70・お買い物デート…未満
70・お買い物デート… 未満
「セニョール! セニョリータ!」
「アミーゴ!」
昨日の朝、メキシカンミュージックで私達を起こしてくれたエスピーナさんとレドンドさん。とても陽気でとても元気で、ニ週間ほど前、病気で干物のように干乾びていた妖精さんと同一人物とはとても思えませんでした。
お肌も髪の毛も艶々で、瞳もキラキラ輝いていて、お鼻の下には今までなかった口髭も生えています。黒々としたお髭は、両サイドがクルンとカールして上を向いていて、思わず摘みたくなっちゃう。
心なし、トレードマークのポンチョもいつもより色鮮やかになった感じです。
とにかく、元気になって良かったです!
「トルティーヤとか、ブリトーが食べたくなってきた」
その言葉は、朝食を食べている時、夏虎君が言ったものでした。今日の朝食は、銀だらの煮つけを中心とした和食です。とっても美味しい朝ごはん。けれど、目覚めの瞬間からずっと、メキシカンミュージックを聞いているせいか、気分はメキシカン。
お歌が好きなのか、エスピーナさんとレドンドさんは事あるごとに抱えていたギターを弾きながら歌い始めては、ミエルちゃんに「落ち着きなさいよ」と、スパンスパンと頭を叩かれていました。
冬龍君と梅吉兄さんも気持ちは一緒だったみたいで、お夕飯は「メキシコ料理にしよう!」と、全員一致でした。
「ぼ、僕はここにいてもいいのかな?」
広い通路を、冬龍君が大きなカートを押して、私が隣で商品を入れていきます。カートのお尻の方にチョコンといるのは、急遽連絡をした片桐先輩で、ミエルちゃんとプリムラ君はカートの中に入れた商品を珍しそうに見ています。エスピーナさんとレドンドさんはカートの縁に座って、静かにギターを弾きながら静かに歌っています。
私達が居るのは、隣町にある大きなショッピングセンターの、ガーデニング・コーナーです。皆のお腹が『メキシコ料理』を受け入れる気満々になったので、食材を求めてお買い物に来ました。それと…
「良いんですよ。
胴切りしたサボテンさんを土に植えて良いよ。て、修二伯父さんからOKが出たので、必要な物を買いに行きませんか? て、私が誘ったんですもん。良いに決まっているじゃないですか。
あ、土は修二伯父さんが用意してくれましたよ」
そうなのです。いよいよサボテンさんを土に植えてあげられるようになったので、お夕飯の食材のついでに、植えるのに必要な物も買いに来たのです。
あと、園芸部に本入部するなら、自分用のシャベルとか欲しいな~とか思っていたから、ちょうどよかったんですけれど、シャベルも種類が沢山あって迷っちゃっています。根切りスコップとか、折り畳み式とか、お花がプリントされているのもあって、目移りしています。
「ああ、うん。それに関しては、僕も嬉しくて思わず家を飛び出してきたんだけれどね、いや… お邪魔かなぁ~と思って」
片桐先輩はちょっと緊張したようなお顔で、チラチラと冬龍君とカートの中身を交互に見ます。冬龍君は、特にいつもと変わらない表情で、周りを見渡しています。
「お邪魔? そんな事ありませんよ。むしろ、部活のお買い物は、先輩がいてくれた方が良いです」
私と冬龍君だと、何が必要か分からないですから。
「そ、そうかい? それなら良いんだけれど。でも、あまり重い物は買えないね。お恥ずかしい話、昨日の今日で僕の薄い筋肉は悲鳴を上げていてね。荷物持ちとしては全く役に立たないんだ」
だから、歩き方がぎこちないんですね。
「先輩、筋肉痛は私も一緒です。
それと、私達、梅吉兄さんの車で来たんです。帰り、学校に寄ってくれるようにお願いしたから、重い物を買っても大丈夫ですよ。冬龍君は筋肉痛になっていないみたいだし、夏虎君も梅吉兄さんも居ますから」
冬龍君も夏虎君も、昨日あんなに激しく動いていたのに筋肉痛になってないなんて信じられない! まぁ、これが日頃のトレーニングの成果なんだろうな。
夏虎君と梅吉兄さんは、食料品売り場でお夕飯の食材を買っています。本当は、私も行きたかったんですけれど、時間の節約とあまりの筋肉痛の酷さに諦めました。あまりにも私が必死な顔で歩いているからって、冬龍君にカートに取り付けられている子ども用の椅子に座らされそうになったほどです。
「じゃぁ…」
片桐先輩はチラッと冬龍君を見た後、急に眼をランランと輝かせて、あちらこちらと商品を物色し始めました。私と冬龍君も一緒に、色々な商品を手に取って見ます。
「お庭のジョウロに、これどうかな? 2個あっても良いと思うんだけれど…」
見つけちゃったんです。丸いフォルムが可愛い、カエルさんのジョウロ。鉄製で、キラキラ光る緑色のジョウロ。
「これがお庭にあったら、桜雨お姉ちゃんも喜ぶと思わない?」
お値段も、消費税込みで三千円いかないし。
「お水もあげやすそうだし、いいんじゃないかな? 和桜ちゃん、これも買っておいた方が良いんじゃないかな?」
桜雨お姉ちゃんの名前出したの、ズルかったかな? でも、ちょっと笑ってくれたから、大丈夫かな?
私の手からカエルさんのジョウロを取ると、そっとカートの中に入れてくれました。そして、ジョウロの代わりに、私の手に渡されたのは…
「『観葉植物・多肉植物・ガーデニング植え替えセット』… 凄い! これ、12個入りなんだ。全部が小さくって、可愛いね」
私の両手には少し大きめの袋。その中に、ピンク色の細々とした道具が12個も入っています。
「エスピーナさん、レドンドさん、これでお世話させてくださいね」
ミエルちゃんに怒られたからかな? 随分と静かな曲を口ずさんでいるエスピーナさんとレドンドさんに、ピンク色のお世話セットを見せると、二人はニコニコを笑いながら腕を大きく頭の上に上げて『〇』を作ってくれました。
「色が良いね。素敵なピンクだ」
「うん、色が良い。君の様に素敵なピンクだ」
エスピーナさんもレドンドさんも、すっかり落ち着いたみたいです。ミエルちゃんもそんな二人に安心して、カートの縁にプリムラ君と並んで座って、二人の弾くギターと歌声に静かに耳を傾けていました。
「メキシコの曲でも、シットリとしたものもあるんだね」
私も、思わず聞き入っちゃうほど良い声です。
「これ、『Bésame Mucho』だよ。リズムと音程を変えて弾いているから、シットリと感じるんじゃないかな?」
冬龍君もまんざらでもない表情で聞いています。
「僕も、いつかは見えたりお話しが出来るようになるかな?」
そんな私達を見て、片桐先輩はちょっと寂しそうに聞いて来ました。
「僕も白川君達みたいに、植物の妖精さんとお話しがしたいな」
片桐先輩、本当に植物が好きなんだなぁ。そうだよね、あんなに頑張って学校の植物のお世話をしているんだから、『声』を聞いてみたいよね。
「それまでは、私が伝えますね」
「うん。宜しくお願いします」
片桐先輩はちょっと寂しそうに笑って、ペコっと頭を下げました。
先輩も、ミエルちゃん達とお話ができるようになるといいな。そうしたら、もっと楽しくなると思う。
「ちょっと、トウリュウの顔が怖いわよ」
そんなやり取りをしていた私の耳に、ミエルちゃんが囁きました。その言葉に、そっと隣の冬龍君を見ましたが、あまり変化がないように思えます。
「ナオ、鈍感よ」
「オーラが怖いです」
プリムラ君は、私の腕にピタンとくっついて、冬龍君から見えない様に隠れました。
そうは言われても… 仮に冬龍君の機嫌が悪いとしても、悪くしたタイミングも理由も分からないです。
「そういえば、白川君はカエルが好きなんだね。そのジョウロもだし、今日の髪飾りもカエルだね」
ミエルちゃん達が見えない片桐先輩は、不意に思い出したように聞いて来ました。
「カエルさんが大好きなのはお姉ちゃんで、私達にとってはお守りなんです。『無事にカエル』て」
今日も、ハーフアップにした髪に、簪を付けて来ました。冬龍君に貰った、ガラスで出来た簪。薄桃色のお花の上にちょこんとお座りした緑色のカエルさんが付いていて、とっても可愛いんです。
「これ、簪なんです。冬龍君がくれたんですよ。とっても可愛くって、私の宝物なんです」
私の指先が簪に触れるのと、冬龍君の指先が簪に触れたのは同時でした。
「落ちそうだよ」
「ありがとう」
挿しなおしてくれた冬龍君にお礼を言うと、冬龍君はニッコリと笑ってくれました。
… 機嫌、悪くは見えないんだけれどな? むしろ、機嫌良いんじゃないかな?
その笑顔を見て、ちょっとホッとしました。代わりに、片桐先輩が何となくぎこちなくなったのは… 気のせいかな? それとも、筋肉痛のせい?
考えても分からなかったので、とりあえずお買い物を楽しみました。




