7・ぜひとも園芸部に!
7・ぜひとも園芸部に!
次に霧が晴れた時、冬龍君と私は学校の中庭に戻っていました。いつもと変わらない中庭に、渡り廊下を行き交う生徒。『森』に行く前と、変わりがないように見えます。
「とりあえず、戻って来られたね。今は…」
「白川君!」
冬龍君がポケットからスマートフォンを取り出して、何かを確認しようとした時でした。渡り廊下の方から、男の子の声がしました。
冬龍君と私、どっちに用があるのかな? 知らない人だし、『君』って言っているから、冬龍君に用があるのかな?
「白川和桜君!」
あ、私だった。
渡り廊下から、上履きのままこっちに歩いてきたのは、真っ黒で艶々したマッシュヘアーと真ん丸眼鏡が印象的な、私の頭1個分大きな男子生徒でした。上履きの色が緑だから2年生、先輩です。
「失礼ですが、先輩のお名前は? うちの保護者達はとても過保護で、名前も知らない男の人と話したと分かったら、怒られるんです。僕が」
冬龍君が私と先輩の間に入り込みました。あ、まだ手を繋いだままだった。
「あ、ごめんね。白川家は『過保護』でとっても有名だものね。名乗りもしないで話しかけてとバレたら、僕もメチャクチャ怒られちゃうもんね。大変失礼しました。
園芸部所属、2年B組片桐葉介です」
そんなに有名なのかな?我が家の『過保護』な保護者達は。
「片桐先輩、ご用件は?」
片桐が深々と頭を下げてくれたのに、冬龍君は少しも動きません。動かない上に、ちょっとだけ不機嫌そうな声で、片桐先輩に聞きます。
「本当に、君たちは仲良し従兄妹なんだね。君たち二人とC組の弟君、3人ともそっくりで、まるで三つ子だよね。身長は置いて行かれちゃったみたいだけれど」
小学の頃は、身長の差なんて殆どなかったんだけれどなぁ。やっぱり、男の子の成長期には敵わないよね。冬龍君達と、30センチ近くも差がついちゃった。だから、ちょっと横にずれないと、片桐先輩が見えないんです。
「ご用件は、それだけですか?」
冬龍君、対応がちょっと冷たいかなぁ… 先輩、アタフタし始めちゃってる。
「あ、いや、違うんだ。あの、白川君、もう部活は決めちゃいましたか?」
部活かぁ… 考えてなかった。
片桐先輩も冬龍君の体の横から、ヒョコっと顔を横に出しました。艶々のマッシュヘアーが、サラサラ音を立てて横に動きました。
「仮入部だけでもいいから、是非とも園芸部に来てください!」
「園芸部?」
スッと、冬龍君の体が横に動いて、片桐先輩のお顔が消えちゃいました。
「今朝、園芸部顧問の佐々木先生に、そこの芝桜の虫よけに使ってくださいって『木酢液』を渡してくれたでしょう? ありがとう。
最近、虫が増えてきたのに気が付いていたんだけれど、どう対処しようか、迷っていたんだ。それに昨日、何かの虫を芝桜から遠ざけてくれたんでしょう? 植物にも昆虫にも優しい白川君には、是非とも園芸部に入部してもらいたいんだ!」
冬龍君の体越しに、片桐先輩の一生懸命な声が聞こえます。
昨日、ダンゴムシの赤ちゃんを見つけた時、家族ラインで芝桜の虫よけをどうすればいいのか相談していたんだよね。私なんかより、冬龍君のお母さん達の方が何十倍も詳しいから。何て言ったって、本職さんだもの。
「あの『木酢液』は、冬龍君のお母さんが教えてくれて、用意もしてくれたんです。私は先生に渡しただけで…」
「それでも、白川君はあんな小さな虫たちの存在に気が付いてあげれたじゃないか!」
あ、片桐先輩、熱が入り始めてる。声が興奮しているな~。
「先輩、少し下がってください」
片桐先輩とは反対に、冬龍君は冷静だな~。
「あれは…」
ミエルちゃんの落とした鍵を探していたからで、本当にたまたまなんだけれどなぁ。
「ほらそこ! 予冷は鳴ったよ!!」
あれ? いつの間にチャイム鳴ったんだろう? 全然気が付かなかった。
渡り廊下から、聞きなれた声が聞こえました。冬龍君体の横から頭を出して声の主を確認すると、黒のジャージ姿で教科書を小脇に抱えた梅吉兄さんがこちらを見ていました。体育教師で1年生の学年主任の東条梅吉さんは私の親戚で、一緒のお家に住んでいます。
いつの間にか、生徒の姿は無くなっていました。
「は~い。今、行きま~す」
ヒラヒラ手を振ると、梅吉兄さんはズンズンこちらに向かって進んできました。
「早く教室に戻らないと、点数、落とすよ」
梅吉兄さんは乳白色の肌に、たっぷりレイヤーの入ったミディアムロングの茶髪。バランスの取れた長身は冬龍君より少し高くて、小顔で、気持ち目じりの下がった甘めな黒い瞳と形のいい唇をニッコリとさせながら、生徒を脅すんです。
「「「戻ります」」」
梅吉兄さんは片桐先輩の腕をガッチリつかんで、校舎に向かって歩き始めました。
にやぁん~…
その後を付いて行こうとした時でした。後ろから猫ちゃんの鳴き声が聞こえて、反射的に振り返りました。けれど、そこには可愛らしく咲く、芝桜のピンクのジュータンがあるだけです。
空耳? じゃないと思うんだけれど…
「さ、僕達も行こう」
芝桜のジュータンを見ていた私に、冬龍君が優しく促してくれました。
「あ… うん」
とりあえず、教室に戻ろうと歩き出した時…
「後でだニヤン」
今度は、確かに聞こえた! しかも、笑ってるし日本語!!
けれど、ズンズン冬龍君に引っ張られて、声の主を探すことは出来ませんでした。でも、『後で』って言っていたから、後で会えそうだからいいかな。




