74・精霊と巫女神様の力比べ
74・精霊と巫女神様の力比べ
冬龍君と手を繋いでキラキラ輝く海の中を、雨カエルさん達と一緒に歩きました。その時間は長くも短くも無くて、ただただ、隣に冬龍君が居てくれることが、一緒に歩けることが嬉しいとそれだけでした。
キラキラ輝くアクアマリンと深いブルーサファイアが入り混じった海は、ゆっくりとその色が無くなって、いつのまにか輝く光の中を歩いていました。一緒に歩いて来たカエルさん達は、ピョンと跳ねるとキラっと小さな光の粒になりました。ピョンと跳ねるとキラ。ピョンとキラ… 光の粒は、ゆっくりと私達の周りをまわり始めました。周りにいたすべてのカエルさん達が光の粒になった時には、私達は光の渦の中でした。その輝きが余りにも眩しすぎて、ギュッと目を瞑っていました。
「目を開けてみよ」
やさしい巫女神様の声がして、そっと瞼を開けると…
「ここ… 神社だ」
目の前に、大きなカエルさんが鎮座しています。緑色のツルンとした瑪瑙のカエルさん。
「冬龍君…」
そして、私は冬龍君に抱きしめられていました。磨き上げられた床の上で、白い袴姿の冬龍君が、私を抱きしめて座りながら眠っています。私も、白い袴姿…。
「ちゃんと帰って来たな。お帰り」
長い黒髪で赤い袴姿の巫女神様が私の前にしゃがみ込んで、そっと頭を撫でてくれました。
そして、その手で冬龍君の頬をペチペチと軽く叩きました。
「… 巫女神様」
「頑張ったな」
目を覚ました冬龍君は、私の視線に気が付いて、こっちを向いてくれました。
「和桜ちゃん、良かった。目が覚めて」
目尻が少し下がった二重の茶色い瞳に映った私が、涙で歪みました。大きな体が私を抱きしめて、涙で濡れた頬が私の頬にくっつきました。
「冬龍、嬉しい気持ちは良く分かるのだがな、とりあえず社務所に戻るがいいぞ」
なんで冬龍君も私も袴姿? 社務所に戻る? ここは… もしかして本殿? でも、本殿て入って良かったんだっけ? あの緑のカエルさんは御神体?
頭の中が『?』でいっぱいの私を、冬龍君はそっと運んでくれました。木の扉を抜けると、見慣れた神社の風景です。やっぱり、いつも拝んでいた本殿の中に居たみたい。
「冬龍君、自分で歩くよ?」
「和桜ちゃん、丸二日眠っていたんだよ。それなりに筋力が落ちているだろうから、少しずつ動こう」
丸二日? 眠る前の記憶がないなぁ…
冬龍君に連れられて社務所に行くと、ユウさんが出迎えてくれました。「用意が出来るまで」と通されたお部屋は、真ん中に小さなちゃぶ台があるだけの、こじんまりとした畳のお部屋。ここでも冬龍君は私を放しません。畳に胡坐をかいて、お膝に私を乗せてくれました。
「もう安心よ」
お茶を持って来てくれたユウさんは呆れています。
「やだ」
冬龍君は駄々っ子のように頭を振って、ギュッと私を抱きしめます。私の頬に、冬龍君の柔らかい短髪がサワサワ触れて、ちょっとくすぐったいな。
「しょうがない子ね。和桜ちゃん、苦しくない?」
「大丈夫です。私より、冬龍君の方が大丈夫じゃないかも?」
冬龍君、ちょっと震えているのは、泣いているのかな?
「大丈夫じゃないよ。… 和桜ちゃん、連れて行かれそうになったんだから」
ズズッ… て、冬龍君がお鼻啜ってる。
「連れて行かれそうになったの? 私が? どこに?」
ユウさんは三人分のお茶をちゃぶ台に置くと、そのまま頬杖をついて横座りをしました。
「学校で、男の人に会ったでしょう?」
「男の人…」
頑張って思い出そうとしても、なかなか思い出せません。さっきまでの事、寝ていたらしいから、夢を見ていた事になるんだけれど、その夢ならハッキリ思い出せるのになぁ…。
「冬龍君より大きな男の人で、癖のある長い黒髪と、大きくて厚い唇。フェイスラインを覆う豊かな黒い髭。一番特徴的だったのが、大きなアクアマリンに輝く瞳と、縦長の濃いブルーサファイアの瞳孔。て、冬龍君から聞いたわ」
あ… 思い出しました。私、その人の瞳に見覚えがあって、見つめているうちに海に包まれて… あの時、寝ちゃったんだ。
「思い出した? その人ね、聖霊よ。前に、学校の中庭でお腹のモノを吐き出して雨を降らせていた、大きなヤモリ。あれよ」
大きなヤモリの精霊『イピリア』さんだ!
湯呑のお茶を飲みながら、ユウさんが続けます。
「あの時、ヤモリの聖域に足を踏み入れてしまったのは冬龍君だったけれど、隣にいた和桜ちゃんを気に入ったみたいね。自分の寝床に連れて行こうと来たのよ」
「古い精霊は、時として神にも劣らぬ力を持つものもおる」
ユウさんの隣に巫女神様が現れて、両手で湯呑を持ちました。
「あの雨の精霊は、とても強いモノだ。咄嗟に和桜をここに連れて来たのは、冬龍の英断だったな。本殿は吾の力が一番強い領域、完全に奴の力は及ばぬ。奴の領域外じゃ。それでも吾と同じ雨の力、夢の中に入ってしまった和桜を呼び戻すには、骨が折れたがな」
夢の中… でも、とってもリアルだったな。夢と言うよりは、『走馬灯』かな?
「過去を見て、今を見て… 隙あらば、奴は剥き出しの魂を捕まえようとする。また、無事にすすんでも、『今』のその先を求めてしまえば、もう奴の懐じゃ。奴と共に沼の底で眠り、一年に一度だけ沼から這い出し草と水で腹を満たすようになる。ようは、奴の嫁じゃな」
巫女神様は静かにお茶を飲みます。冬龍君の私を抱きしめている腕が『嫁』の言葉に反応して、ギュッと力が入りました。
「巫女神様、助けに来てくれてありがとうございます」
巫女神様が助けに来てくれなかったら、今頃ここに居なかったんだ。
そう分かると、ゾッとして全身に鳥肌が立ちました。そんな私を安心させてくれるかのように、冬龍君が軽く頭を振ります。頬に触れる柔らかくって短い髪がくすぐったくって、思わず笑っちゃいました。小さくですけれど。
「まぁ、一番大変だったのは、冬龍じゃな。力は強いとはいえ人間の身じゃ、神の領域で精霊の術の中に入り込んだのだ、心身共に疲労困憊であろう」
そうだよね… 冬龍君が私の手を繋いで、一緒に歩いてくれたんだよね。
「精霊のお嫁さんて、聞こえはいいけれど、沼の底で寝てばかりは御免だわね」
ユウさんの渋い声に、巫女神様は静かに頷きます。
「でも、初めてお父さんの声を聞きました」
きっとあれは、お父さんの声。お母さんのおなかの中に居た私に会えるのを楽しみにしてくれていた、お父さんの声だと思う。
「和桜の父はな、和桜に会えるのをそれはそれは楽しみにしていたな。優しい口調でよく話をする、良い男だったぞ」
巫女神様は懐かしそうに、少し寂しそうにお話をしてくれます。
「巫女神様、お父さんを知っているのですか?」
「そもそも和桜の母が腹の中に居る時の安産祈願も、産まれた後のお宮参り、七五三等、全ては吾が行ったのだぞ」
「でも、前に住んでいたお家は、ここから遠いいですよ?」
「産まれた時は、近くにいた。冬龍の母も一緒に住んでいたし、そもそも吾の護る土地もこの土地ではなかったな」
神様にも、お引越しがあるんだ。
そんな事を思っていたら、襖があいて割烹着姿のユウさんのお母さんが、両手で大きなお盆を抱えて入ってきました。
「お待たせ~。和桜ちゃん、お腹空いたでしょう? 丸二日食べていないのだから、ゆっくり食べるのよ。冬龍君もお疲れ様だったわね、貴方も一緒に食べなさい」
言いながら、ユウさんのお母さんは小さなちゃぶ台の上に三人分のお粥と、お新香を置いてくれました。
「お腹を満たせば、気持ちも落ち着くわ。気持ちが落ち着けば、『負』のモノは距離を取るから。後の事は、それからにしなさい。さ、温かいうちに食べるのよ。お代わりもあるからね!」
一番に動いたのは、冬龍君でした。私の肩横に落とした頭をあげて、モソモソと両手を伸ばしてお粥のお椀を取ると、木のスプーンに少しすくって… 私の口元に運んでくれました。
甘えておこうかな。
あーん… と、食べさせてもらったお粥は、とっても懐かしい味でした。私が具合を悪くした時、お母さんが作ってくれていたお粥と同じ味でした。




