86・青い蜘蛛
86・青い蜘蛛
それは、とても綺麗な青でした。雨上がりの空の様に、澄んだ青。
お客さん達の悲鳴に振り返った私の視界に飛び込んできたのは、とても大きな、冬龍君三人分ぐらいの大きさの蜘蛛さんでした。綺麗に磨かれた床に細く長い四本の脚を伸ばし、大きくてまん丸の二つの瞳下に、小さく四つの瞳はラピスラズリの様。ふっくらとしたお尻… すべてが青い蜘蛛さんです。
「和桜ちゃん!」
蜘蛛さんの口が、白い糸を吐き出しました。冬龍君が素早く私を抱きかかえて、横に飛びました。そのままクルクルと回転して、気が付いたらレジカウンターの影に落ち着いていました。
「冬龍君、どうしようか?」
冬龍君と一緒に、カウンターの影からチラリと蜘蛛の様子を窺いました。
「あの糸の吐き方、節操がないね」
冬龍君の言う通り、青い蜘蛛さんは、口からお尻から、真っ白な糸の束をあちらこちらに吐き出しています。
「素敵なお店が台無しになっちゃう。蜘蛛さんの糸、焼いたら延焼しちゃうよね?」
次々に蜘蛛の糸に捕まって、床や壁に糸ごと張り付いていきます。テーブルや椅子までも。
「燃えないで、溶けて切れるよ。蜘蛛の糸は水には強いけれど、アミノ酸やタンパク質がベースだから、床用のアルカリ洗剤で大丈夫だよ。お風呂洗剤や漂白剤でOK」
「じゃぁ、キッチンで探そうかな」
キッチンへの入り口は、私達が隠れているカウンターのすぐ近く。五歩ぐらい歩けば、キッチンに入れるんです。ここから見えているんですけれど…
「蜘蛛に見つかるよ。まぁ、僕達がここに居ること、分かっているだろうけれどね」
出たら、捕まっちゃうかぁ~。
「ニャンで二人は、特にナオちゃんはそんなに冷静ニャの? 普通こういうシィーンだと、おんニャの子は悲鳴ぐらい上げるよね?」
隣で、呆れた声が質問してきました。神出鬼没の猫の妖精のケット・シーちゃんです。今日も黒に近い深緑色の毛並みと、同じ色の瞳がとても綺麗。
「あら、ケット・シーちゃん、お散歩?」
「そっ、お散歩ニャよ。
ナオちゃん、あの蜘蛛のお化け、怖くニャいのか?」
ケット・シーちゃんも、冬龍君と私と同じようにカウンターの端から蜘蛛さんの様子を窺います。
蜘蛛さんは、広げた脚をゆっくりと動かして、お店の中を歩き始めました。私達を探しているのかな?
「蜘蛛の目は数はあるけれど、視力はそんなに良くないと言われているから、僕達を見失ったのかもしれないね」
冬龍君は、カウンターの内側にある棚を静かに物色し始めました。
「だから、ニャンでそんなに詳しいのニャよ?」
「『分からないモノ、知りたいモノは調べなさい』。これ、我が家の教育方針。小さな時から図鑑を眺めていれば知識は得られるし、得た知識は試してみたいものだよね、子どもなら」
そうなんですよね。冬龍君と夏虎君は、小さい時から図鑑や百科事典を愛読書にしていて、『初めてのモノ』は必ず調べていました。調べて、興味をもったものは、即、実践! 私も、それに倣いました。
「それに、昆虫との触れ合いも多かったから… 正しい知識があれば、そんなに怖くはないよ」
視覚からくる恐怖心や不快感があるでしょう! て、お友達たちには良く言われるんですけれど、それも慣れかなぁ?
「適応力もあると思うニャ…。 で、トウリュウ君はニャにをしているわけニャ?」
「武器」
そう言って、冬龍君が見せてくれたものは、シャープペンやボールペンや鋏でした。
「「武器?」」
首を傾げた私とケット・シーちゃん。
「あの蜘蛛、横にも目があるから、視界は広いと思う。視力は弱くても、動くモノには反応すると思うし、吐き出された糸にも警戒した方が良いと思う。振動で獲物の位置が分かる種類もいるから。
だから、僕がこれを投げて蜘蛛の注意を拡散して、キッチンに入るよ。本当は、ケット・シーが姿を消してキッチンに行ってくれるのが一番安全なんだけれど、欲しい品物が分からないだろうからね」
冬龍君は両手の指の間にシャープペンやボールペンをはさんで、投げるマネをしてみせます。
「私、出来ることない?」
「ここで、大人しく待っていること。… 髪、乱れちゃったね。ここから出たら、編みなおしてあげるね」
優しく私の髪を撫でて、冬龍君はバッ! と勢いよく立ち上がりました。




