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53・まだ、自分の気持ちに無自覚です


「考えても駄目なら、考えなきゃいいんじゃない?

 そう言う時って、リフレッシュするのが一番いいのよ。どうせ勉強も手に付かないんだから、思い切って遊びに行っちゃえばいいのよ」


 蜂蜜珈琲をティースプーンから飲みながら、呆れたお顔のミエルちゃんに言われて、ハッとしました。


 そっか、気分転換は大事だよって、冬(とう)龍(りゅう)君も言うもんね。


 だから、明日はテスト勉強や学校の温室のリフォーム案に頭を使うのをやめました。そのかわり、しっかり気分転換しようと決めて、ミエルちゃんとプリムラ君が帰った後に、冬龍君のお部屋のドアをノックしました。



53・まだ、自分の気持ちに無自覚です


 昨日は、お風呂に入った後、今日着て行くお洋服を選ぶのに時間がかかっちゃいました。


 カジュアルに、リネンのキャミサロペット? 可愛くフリルスリーブのAラインボートネックの赤いワンピース? レトロなセーラー襟のプリーツワンピース? ベージュピンクのフリルブラウスに、ウエストリボンのカーキ色のショートパンツ? あまり丈が短いと、冬龍君が嫌がるしなぁ…


 お部屋中にお洋服を撒き散らしても何を着て行こうか決まらないし、その上にリボンや簪(かんざし)、バッグや帽子… 小物も撒き散らしても決まるどころか、ますます迷っちゃいました。いつもなら、桜(おう)雨(め)お姉ちゃんや桃(もも)華(か)お姉ちゃんが一緒に選んでくれるんですけれど、今は二人ともお仕事が忙しいんです。


 もう高校生なんだから、これぐらい自分で決めなきゃ!


 と思ったから、『困った時のユウさん』 に電話するのも我慢我慢です。


■


 今朝は、頑張りました! 珍しく、間覚まし時計より早く目が覚めちゃったし、起きて直ぐに動けました。

 髪の毛は編み込みのツインテールにして、朱いリボンを結びました。服装は、淡いクリーム地に、パステルカラーの小さなクローバーが散りばめられた単衣(ひとえ)。白レースの半襟(はんえり)に、帯は少し濃い目のピンク地にシャボン玉。帯締めと足袋(たび)は白いレース。桜色の草履(ぞうり)を履いて、丸いフォルムのストロー篭(かご)バックを持って、待ち合わせの駅前の広場に着いたのは8時50分。待ち合わせ時間の10分前。土曜日のこの時間は、平日に比べて人通りがだいぶ少ないです。


「可笑しくないよね?」


 近くのお店のガラスドアに映った自分の姿を見て、最終チャックです。


 着物の裾(すそ)に、帯や胸元の歪みは、出る前に美世さんと美和さんがチェックしてくれたから大丈夫! 髪は、いつも冬龍君が結ってくれるみたいには上手に出来なかったけれど… 少しだけ、ほんの少しだけ、お化粧もしたけれど大丈夫かな? リップ、もう少し赤みがあった方が良かったかな? 支度の全部を自分だけでしたのは初めてで、色々心配だな。


 深呼吸して胸のドキドキを落ち着かせようとしても、なかなか落ち着きません。


 こんなことなら待ち合わせしないで、お家から一緒に来ればよかったな。一緒のお家に住んでいるんだから。


 もう一度お店のガラスドアを覗き込んだ時、一緒に映り込んでいる後ろの時計台の文字盤が見えました。時間は待ち合わせの5分前。


「遅れちゃう!」


 慌てて走ろうとして、着物の裾が跳ね上がるのに気が付いて、早歩きにしました。そうは言っても、待ち合わせ場所は後ろの駅前広場の時計台下。振り返って少し歩けば到着です。1・2・3歩…


「おはよう」


 珍しくニッコリ微笑んで挨拶されたから、昔みたいな笑顔だったから、心臓が止まりました。


「和桜(なお)ちゃん、すごく可愛い」


 時計台の下でニコニコしながら手を差し伸べてくれた冬龍君は、濃紺の単衣(ひとえ)姿でした。帯は細かいグレーの横縞で、足元は黒の足袋と黒の草履で、鼻緒が濃い赤でした。


「和桜ちゃん?」


 いつもと違う格好の冬龍君から目を放せないし、あまりにカッコ良くって言葉が出なくって、お口だけがパクパクしちゃいます。そんなだから、冬龍君の手をとるなんて出来ません!


「あ、あの… なんで、着物?」


 ようやく、心臓が動き出しました。


 私、今日、着物を着るなんて一言も言っていなかったのに。そもそも、決めたのは12時近かったから、その後お部屋から出てなかったし、朝だってお顔洗った後はずっとお部屋で支度していて… 朝ごはん、食べる時間も無かったぐらい、ずっとお部屋だったのに。


「夜遅くまで、部屋でバタバタやっていたでしょう?部屋前を通った時、チラッと見えちゃったんだ」


 なるほど。埃がたつかな? と思って、ドアを少し開けておいたからだ。


「あ、あの、可笑しくない? 変じゃない? 着崩れしていない? 髪は、冬龍君がやってくれる程、上手に出来なくて…」


 心配で心配で、冬龍君の前でクルっと一回転しました。


「大丈夫。上手に着れているよ」


「じゃぁ、冬龍君と一緒に歩いても大丈夫? 冬龍君、恥ずかしくない?」


 単衣姿の冬龍君は身長も高くて姿勢も良いし、何よりいつもより男っぽくって、とってもカッコ良くって、隣に居ていいのか心配になっちゃいます。


「今日の和桜ちゃん、いつも以上に可愛いよ。ぜひ、僕にエスコートさせてください」


 スッと再度、冬龍君が手を差し出してくれました。


「は… はい」


 今度は、ドキドキしながら差し出された手に、自分の手を重ねました。いつもと変わらない大きな手なのに、初めて触れる手みたいです。


 可愛いって… いつも以上に可愛いって、言ってくれた。


 重ねた手をそっと握られてから、冬龍君が言ってくれた言葉が脳に届いたみたいです。自然とお顔が緩んで、ウフフフって声が零れちゃいました。けれど、心臓はドキドキしたままですけれど。



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