67・繕い物は天女の羽衣
67・繕い物は天女の羽衣
天女の見習いちゃんの羽衣は、子ども用の長いストールのようでした。白い半透明の羽衣は、どんな素材で織られているのか分からないけれど、とってもフワフワしているのにサラッとしていて、織り目がとても細かくて、面を動かすと金や銀色にキラっと微かに光ります。
もちろん、受け取る前に急いで手を洗ってきました。体操着が汗と埃で汚れているから、出来るだけ触れない様に、触れない様に…
「はぁ~… とっても綺麗」
溜息しか出ません。そのフワフワでサラサラの羽衣に頬ずりをしたいけれど、ぐっと我慢です。汚しちゃダメ! って、自分に言い聞かせて我慢するのが、とっても大変。
「天の蚕から採れる絹糸で織られた反物は、天の川で晒されて清められる。心悪しき者が触れれば、たちまち闇色に変色し、その者の手に吸いついたまま石に変わってしまう。お主は心美しき者だな」
「あったりまえじゃない! 私のナオよ。とってもいい子なんだから」
天女の見習いちゃんは、グシグシとお鼻を鳴らしながらも、ニコッと笑ってくれました。そんな天女の見習いちゃんに、ミエルちゃんは胸を張って自慢してくれます。
「で、どう? 治りそう?」
「サイズは問題ないから、繕う事は出来ると思うんだけれど…」
クルっと私を振り返るミエルちゃん。私は心配そうに見つめてくるミエルちゃんの視線を感じながら、そっと羽衣を広げて見ました。パラパラと零れた光の屑は、もしかしたら天の川のお星さまの欠片かな?
「何か、問題があるの?」
「問題と言うか… 穢れたモノが触れたら闇色に変色して石に変わっちゃうんでしょう?そんな天のモノに、針や糸といっても、人間のモノを入れちゃっていいのかな? と思ったの。冬龍君や夏虎君も、奉納舞の前には体も衣装も道具も、使うモノはちゃんとお清めをしているから」
私がこうして触っているのも、恐れ多いよね。
「妖精のモノは、大抵のモノは大丈夫よ」
ミエルちゃん達の様な妖精は、自然界に宿った精気が姿を持った存在だから、精霊や髪様の中では僕達人間に一番近いんじゃないかな。庄左エ門君や山姥さん達妖怪は、またちょっと違う存在だろうけれど、神様より僕達に近い存在という点では妖精と似たポジションだと思う。て、冬龍君が言っていたのを思い出しました。
外国のお話しとかでも、妖精さんが人間の作った洋服を着たりしているもんね。そう考えると、やっぱり人間の針や糸をお清めもしないで使うのは怖いぁ~。
「でも、私達の針や糸だと小さすぎるでしょう?」
「そうなんだよね~」
羽衣の破れてしまった箇所は、そんなには大きくはありませんでした。右裾に斜めに5センチ程。
「学校で清められているものなんて…」
パン! と、風船が割れるように、頭の中に冬龍君の姿が浮かび上がりました。弓道着姿の冬龍君の姿が!
「ミエルちゃん、冬龍君! 冬龍君の使っている弓の弦は苧で出来ているし、いつでも祓いに使えるように清められているの。普通の針と糸を使うより、良いと思わない?」
苧は、衣料用としての麻の一種の苧麻と呼ばれる仲間で、イラクサ科の宿根性草木に属するんです。苧はその細く長い繊維が強靭であることや光沢に富む等の理由から、高級な麻織物である上布などの材料として古くから重視されていて、国内各地で栽培されていたんですけれど、今では福島と沖縄が主産地となっちゃいました。そんな苧を、冬龍君の弓は弦として使われているんです。巫女神様の神社から、支給されているから。
「さすがナオね! 目の付け所が違うわ!! 呼んでくる」
ミエルちゃんは背中の小さな6枚の羽根を忙しなく動かして、疾風の様にあっと言う間に見えなくなったかと思ったら、すぐに戻ってきました。弓道着姿で、弓を携えた冬龍君を連れて。
「トウリュウったら、私がナオを連れて行ったところをちゃ~んと見ていて、部活対抗リレーだったっけ? それが終わってすぐに追いかけてきたのよ! どこまでもナオにべったりなんだから。まぁ、おかげで時間短縮になったけれど」
ミエルちゃん、こっちに来ながら説明もしてくれたのかな? 冬龍君は何も言わずに地面に胡坐をかいて、弓から弦を外し始めてくれました。
「妖精のヘアピンなら、使っても平気じゃない? 小さいけれど、ナオなら大丈夫よね」
そう言って、ミエルちゃんは自分の髪から一本のヘアピンを抜いて貸してくれました。ミエルちゃんの髪に使われているだけあって、とっても小さいです。でも、贅沢は言ってられません。
「出来るだけ綺麗に縫うね。応急処置になればいいんだけれど」
桜の樹の下に座って、羽衣を広げました。冬龍君が解してくれた弦をミエルちゃんのヘアピンに通して、出来るだけ丁寧に、出来るだけ細かく、裂けてしまったところを縫い始めました。
その作業にどのくらい時間がかかったのか… きっと、梅吉兄さんだったらもっと手際よく出来たんだろうな~。と思いながらも、綺麗に縫うことが出来ました。
「おお! ナオは凄いな! ありがとう!!」
縫う事は出来ても、ちゃんと飛べるのかが心配だったんですけれど、天女の見習いちゃんが羽衣を羽織ると、その小さな体がフワッと浮かび上がりました。
「ナオ、それとそっちの男。ありがとう。心から礼を言う」
天女の見習いちゃんは、ニコニコと満面の笑みで天に昇って行きました。その小さな体が、少し左右にフラフラしていたのは、繕ったせいなのか、まだ飛ぶ練習中だからなのか… どっちにしても、帰れるようで良かったです。




