75・イピリアさんと、通りすがりの獏
75・イピリアさんと、通りすがりの獏
「カエルは「福帰る」「無事帰る」「お金が帰る」て、縁起のいい動物といわれているじゃない?それだけじゃなくって、「若返る」「不運を変える」とかのゲン担ぎや、前にしか跳ばないことから「仕事運(出世)」の象徴にもなっているのよ」
知ってた? と、ユウさんがお粥を食べながらお話をしてくれます。その横では、巫女神様が掌からとっても小さな雨カエルさんを数匹だして、ちゃぶ台の上で遊ばせています。誰が一番高く跳べるか、競争しているみたい。そんなカエルさん達を眺めながら、私は冬龍君のお膝の上で、冬龍君にお粥を食べさせてもらっていました。
「カエルは「ゲンがいい」というのは日本だけじゃないのよ。国によっては作や雨を降らす神の使いとされていたり、一度にたくさんの卵を産むから、子孫繁栄の象徴だったりするのね。バリ島では「聖なる生き物」「神様の使い」とされているし、ヨーロッパでも幸運のシンボルとされていて、カエルは世界中で縁起のいい動物として愛されているのよ。
そんなカエルちゃんが、うちの神社の『眷属』よ。今回も、巫女神様と一緒にお迎えに来てくれたでしょう?」
巫女神様がトントンとちゃぶ台を人差し指で鳴らすと、ピョンピョンと高さを競っていたカエルさん達が、巫女神様の方を向いて一列に並びました。
「和桜、冬龍、手を出すがいい。掌を上にしてな」
巫女神様に言われて、冬龍君と私はそっとちゃぶ台の上に手を出しました。
「さぁ、お前達、頼んだぞ」
巫女神様が、パン! と大きな音を立てて手を合わせると、並んでいたカエルさん達が冬龍君と私の掌を行ったり来たり… そのうち、掌に座った子はコロンと緑色の石に変わりました。ちゃんと、カエルさんの形をしています。
「護り石じゃ。桜雨の護りガラスと共に持っておれ」
カエルさんの石は、冬龍君と私の掌に三個ずつ。ツルンとしていてキラキラしています。
「なんて素敵なお守りだろうね」
フッと、冬龍君と私に影が差しました。どこかで聞いたことのある声に、お顔を上げようとしたら、私を膝の上に置いていた冬龍君が、反射的に私をギュッと抱きしめて左に飛びました。
「獣並みの警戒心だね。素晴らしい」
私達の後ろに現れたのは、ジャケット姿の、とっても大きな男の人でした。癖のある長い黒髪と、大きくて厚い唇の下、フェイスラインを覆う豊かな黒いお髭。そして、キラキラ輝く濡れたようなお肌。大きなアクアマリンに輝く瞳に、縦長の濃いブルーサファイアの瞳孔。
私を小脇に抱えた冬龍君は、中腰でいつでも飛び出せそうです。
人間の姿になった『イピリア』さんだ…。
「イピリアさん、ここは巫女神様の領域なのに、入って来れるんですか?」
「こやつは精霊じゃからな。『悪しきモノ』は鳥居で弾かれるが、『聖なるモノ』はすんなりと入れるぞ。ただし、吾の力の方が上じゃから、滅多なことは出来ぬよ」
私の質問に、巫女神様はお茶を啜りながら答えてくれました。
「和桜ちゃんに目を付けたのは、間違えじゃなかったわよ」
ユウさんはイピリアさんの両肩を掴んで、巫女神様の隣に誘導させました。ポンポンと広い両肩を軽く叩くと、イピリアさんは大人しく座ります。
「けれど、聖域に足を踏み入れた冬龍君はお咎めなしなのかしら?」
続いて、ユウさんは警戒している冬龍君に「座りなさい」との意味で、片手を下ろして見せます。渋々、それに従う冬龍君。私は相変わらず冬龍君の胡坐の上です。それを見てから、ユウさんはイピリアさんの隣に座りました。イピリアさん、巫女神様とユウさんに挟まれました。
「今年は、雨が降らないだろう? それがペナルティだよ。
桜のお姫様は、夢の中から迎えに行こうとしたのだけれど、ディフェンスが素晴らしく堅かったね」
ちゃぶ台の上を興味深そうにキョロキョロ見ながら、イピリアさんは少し楽しそうに言います。
桜のお姫様って、私の事なのかな? なんだか、恥ずかしいな。
「皆、お粥は食べ終わったかしら?デザート、持って来たわよ」
勢いよく襖があいて、ユウさんのお母さんが大きなお盆を抱えて入ってきました。
「あら、お客様? 気が付かないでごめんなさいね。桃はお好きかしら? コンポートを作ったのだけれど、お口に合えば嬉しいわ」
ユウさんのお母さんに、イピリアさんは見えているようです。四人分のガラスの器とスプーンをトントンと置いて行きました。
「母さん、一緒に食べる気だったのね」
三人分の器は、涼し気なガラス。ユウさんの前に置かれた器だけ、焼き物の器でした。
「おお、とても美味しそうだ」
イピリアさんは器の前で両手をこすり合わせて、スプーンを手に取りました。
「冬龍君、頂こう」
スプーンを手にして、ほんのりピンク色の果肉に軽く押し当てました。ちょっとした抵抗の後、スッとスプーンは器の底まで下りて、クルンと返すと一口大の桃がすくえました。
「はい、あ~ん」
それを冬龍君の口元に運ぶと、パクン! と食べてくれました。
「桜のお姫様、私にもやって欲しいな」
イピリアさんが大きなお口を開けると、ユウさんがポイ! と、少し大きめの桃の欠片を入れました。
「うん、美味しい! しかし、私は桜のお姫様にお願いしたのだが…」
桃のコンポートはイピリアさんのお口に合ったみたいで、ニコニコしながらモグモグしました。けれど、お口に入れたのが私じゃなかったからか、すぐにションボリしちゃいました。
「ディフェンスは堅いのよ」
フフン! と、勝ち誇った様に笑うユウさん。
「本当に、ディフェンスが堅い。夢の中でも、神様にそのお使いのカエルに、子犬に変な動物にその騎士だ。私にとっては邪魔ものばかり」
大きなため息をつくイピリアさんの言葉に、ちょっと引っかかるモノがありました。
「邪魔をするために、和桜の夢に入ったのだから、当たり前であろう」
ズズッとお茶をすする巫女神様。
「冬龍君は一族からして、独占力がとても強いのよ。それに、和桜ちゃんは巫女神様のお気に入りですしね。
ん? 変な動物? それは、和桜ちゃんの夢ではなくって?」
「騎士、独占欲が強すぎるのは、あまり好ましくないなぁ。
そうそう、あの変な動物の存在が夢なら、随分と変わった感性だと思うね」
コンポートを食べるユウさんとイピリアさん。
「なんであそこにいたのかは分からないけれど、あれはたぶん…」
私の手からコンポートを食べながら、お話しする冬龍君。
「なぁに、ただの通りすがりの『獏』ですよ」
私の横で、私の分のコンポートを食べている… 不思議な動物さん!
子犬ぐらいの大きさの体は熊のようで斑点模様があって、尻尾は牛さんで、脚は虎さん。お顔は象さんのお鼻に、猪さんの牙、犀の瞳。夢の中で私の側に居てくれた、不思議な動物さんです! 縫いぐるみみたいにお腹を出してお座りして、虎さんの手で器用にスプーンを使っています。
「近くを散歩していたらね、なんだか美味しそうな夢の匂いがしたものだから、ちょっと覗いてみたんですよ。私にとってのご馳走は『悪夢』なんですがね、覗いた夢はあまり悪夢っぽくなくって、けれど、他の人とは変わっていて、ついつい長居してしまいましたよ。変わってるはずですよね、夢の元は精霊の能力で、その夢の中に神様、その眷属に、生身の人間に護りの犬… ずいぶんと賑やかで、好物の夢じゃなかったけれど、大満足ですよ。こんな美味しい物も頂いて。ご馳走様です」
獏さんは、ペラペラお話ししながら、パクパクとコンポートを食べきると、「では~」と象さんのお鼻で私達にご挨拶をして、消えてしまいました。
「… 通りすがりの『獏』」
呆然としたユウさんの一言に、何故か皆はコクンと頷きました。




