92・夜のオルゴール博物館
92・夜のオルゴール博物館
白いレースを引かれた窓の向こうは、シトシトと降り続く雨。微かな雨音は私達の会話や、微かなティーカップの音に消されていました。
猫脚の赤茶色のテーブルを囲んでのティータイム。冬龍君がお話してくれる、今まで私達が出会った不思議な体験談は、一緒にテーブルを囲む皆の気持だけじゃなく、お話の当事者の私の気持ちまで鷲掴みにされました。
すごい! 冒険小説みたい!
なんて、他人事の様に聞き入っているから、ルシールちゃんや八千穂さんに不意に質問されて、戸惑うこともありました。だって、冬龍君のお話が本当に上手で、自分が経験した事だって思えない場面もあるんですもん。
「少し、失礼します。閉館の時間なので、見回りを兼ねて、喫茶店の様子を見てきます」
冬龍君のお話に夢中になっていると、どこからかオルゴールの音色が聞こえてきました。すると、八千穂さんがスーツのポケットから金色の懐中時計を取り出して、時間を確認しました。
「あ、長居をしてごめんなさい」
素敵な空間と冬龍君のお話に、時間を忘れちゃっていました。
「ナオ、もっとお話を聞きたい。グレイスも聞きたいって」
冬龍君と私が席を立つと、グレイスさんが抱えているルシールちゃんが動き出して、私の手を握りました。
ルシールちゃん、本体も動けるんだ。
「でも、あまり長居すると、八千穂さんやシルキーさんにご迷惑になっちゃう」
八千穂さん、明日もお仕事だろうし。休館日は月曜日だよね?
「シルキー、大丈夫よね? 」
ルシールちゃんは私の手を握ったまま、窓辺に立つシルキーさんを見上げました。
「今、夕方の5時になりました。今からお夕飯のお買い物をするのは難しいので、メニューをパスタに変更してもいいですか?」
シルキーさんは、窓辺に置かれた時計で時間を確認すると、部屋を出ようとしていた八千穂さんに聞きました。
「人参が入っていなければ、かまわない」
「マッシュルームにします」
八千穂さん、人参が苦手なんだ。なんだか可愛いな。
シルキーさんの「マッシュルーム」を聞いて、八千穂さんは頷いて部屋を出ました。
「ナオ、シルキーも八千穂もまだ居ていいって。お夕飯を食べながら、お話の続きを聞かせて」
ルシールちゃん、お人形だから表情は変わらないけれど、握った私の手を上下に降って喜ぶ姿は、小さな子どもみたいで可愛いな。
「冬龍君…」
私は良いんだけれど…
隣に立つ冬龍君をチラッと見ると、すでにスマートフォンを取り出して、画面で指を動かしていました。きっと、家族のグループLINEに連絡を入れているんだろうな。
「とりあえず、夕飯はいらない事はLINEしたよ。
シルキーさん、何かお手伝いすることはありませんか?」
「私は大丈夫です。お夕飯が出来るまで、ルシールとグレイスと、ゆっくりしていてください」
シルキーさんはそう答えると、フワッと姿を消しました。
「ナオ、トウリュウ、お散歩に行こう」
すかさず、ルシールちゃんが私の手を引っ張りました。
「お散歩? お散歩って、お外は雨だよ?」
大丈夫。と、ルシールちゃんが案内してくれたのは、閉館後のオルゴール博物館でした。
オルゴール博物館は、開館時間内は静かながらにも賑わいがありました。そのうちの一人でもあった冬龍君と私は、今は閉館した館内をビスクドールちゃんとミイラさんと、手を繋いで歩いています。冬龍君の左手はグレイスさん、私の左手はルシールちゃんと、それぞれ確りと繋いでいます。
「当たり前だけれど、誰も居ないと雰囲気が全然違うね」
館内の灯りはすっかり落とされているし、外の雨も手伝って、館内は物凄く暗く感じます。唯一の灯りは、シルキーさんが持たせてくれたランプだけ。懐中電灯より暗いけれど、温かみのある光です。
ルシールちゃんと同じドレスに髪も巻いてもらって、洋館の中をランプを持って歩いているなんて、何だか映画で見る中世のお姫様になったようで、ちょっとワクワクしています。でも、そんなワクワクは箱のオルゴールを見終わるのと同時に落ち着いてしまいました。箱のオルゴールは良いんだけれど、ビスクドールのオルゴールは… ちょっと怖いかな。ルシールちゃんの事は怖いとか不気味とか、そんな風に感じないんだけれどなぁ。
閉められた目の前のドアの向こうには、アンティークドールのオルゴール達が鎮座しているのを知っています。ピエロや小さな女の子に男の子。その姿は日本やドイツやフランスと国も、素材も大きさも様々で、自分のサイズに合ったお椅子にジッと座っているはずです。
「ナオ、人形のオルゴール、怖い?」
そんな私の気持ちが、繋いだ手から通じちゃったのかな? ルシールちゃんが私を見上げて聞きました。
「ルシールちゃんやグレイスさんは、全然怖くないんだけれどね」
苦笑いをしながら、ルシールちゃんと繋いだ左手をちょっとだけ振りました。
「大丈夫、皆、私の友達。良い子。
皆、ナオとトウリュウと遊びたいみたい」
スッ… と、ルシールちゃんが目の前のドアを指さしました。ほんの数秒前まで確り閉じていたドアが、ほんの少し開いていて…
「あ… そびたい、んだぁ…」
ドアの隙間から、幾つもの瞳がキラキラと輝いて私達を見つめています。
「ナオ、少しだけ皆とも遊ぼう」
期待しているルシールちゃんの声が、頭に響きます。
「… 何をしたいのかな?」
聞かない方が良いんだろうけれど… ホラー映画て、こういう時、どうしても聞いちゃうよね。この状態はホラー映画じゃないと思いたいんだけれど…
「鬼ごっこ!」
ルシールちゃんの声が合図だったのか、一気にドアが開いて、中から大量のアンティークドールが飛び出してきました。冬龍君と私に向かって。
「きゃー!!」
私は大きな悲鳴を上げて、ルシールちゃんを引きずるように走り出しました。




