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87・蜘蛛を射る光の矢

87・蜘蛛を射る光の矢


 視界に入ったのか、音に反応したのか、冬龍とうりゅう君の予想通り蜘蛛くもさんは大きな体を素早く冬龍君に向けました。


「それ!!」


 瞬時に、冬龍君は両手の指の間に差し込んでいたシャープペンやボールペンを、蜘蛛さんの目に向けて投げつけます。けれど、口から吐き出された糸に絡み取られて、目には届きませんでした。それでも、目的は達成です!冬龍君は蜘蛛さんが大量の糸を口から吐き出した瞬間に、キッチンに駆け込みました。


「いい動きだニャ」


 冬龍君が褒められると、嬉しいです。

 蜘蛛さんは、また動き出します。その動きはゆっくりで、見失った獲物を探しているようです。カウンターの影から見る限り、冬龍君は上手くキッチンの影に隠れたみたい。それに、店内を見渡す限り、私達以外に動いている人影は見えません。吐き出された蜘蛛の糸に絡めとられてしまったか、私達みたいに隠れているのか…


「私の可愛い子、どこに隠れたのかしら」


「喋ったニャ」


「喋ったね」


 その声は、奥様の姿から発せられた声とまったく同じでした。


「私の子… 愛しい子…」


 蜘蛛さんの足が、カツカツと床を鳴らします。


「可愛らしい娘… お人形さんの様な娘…」


 蜘蛛さんの声がする度に、ヘドロの様な異臭が強くなっていきます。その異臭は、お鼻をつまんでもお口や耳の穴から入り込んで、頭を圧迫してきます。


「気持ち悪い… 気持ち悪いよぉ」


 頭がズキズキして、胸がムカムカしてきました。お鼻をつまんでいた手を口元に移動させると、匂いがダイレクトに襲ってきます。吐き気が倍増して、思わずうずくまりました。


「ナオちゃん、少しだけ頑張るニャよ。応援、呼んで来るニャ!」


 優しく背中をさすってくれていたケット・シーちゃんの手が、フッと消えました。冬龍君も傍に居ないから、不安になって来ちゃいます。しかも、異臭は空気の流れを遮るカウンターの角や、床に近ければ近いほど強くて、少しでも匂いの薄い場所へ… と、這うように動き出しました。


 気持ち悪いよぉ… 吐いちゃえば、少しは楽になるかな? でもここ、お店だし… 目も霞んできちゃった。冬龍君は大丈夫かな? 私も、キッチンの方に逃げた方が良いかな?


「あらあら、こんなにも隠れていたのね。私の可愛らしい子ども達」


 私の様に、隠れていた場所から這い出て来た子ども達が数人いました。その姿はボンヤリとしか見えないせいか、まるで子蜘蛛の様です。


「さぁ、お母さんが抱っこしてあげますよ」


 ぼやける視界の中、蜘蛛さんに一番近い子が抱きかかえられるように二本の前足に捕まりました。蜘蛛さんの大きくて太い牙が見えます。


 蜘蛛さん、食べるつもりだ!


 慌てて、床を手探りで何かないか探しました。けれど、すぐに諦めて蜘蛛さんに向かって走り出します。とは言っても、気持ち悪いし視界も悪いから、ヨロヨロなんですけれど。


「く、蜘蛛さん… 奥様、私はここです」


 言葉を発すると、胃の中の物が出そうになって… 思わず下を向きました。その瞬間、白い糸が私の体に勢いよく巻き付きました。柔らかそうに見えた糸は、思っていたよりも硬くて頑丈で、私の全身をギリギリと痛めます。


「見つけたわ、私の可愛い子。 さぁ、兄弟姉妹を紹介しましょうね」


 白い糸にグルグル巻きにされた私を抱き上げて、蜘蛛さんの体がグワっと立ち上がりました。あの細い二本の後ろ脚で、ふくよかな胴体をしっかりと支えています。


「ほら、貴女の兄弟姉妹ですよ。みんな、貴女と同じように可愛らしいでしょう?」


 グイッと、同体の方へと体ごと押されました。さすがに、この距離だとかすれていたモノも確り見えます。

 蜘蛛さんの腹部には、何人もの子どものお顔がポコポコと生えています。年齢も性別も様々なのですけれど、同じなのはその表情。どの子も皆、虚ろな瞳で上を見ています。


「さぁ、私の子に…」


 私の頭上で、太くて大きな牙が光った瞬間でした。


「させるか!!」


 冬龍君の声が響いて、ブツン! と私と蜘蛛さんを繋いでいた糸が切られて床に落ちました。そして、雨の様に蜘蛛さんに降り注ぐ光の矢!


「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」


 その光の矢は、蜘蛛さんの正面と横についている目に集中しています。蜘蛛さんは前足でその矢を振り払うように暴れ出しました。青い体がこれでもかと言うぐらい捻られて、それに合わせて腹部に生えている子ども達のお顔もグニグニと捻られます。けれど、やっぱりその表情は虚ろなまま。


 わ~、下から見ると、すっごい迫力だなぁ。


 後ろ脚がダンスのステップを踏む様に、あちらこちらにと振ってきます。それをミノムシの様にクネクネ避けていると、サッと抱きかかえて助けてくれた人がいました。


「遅くなって、ごめんね。怪我は?」


 冬龍君です。声がちょっと変だな? と思ったら、お鼻を洗濯バサミで挟んでいました。


「ありがとう、冬龍君。大丈夫だよ」


 ホッと小さなため息をつくと、冬龍君は私をキッチンの出入り口の壁に寄りかからせてくれました。


「もう少しだけ、我慢していてね」


 そう言うと、蜘蛛さんの方を向いて立ち上がりました。用意していたのか、隣のキッチンワゴンの上からナイフやフォークを取ると、右手の指の間に挟んで弓を射る体制を取りました。すると、ナイフやフォークが光り出して…


ぜろ」


 パン! と、無いはずの弦の音が聞こえました。そして、矢の様にナイフとフォークが光りながら飛んでいきます。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」


 そして、蜘蛛さんの目を見事に射りました。さらに苦しんで暴れる蜘蛛さん。


「後は、任せるニャよ!」


 もう一度、冬龍君がキッチンワゴンの上に手を伸ばした時でした。フッと、私の前にケット・シーちゃんが現れました。そして後ろでは、蜘蛛さんの悲鳴と聞き覚えのあるガラガラの声が混ざり合っていました。



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