由に身動きが取れなかったあのスペース、ほのかなラベンダーの香り、自覚し始めたばかりの冬龍君への気持ち… 初めて、ハッキリと告げられた冬龍君の気持ち。
今までもずっと… ずっとずっと、冬龍君は気持ちを伝えてくれていたんだよね。それがストレートじゃなかったから、鈍い私が気が付かなかっただけで。
「可愛いオルゴールね」
少し遠慮がちなユウさんの声に、ゆっくりと目を開けました。見慣れた温室のガラスの天上には、相変わらずシトシトと優しく雨粒が落ちてきます。
「冬龍君からのプレゼントなんです。広いところで聞きたくて、持ってきちゃった」
芝の上に仰向けに寝っ転がったまま、ぼんやりと答えました。
手のひらサイズのオルゴールは、ちょこんとお座りしている2匹のガラスのカエルさんが置かれた、木製の蓄音機。今年のお誕生日プレゼントに、冬龍君がくれたものでした。オルゴール博物館で作った物じゃなくって、冬龍君が曲もデザインも選んでくれたものです。
「あら、可愛いお客様達も来ているじゃない」
ユウさんがオルゴールの横を覗き込みました。そこにはミエルちゃんとプリムラ君がお座りして、オルゴールを聞いていたはずなんだけれど…
「子守り歌ね」
クスクス笑いながら、ユウさんは私の横に座りました。そして、藤のピクニックバスケットを静かに置きます。
期末テストの初日です。何だかユウさんに会いたくて、無理を言って来てもらっちゃいました。せっかくのお休みの日だったんですけれど、ユウさんは快くOKしてくれて、お昼まで用意してくれたんです。
「おまたせ~。ユウさんお手製のサンドウィッチよ」
楽しそうなユウさんの声に体を起こすと、目の前には赤いギンガムチェックの敷物の上に並べられた、色々なサンドウィッチ! バターロールのホットドック、クルクル巻かれた一口フルーツサンドはイチゴとブルーベリー、ワックスペーパーに包まれたお野菜たっぷりのサンドイッチ。
「美世さんや勇一さんみたいに上手じゃないけれど、愛情はたっぷりいれたわよ」
そう言いながら、ホカホカの珈琲を水筒から紙コップに注いでくれました。
「… いい香り」
その香りに誘われるように、オルゴールの横でミエルちゃんの頭がピコッと動きました。どうやら寝ていたみたいで、プリムラ君は起きる気配がありません。とっても幸せそうな寝顔です。
オルゴールはいつの間にか止まっていて、ミエルちゃんが小さな手で蓄音機の後ろに付いているネジを回そうとしています。
「可愛らしいレディ、ご一緒にいかが?」
そんなミエルちゃんをランチに誘いながら、ユウさんはオルゴールのネジを巻いてくれました。
「ありがとう。いただくわ」
オルゴールの音色をバックミュージックに、ユウさん手作りのサンドウィッチを頬張って、美味しい珈琲で喉を潤しました。
「大変だったみたいじゃない?」
お野菜のサンドウィッチを頬張っていると、ユウさんが軽い口調で聞いて来ました。
「初めてかな~、一日で二回も食べられそうになったのは」
お野菜のサンドウィッチ、お野菜がいっぱいで美味しい!
「ケット・シーちゃんが良い働きをしたらしいじゃない? 山姥のお婆さんを連れて行ったのでしょう?」
「それ、私も聞いたわ。ナオが持っている妖精の鍵が『道』を作ったらしいわね。役に立つわね、私達のアイテムは」
得意気に言いながら、ミエルちゃんはフルーツサンドを抱え込んで、夢中で食べています。
「お婆さんも助けてくれたんですけれど、冬龍君の新しい技も凄かったですよ」
「新しい技?」
私の言葉に、ミエルちゃんが生クリームの付いたお顔を上げました。ユウさんがニコニコしながら、ウェットティッシュでクリームを拭いてあげます。
「ナイフとかフォークとか、あれは青い玉かな? そんなものを光の矢にして、見えない弓で放つの。漫画みたいでしょう?」
あの時の冬龍君、カッコよかったな。弓を射る姿はいつもカッコいいんだけれど、ああいう時にも全然慌てないんだもの。しかも、あんな技。いつ練習したんだろう?
「精神力と霊力を形にしたものよ。うちの神社で、巫女神様に叱責されながら秘密特訓していたわ。夏虎君も一緒に特訓していたから、あの子も出来るわよ」
私の疑問を察知したユウさんが、珈琲を飲みながら教えてくれました。
「さすが、トウリュウね!
秘密特訓て、どんな事をするのかしら? のぞき見してみたいわ」
私達は一口で食べられるブルーベリーも、ミエルちゃんにとってはそうもいかなくて、今度はお口の周りが紫色です。
「秘密特訓だから、のぞき見したら怒られちゃうんじゃない?」
私も、フルーツサンドをパクリ。あ、こっちはクリームチーズだ。これも美味しい~。
「見ているのも秘密にすればいいのよ。それよりナオ、その首元はどうしたの? 朝から気になっていたのよね」
ミエルちゃんが気にしていたのは、朝から気が付いていました。だって、私のお顔じゃなくって、セーラーカラーから覗く白い包帯をジッと見ているんですもん。
「それ見て、修二さんが血の気無くしていたって聞いたわ」
ユウさんが、私の白い包帯を指さしました。
「皆に心配かけちゃいました。でも、桃華お姉ちゃんが怒るのは分かっていたんだけれど、それ以上に桜雨お姉ちゃんが怒ったのが以外でビックリしちゃった」
あんなに怒った桜雨お姉ちゃん、初めて見たな。ドレス姿で帰った私を「可愛い~」と抱きしめてくれて、すぐに首元の傷に気が付いてビックリして、泣きながら冬龍君に怒っていたっけ。
「なんでナオが怒られるの? ナオは良い子でしょう?」
驚いたミエルちゃんは、ブルーベリーからお顔を上げました。
「私じゃないわ。怒られたのは冬龍君」
そんなミエルちゃんのお顔を、今度は私がウェットティッシュで拭いてあげました。
「トウリュウ?! トウリュウだって、良い子じゃない!」
「我慢できなくなっちゃったのよ。冬龍君も、年頃の青少年ってことよ」
さらに驚いたミエルちゃんに、ユウさんが意味ありげに微笑んでウィンクしました。
「我慢できないって… トウリュウ、何をしたの?」
「ん~… 食べられかけちゃった」
冬龍君に齧られた後は、首回りは幾つもの酷い内出血が出来ていて、右側の鎖骨の所はパックリと切れていました。絆創膏では覆いきれないから包帯になっちゃって、朝から皆の注目の的です。私の横で、冬龍君はシュンとなっていましたけれど。
「たっ!!」
私が軽く答えると、ミエルちゃんは抱えていたフルーツサンドをボトっと倒して、固まっちゃいました。
「でも、冬龍君、人間じゃなかったなんて驚いちゃいました。ただ、あの新技には納得。人間だったら、あんな技、出来ないもの」
冬龍君の正体、まだ聞いてなかったな。ユウさん、知ってるかな?
「ちょっと待って、和桜ちゃん。冬龍君は人間でしょう?」
「だって、私を食べようとするのって、『花喰い』やお化けさんや、妖怪さん達ばかりだから… ユウさんなら冬龍君の正体を知っていると思ったんだけれどなぁ。何だと思います?」
慌てている所を見ると、ユウさんも冬龍君の正体は知らないか~。
私がユウさんに冬龍君の正体を聞いて見ると、ユウさんは少しだけ考えて
「… 思い出した。冬龍君の正体はね、狼よ。人狼。満月の夜は、気を付けなさいよ」
ニマっと笑って、そう答えてくれました。




